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第38話、覇道の継承

孫策の怒涛の総攻撃を受け、中原に覇を唱えた曹操の軍勢は、ついに総崩れとなった。

各地の戦線は寸断され、兵士たちは武器を捨てて逃げ惑い、かつて天下無敵を誇ったその威光は見る影もない。


孫策は、この決定的な勝利を確実なものとするため、そして長年の宿敵・曹操との決着をつけるため、自ら精鋭の騎馬隊を率い、敗走する曹操本隊を猛追していた。


「曹操を逃すな!必ずや、この手で捕らえるのだ!」


砂塵を蹴立てて疾駆する孫策の部隊は、ついに街道沿いの人気のない松林の中で、わずかな供回りを連れて落ち延びようとする曹操の姿を捉えた。敗走の将とはいえ、その馬上の姿には、依然として常人ならざる威厳が漂っている。

孫策は、静かに馬を寄せ、敗れた英雄の前に立ちはだかった。


「曹操殿。もはや、これまでのようですな。」


馬上から、孫策は落ち着いた声で告げた。追いつかれたことを悟った曹操は、ゆっくりと馬を止め、振り返った。

その顔には深い疲労の色が刻まれていたが、瞳の奥には、最後まで消えることのない覇王の強い光が宿っていた。彼は、追手の主が孫策本人であると認めると、ふっと、諦観にも似た自嘲の笑みを漏らした。


「見事と言うほかあるまい、孫策。まさか、この曹操が…貴公のような若者に、このような形で敗れる日が来ようとはな…。」


その声には、悔しさよりも、むしろ一種の潔ささえ感じられた。


「天は…わしではなく、貴公を選んだ、ということか。」


「天命かどうかは分かりません。」


孫策は、愛用の戟を握り締め、応えた。


「ただ、私は父の、そして友の想いを背負い、この乱れた世を終わらせ、民に安寧をもたらすと誓った。その誓いを果たさんがために、ここまで来たのです。」


「乱世を終わらせる、か。」


曹操は、遠い目をして呟いた。


「奇しくも、わしが目指したものと、同じだな。歩む道は違えど、その志の高さ、そしてそれを成し遂げんとする覚悟の重さは…貴公になら、分かるはずだ。」


「……。」


孫策は、黙って頷いた。

言葉を交わしたのは、これが初めてかもしれない。しかし、互いがこの中華の未来を憂い、自らの命と全てを懸けて、天下泰平という同じ夢を追い求めてきたことは、痛いほどに理解できた。

あるいは英雄だけが理解し合える、ある種の共感もあったのかもしれない。

しばしの沈黙の後、曹操は静かに腰の剣に手をかけた。


「もはや、語るべき言葉はない。」


彼は剣を抜き放つと、その切っ先を天に向け、高らかに言った。


「孫策よ! この曹操の最期、その目に焼き付けていくが良い!」


最後の力を振り絞り、彼は孫策へと斬りかかってきた。その動きは、敗走の将とは思えぬほど鋭く、速い。

孫策もまた、宿敵への敬意を込めて、戟を構え、その一撃を真っ向から受け止めた。


金属音が響き、火花が散る。

数合、激しい打ち合いが繰り広げられる。しかし、連戦と敗走で疲弊しきった曹操の剣は、若さと勢いに乗る孫策の、怒涛の如き攻めには、もはや及ばなかった。


「これで…終わりだっ!」


孫策の渾身の一撃が、曹操の剣を弾き飛ばし、がら空きになったその胸元へと、吸い込まれるように突き刺さった。


「ぐっ……。」


曹操は、己の胸を貫く戟の穂先を見つめ、そして孫策の顔を見た。その口元には、不思議なことに、満足げな笑みすら浮かんでいるように見えた。


「見事…な、武…よ……。」


それが、彼の最期の言葉だった。

一代の英雄、曹操は、血を吐きながら馬上から崩れ落ち、ついにその波乱に満ちた生涯の幕を閉じた。

孫策は、地に伏した宿敵の亡骸を、馬上から静かに見下ろしていた。決して相容れることの出来ない相手だった。この乱世において最も巨大な壁であり、最も意識せざるを得なかった存在。


彼の死によって、一つの時代が確実に終わった。そして、曹操が目指したであろう天下泰平の夢もまた、勝利者である自分が引き継ぎ、成し遂げなければならないのだと、孫策は静かに、そして強く覚悟を決めた。


曹操討ち死の報は、瞬く間に全軍へと伝わり、孫呉の完全なる勝利が確定した。敗残兵の掃討を部下に任せ、孫策は許都へと入城した。


漢王朝の首都としての威容を保っている城門をくぐり、民衆からの歓呼(あるいは不安と警戒が入り混じった視線)を受けながら、孫策はまっすぐに宮殿へと向かう。


父・孫堅が洛陽で夢見た光景。親友・周瑜と共に語り合った場所。様々な思いが胸に去来する。

ついに、自分はここまで来たのだ。圧倒的な達成感と共に、これから始まるであろう、新たな、そしてより困難な中華全体の統治への、重い責任感を、彼はひしひしと感じていた。


襄陽の大喬の元にも、曹操討ち死と、夫の許都入城という輝かしい報せが届けられた。夫の無事と、孫呉の完全なる勝利。彼女は、胸を撫で下ろし、安堵の涙を静かに流した。


同時に、曹操という巨星が墜ちたことの衝撃と、これから夫が文字通り中華の覇者として歩むことになる道のりの想像を絶する重圧を思い、身が引き締まる思いがした。

彼女は、遠い許都の空を見上げ、愛する夫の輝かしい未来と、その前途に待ち受けるであろう困難に、静かに思いを馳せ、深く祈りを捧げた。


曹操を破り、許都を手中に収めた孫策。

父の夢、友との誓い、そして敗れた宿敵の想いをもその双肩に背負い、若き覇王・孫策は、これからこの広大な中華を導いていく。

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