第2話 ダンジョンのヌシ
「おじさんはサネカズと言います」
「エビネです……」
自己紹介を済ませるが怯えた態度は継続する。一方で表情はふひひな歪みっぷりだ。
「パーティメンバーとは不仲なんでしょうか」
「わたしが役立たずだから……」
自己評価が低いのは十分に伝わる。
「ハーフだけどエルフの血を引いてて、魔術を上手に使えると期待されてたんです……」
剣術士で盾を持つぐらいだし無能扱いか。さぞ居心地が悪かったに違いない。肉便器になってたまである。
「ジョブの精霊術師は魔術師と別なんですか?」
「エルフが生まれつき持つものですね。わたしには残念ながら……」
「いえ、習得してますよね」
「そんなはず……」
どういうわけか自覚なしと。魔術系は単純な前衛職よりレアなジョブになる。ボッチを卒業する相手には申し分なかった。
「エビネはパーティに見捨てられたんですよ。もう解散したと言えます」
「うぅ……」
ダンジョンに潜ったり冒険に出る際のパーティ自体は口約束に近い。申請など堅苦しいあれこれはなく、大抵は組んで別れてを繰り返すのだとか。
「助けた礼に、おじさんと組んでもらいましょう」
「わ、わたしでいいんですか?」
「あなたがいいんです」
「うわぁ、キモカズさん……」
ちょっとした冗談に早速の名前いじりとは。難ありの性格は気を遣わずに済むと考える。
「肉便器に使う連中より紳士なおじさんの方がマシですよね。感謝してください」
「ま、まだ処女なんですけど……?」
「確認しないと分かりません」
「きゃー! 犯されるー!」
しばらくのボッチ生活を経て久々の会話がこれか。
「それで、何に襲われてたんですか?」
携帯食も僅かなため引きこもるのには限界があり、真面目モードのスイッチを入れる。
「ヌシかもしれないみたいです」
「ヌシ……? 初めて聞きます」
「ダンジョンが寿命を迎えると変なモンスターが生まれるんですよ」
「そんな仕様があるんですね」
「倒したら大きな魔石を落とすんでしたっけ」
「ほう……」
ダンジョンではモンスターの魔石が主な収入源になる。日々の宿代飯代でカツカツな財布事情に欲が湧いた。
「一旦才能は置いといて、町で精霊術師にはなれるんでしょうか」
「エルフの大森林でなければ無理だと思います」
どこだそれな地名に首を傾げる。転職はジョブごとに運営されるギルドの女神像に祈って行う。住んでる町は相当な規模で、てっきり全てをカバーしてるのかと。
ただまぁ、鑑定の魔眼による効果か。自分を対象にする習得済みジョブは、自由に入れ替えが可能だ。エビネにもできれば精霊術師とかいう強そうなやつを……?
【対 象】エビネ♀
【ジョブ】精霊術師Lv1
【習得済】探索者 Lv7
剣術士 Lv1
ダメ元で試したところ簡単に変更が通った。道行く人での検証は全てが失敗に終わっている。違いは……貸しを作りパーティを組む話を持ち掛けたこと? 関係性が条件なのは、ハードルが低いのか高いのか。
次はジョブに焦点を当てて鑑定する。
【対 象】精霊術師
【効 果】魔力微上昇
神秘微上昇
魔力持続微回復
【スキル】サラマンダーの息吹
ウンディーネの気泡
シルフの白刃
ノームの障壁
強そうじゃなくて、普通に強い文言が並ぶ。MP的な魔力は一日程度で戻るらしいが、さらに早まるんだな。
「な、なんで黙ったままわたしを見て……どう犯すか考えてる? む、無理やりはダメですよ! ひぃ、ケダモノ!」
「あなたのジョブを精霊術師に変えました」
「え?」
エビネはポカンとアホ面を晒す。両手を広げて閉じると、ふひひ笑いで美人を台無しにする。
「またまたぁ」
「サラマンダーの息吹に覚えは?」
「なんですそれ……?」
探索者のスキルに身体能力を向上させる気合があるけど、ギルドで教えてもうらうまで知らなかったしな。しかも魔術系は詠唱を含む。スキルより下に深く潜る鑑定は初めてだが……。
【対 象】サラマンダーの息吹
【詠唱文】火を司る精霊よ
その身に宿す赤き熱をもって
仇なす者を焼き払え
上手く焦点が当たってくれた。詠唱文を一字一句、正しく伝えてみる。
「あれ、今の……頭にこびりついて離れません。わたし、ほんとに精霊術師……?」
認識が大事というのも不思議な話だ。女神もふんわりした存在だし理屈は考えるだけ無駄か。
「よし、サラマンダーの息吹で戦えるか試します」
ヌシの出現情報が広まると報酬狙いで人が集まる。倒すなら時間はかけられない。
「逃げたほうが……」
「早めの詠唱で発動後、隠し部屋にダッシュすれば大丈夫でしょう」
希望的観測もチャンスを掴み取るには必要なリスクだった。
「ここって安全なんです?」
「おそらく」
罠を警戒し地道な鑑定で見つけた小部屋は、モンスターも気にせずスルーした。
「じゃあ作戦を始めますよ」
扉を開けて通路にいざ出陣する。
「おじさんが偵察に向かいますので、エビネは待機を。合図したら詠唱を頼みます」
「ぶっつけ本番は怖いですよぉ……」
「恩を返すと思ってください」
「後ろからきたりは……」
「その時は隠し部屋に入り扉を閉めて構いません。おじさんはダンジョンの入り口を目指します」
「わ、わかりました……!」
ヌシはエビネが倒れていた大部屋と反対方向に去ったはず。緊張をため息で吐き出して軽く走る。このダンジョンは初心者に優しい単純な構造だ。分かれ道の奥行きは短く、気をつければ入れ違いにならなかった。
せっかく、地図が頭に入り一日の稼ぎが増えてきたのにな。寿命のせいか、モンスターもどこへやらだ。
「ピギイイイィ!」
突然、鳴き声が近づいてくる。徘徊しながら戻ってきたのか? 急いで方向転換、エビネの元へ走る。背中をチラチラ確認すると遠くに異様な姿を捉えた。
ゴブリンの頭部が二つどころか、四本ずつ生えた手足を床につけて動く。全長三メートル級の大きさで、ちびりかけた。
【対 象】カオスゴブリン
鑑定が示すのは名称のみ。誰が決めたんだ、なんて言い始めても仕方ない。普通のゴブリンは身長が一メートル前後で二足歩行。比べると随分なカオス具合だ。
「エビネ! 詠唱お願いします!」
移動距離は短く作戦通りに合図を飛ばす。
「はい! 火を司る精霊よ……!」
剣も盾も捨て、両手を伸ばす表情には真剣さが見て取れた。
「その身に宿す赤き熱をもって……!」
流暢な詠唱に少し早すぎたかと焦る。こちらまで巻き込まれるのは勘弁だ。
「仇なす者を焼き払え……!」
なんとかギリギリセーフでエビネの後ろに周り、やっておしまいのポーズで指揮官を気取る。
「サラマンダーの息吹!」
スキル名が叫ばれた瞬間、炎が渦巻いて生じた熱に驚く。通路を埋め尽くす勢いで前方へ放たれ、魔術の威力に衝撃を受けた。
「ピギャアアアァ!」
「わ、わぁ……! ちゃんと使えた!」
カオスゴブリンの悲鳴に喜ぶエビネを引っ掴み、隠し部屋に入る。
「ピギイイイィ!」
案の定、壁一枚を隔てた通路に足音が響いた。精霊術師もレベルが1では限界があるよな。ただし、確実にダメージは与えられた。
「やれます! 倒せますよ、サネカズさん!」
「自信を持つのは結構ですが。残りの魔力はどうでしょう」
「あー、虚無感が……?」
魔術に無縁だったろうし。絶対量が低いのは当たり前で連発は難しいか。ジョブ補正の持続回復も一日で全回復するのが半日に縮むぐらいだと、緊急時には物足りない。
「魔力ポーションがあります。飲んでください」
念のために購入したものの解麻痺ポーションなどより値段が高く、エリクサー症候群よろしく鞄の肥やしになっていた。
「い、いただきます……」
エビネは恥ずかし気に目をつぶり顎を上げる。なんだこいつと思ったが口移し待ちか?
「麻痺状態じゃなければ自分で飲めますよね」
「……で、ですよねぇ」
指摘に顔が真っ赤になる。素直な反応に茶化すのはやめて、青色の液体で満たされる小瓶を渡した。
「改めて、いただきます……」
おじさん相手に照れる感性が分からん。
「ぷはぁ……お、おぉ? いける気がします!」
「では再度、やりましょう」
「はい!」
エビネは隠し部屋を出たところで同様に待機。次は自分も少し先で止まり警戒に当たる。カオスゴブリンが徘徊を続けるかは運任せ。さすがに逃げ場なしの通路で正々堂々はリスクが高すぎた。
目先の利益を追い、期せずして得た優秀な人材を失うのは避けたい。しかし、18歳が41歳の身体になる不幸を覆すには、あと十人以上の非凡な仲間が必要だった。美人ならなおよし。
「ピギイイイィ!」
先ほどの成功体験が緊張を若干緩ませるが、声が聞こえて気を引き締める。タイミングを計り……。
「エビネ! 詠唱を始めてください!」
「火を司る精霊よ……! その身に宿す赤き熱をもって……! 仇なす者を焼き払え……! サラマンダーの息吹!」
ばっちりの間で炎が渦巻いて、カオスゴブリンを飲み込んだ。
「ピギャアアアァ!」
状況確認を後回しに隠し部屋へ戻る。静かに潜むと叫びが聞こえず、エビネと顔を見合わせた。
「倒しちゃいました……?」
「かもしれません」
扉を慎重に開けて様子を窺うと巨体が消えている。代わりに奇妙なオブジェクトが転がっていた。
【対 象】カオスゴブリンの頭部
【詳 細】ヌシのトロフィー
明らかなドロップアイテムは討伐の証だ。ダンジョンのモンスターは、魔力が宿る部位以外は崩れ去る。近づいて足蹴に最終チェックを行う。
「見てください!」
エビネは隣に落ちる魔石を拾い目を輝かせた。指先第三関節サイズは中々の大きさで期待が膨らんだ。




