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第31話、潼関の激闘

益州の地から軍勢を引き揚げた曹操は、その恐るべき行軍速度をもって瞬く間に関中へと舞い戻った。


父・馬騰の仇討ちに燃え、長安に迫っていた馬超に対し、曹操は長安の東、黄河と渭水が合流する天然の要害・潼関に堅固な陣を張り、これを真っ向から迎え撃つ構えを見せた。


潼関を挟んで対峙する両軍。

曹操軍は、益州への遠征と急な撤退という強行軍を経たため、数こそ勝るものの、兵士たちの顔には疲労の色が隠せない。

一方の馬超軍は、兵力こそ曹操軍に及ばないものの、西涼で鍛え上げられた騎馬軍団は精鋭揃い。そして何より、父の仇である曹操を眼前にして、彼らの士気は天を衝くほどに高まっていた。


「父上の仇、曹操! 今日こそその首、この馬超が貰い受ける!」


戦端は、錦の刺繍が施された派手な鎧を纏い、「錦馬超」の異名をとる若き猛将自身によって開かれた。

白銀の兜を輝かせ愛馬に跨った馬超は、激情のまま曹操軍の本陣目指して突撃を開始する。

それに呼応し、西涼の屈強な騎馬武者たちが、大地を揺るがすような蹄の音と共に、砂塵を巻き上げながら雪崩を打って襲いかかった。


その凄まじい突撃は、中原の歩兵を中心とした曹操軍にとって、まさに悪夢であった。

巧みな手綱さばきで馬体を操り、馬上で長槍や西域風の湾刀を自在に振るう西涼騎兵の前に、曹操軍の前衛部隊は為す術もなく切り裂かれ、堅固なはずの陣形は見る間に蹂躙されていく。


「怯むな! 陣形を立て直せ! 槍衾で防げ!」


各部隊の指揮官たちが必死に声を張り上げるが、一度崩れた体勢を立て直すのは容易ではない。混乱は瞬く間に広がり、曹操の本陣にまでその危機が迫ろうとしていた。


だが、曹操軍にも百戦錬磨の猛者たちがいる。

その混乱の中、いち早く冷静さを取り戻し、的確な指示で自軍を立て直したのは、かつて天下無双と謳われた呂布と共に戦場を駆け、騎馬隊を骨の髄まで知る男、張遼だった。


「騒ぐな! 敵の狙いは一点突破、本陣への突入だ! 左右から回り込み、敵騎馬の側面を突け! 弓隊、足を狙え!」


張遼は、巧みな用兵で西涼騎馬隊の鋭い突撃を受け止めると、逆に精鋭の歩兵部隊を率いて猛然と反撃に転じた。


「若造どもが! 貴様らごときの荒削りな騎馬術など、呂布の足元には遠く及ばぬわ!」


張遼の獅子奮迅の働きは、劣勢に陥っていた曹操軍の兵士たちを奮い立たせた。

張遼に続けとばかりに、張郃、夏侯淵、徐晃といった名将たちも、それぞれ持ち場で死力を尽くして奮戦。西涼騎馬隊の猛攻を食い止め、押し返し始める。


そして、本陣の守りを任されていたのは、守戦にかけては右に出る者なしと言われる曹仁であった。

彼は、いかなる衝撃にもびくともしない鉄壁の防御陣を敷き、馬超の本隊が曹操の目前に迫ることを、断固として許さなかった。


騎馬の機動力を活かした一気の突撃で勝負を決する。それが馬超の狙いだった。

しかし、その鋭い矛先が張遼らに受け止められ、曹仁の堅守によって本陣への道も閉ざされると、戦いは泥沼の消耗戦の様相を呈し始めた。


これは、兵力で劣る馬超にとって、決して望ましい展開ではない。彼は、悔しげに歯噛みしながらも、一旦兵を引くことを決断した。


曹操は、辛うじて潼関を守り抜き、馬超の猛攻を退けることに成功した。しかし、その勝利の代償はあまりにも大きかった。

多くの兵士が命を落とし、信頼する将の中にも少なくない負傷者が出た。陣営を見渡した曹操は、苦渋に満ちた表情で、今は亡き天才軍師の名を、ぽつりと呟いたという。


「郭嘉が生きていてくれたなら、このような手痛い損害は、受けずに済んだものを…。」


潼関で苦杯をなめた馬超は、西涼へと引き返し、捲土重来を期した。しかし、曹操にはもう一人、恐るべき謀臣がいた。賈詡である。

彼は、馬超と、彼に協力していた韓遂ら西涼の有力豪族たちとの間に、巧みな離間の計を仕掛けた。


偽の手紙、巧妙な噂の流布…。互いに疑心暗鬼に陥った西涼勢力は、内部から瓦解していく。

馬超は信じていた者たちからも裏切られ、完全に孤立無援となり、その勢力はあっけなく雲散霧消してしまった。


故郷である西涼にさえ、もはや彼の居場所はなかった。父の仇を討つことも、一族の再興も叶わず、馬超はわずかな供だけを連れて、当てもなく南へと落ち延びていくしかなかった。

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