第28話、鎧袖一触
北の五丈原には中原の覇者・曹操、東の夷陵には江東の小覇王・孫策。
中華を代表する二大巨頭に睨まれ、益州の劉備は絶体絶命の窮地に立たされた。
しかし、この逆境にあっても、梟雄・劉備とその軍師・諸葛亮は、最後まで抵抗を試みる道を選んだ。
彼らはなけなしの兵力を二分し、劉備自らが関羽・張飛らと共に東の夷陵で孫策軍を、そして諸葛亮が北の五丈原で曹操軍を迎え撃つという、背水の陣を敷いたのである。
五丈原では、諸葛亮がその知謀の限りを尽くし、険しい地形を利用した巧妙な陣地を構築していた。連弩や投石機を配置し、偽兵や伏兵を巧みに使い、曹操軍の進撃を阻もうとする。
一方、夷陵においても、劉備は長江の流れを天然の要害とし、水陸両面からの防衛線を築き、孫策軍の来襲に備えていた。少ない兵力ながらも、それぞれの将の才覚が光る、一見すれば堅固な守りであった。
だが、現実は非情だった。
彼らが対峙する相手は、孫策と曹操。
それぞれが自ら大軍を率い、その麾下には、まさに綺羅星の如く、当代きっての猛将・智将たちが顔を揃えていた。
孫策軍には周泰、甘寧、太史慈、黄忠、魏延、呂蒙、陸遜、徐庶、龐統ら。曹操軍にも夏侯惇、夏侯淵、曹仁、張遼、許褚、徐晃、そして荀彧、程昱ら。
益州という一地方をようやく手に入れたばかりで、内部の統制も万全とは言えない劉備軍と、中原及び江東・荊州という広大な版図と豊富な人材を背景に持つ二大勢力とでは、その戦力差はあまりにも歴然としていた。
戦端が開かれると、その差は瞬く間に明らかとなった。
まず動いたのは、北の曹操だった。彼は諸葛亮が仕掛けた数々の罠や巧妙な陣形を、その老獪な戦術眼と圧倒的な物量でことごとく粉砕していく。
荀彧や程昱ら謀臣の的確な分析、そして夏侯淵や張遼といった猛将たちの凄まじい突撃の前に、いかに「臥龍」と称された諸葛亮の智謀といえども、衆寡敵せず。
激しい攻防の末、五丈原の陣は数日のうちに突破され、劉備軍は総崩れとなった。混乱の中、最後まで冷静に指揮を執ろうとしていた諸葛亮も、乱戦の中で曹操軍の精鋭部隊に発見される。
彼は最後まで筆を振るい、策を巡らせようとしたが、ついに力尽き、その場で討ち取られたという。稀代の鬼才軍師も、圧倒的な力の奔流の前には、その智謀を尽くす間もなく、五丈原の露と消えた。
北の敗報と諸葛亮討死の報は、すぐさま東の夷陵で孫策軍と対峙する劉備の元にも届いた。軍師を失い、北からの援軍の望みも絶たれた劉備軍に激しい動揺が走る。その一瞬の隙を、孫策が見逃すはずはなかった。
「好機! 全軍、総攻撃を開始せよ! 敵は浮き足立っている! 一気に劉備の首を獲るぞ!」
孫策の檄が飛ぶと同時に、江東・荊州の精鋭たちが、怒涛の勢いで夷陵の劉備本陣へと襲いかかった。甘寧率いる水軍が長江から猛攻を仕掛け、敵の陣形を攪乱。陸からは太史慈、黄忠、魏延らが先陣を切って突入し、呂蒙や陸遜が冷静に後続部隊を指揮する。
劉備は、関羽、張飛と共に必死の抵抗を試みた。彼らの武勇は確かに凄まじかったが、もはや大勢は決していた。
押し寄せる孫呉の大軍の前に、兵士たちは次々と討たれ、あるいは武器を捨てて逃亡し、劉備軍の陣営は完全に崩壊した。
乱戦の中、逃げ場を失った劉備は、孫策配下の勇将・周泰によって発見される。
「劉備! 覚悟!」
「ぬぅ…我は漢室の末裔…このような所で…!」
劉備は必死に剣を振るって抵抗したが、歴戦の猛者である周泰の敵ではなく、激しい斬り合いの末、ついにその場で討ち取られた。
仁徳の仮面を被り、巧みな弁舌で乱世を渡り歩いた梟雄は、こうして夷陵の地で、その波乱に満ちた生涯の幕を閉じたのである。関羽と張飛もまた、この乱戦の中で奮戦空しく命を落としたと伝えられた。
それは、孫策と曹操という二大勢力の圧倒的な力の前に、あまりにもあっけない結末であった。
「鎧袖一触」
強大な敵が、鎧の袖が触れ合うほどのわずかな力で打ち破られる様を言うが、まさにその言葉がふさわしい戦いであった。
劉備、そして諸葛亮討ち死の報は、すぐに襄陽の大喬の元へも届けられた。夫の輝かしい勝利と、その身の安全に、彼女は心から安堵した。
しかし同時に、あれほどの奸計を巡らせた劉備と、稀代の智謀と謳われた諸葛亮が、こうもあっけなく滅び去ったことに、天下を争うということの非情さ、そして夫が歩む覇道の厳しさを、改めて痛感せずにはいられなかった。
劉備とその一党という、中華の情勢を掻き乱していた共通の脅威が消滅した。
北の五丈原を制した曹操と、東の夷陵で勝利を収めた孫策。二人の英雄は、遠く離れた地で、互いの強大さを改めて認識し、そして次なる相手として、その存在を強く意識することになる。
一時的な暗黙の連携は終わり、いよいよ、中華の覇権を賭けた本格的な対峙の時が、刻一刻と近づいているのかもしれない。




