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第19話、荊州攻略

揚州全土を掌握し、内政の基盤も固まりつつある中、孫策の目はついに西、父・孫堅終焉の地である荊州へと向けられた。

周瑜が献策した「天下二分の計」の第一歩であり、そして何より、父の仇・劉表を討つという宿願を果たすための戦いである。


江東の港は、荊州攻略を目指す大小の軍船で埋め尽くされ、兵たちの士気は天を衝くほどに高まっていた。


「目指すは荊州! 父上の無念を晴らし、天下への道を開く!」


孫策の号令一下、江東の大船団は長江の流れに乗り、西へと進軍を開始した。水練に長けた兵を揃え、水軍には絶対の自信を持つ孫策軍。しかし、彼らを待ち受けていたのは、長江中流域を支配する荊州水軍の、予想を遥かに超える精強さだった。


「敵船見ゆ! 迎え撃て!」


劉表配下の宿将、蔡瑁、そして孫策にとって不倶戴天の仇敵である黄祖。

彼らに率いられた荊州水軍は、地の利を知り尽くした巧みな操船術と、密集した陣形からの容赦ない矢の雨で、孫策軍の行く手を阻んだ。長江の複雑な流れや浅瀬を利用した奇襲、水際の砦からの連携攻撃に、江東の水軍は苦戦を強いられる。


孫堅時代は勇名を誇った江東水軍も、代替わりを経て、かつての練度を取り戻すには至っていなかったのだ。


「くそっ! またしても突破できぬか!」


前線から戻った孫策は、本陣の地図を睨みつけ、苛立ちを隠さなかった。

周瑜もまた、険しい表情で戦況を見つめている。

敵の守りは固く、日ごとに味方の損害は増えていく。父の仇である黄祖を目前にしながら、思うように進めない現状が、孫策の焦りを増幅させていた。


そんな膠着状態が続いていたある日、皖城にいる大喬から、周瑜宛に一通の密書が届けられた。それは、大喬が荊州内部に潜ませた「目」からもたらされた情報だった。周瑜は人払いをして、その書簡に目を通した。

そこには、一人の男の名が記されていた。


「甘寧。元は巴郡の出身にて、若き頃は徒党を組み、長江を荒らした水賊の頭目。錦の帆を掲げ、腰に鈴を鳴らして闊歩したことから『錦帆賊』と恐れられた。現在は劉表に身を寄せているが、その出自を軽んじられ、重用されず、鬱々とした日々を送っている模様。義に厚く、己を真に評価してくれる主君を渇望している、との評あり…。」


周瑜の目に、鋭い光が宿った。

「甘寧…。元水賊の頭目にして、水軍指揮の才を持つ男。そして、劉表の下で不遇をかこっている、か…。」

彼はすぐさま孫策の元へ向かった。


「孫策!この戦況を覆す、一筋の光明が見えたぞ!」


周瑜は、大喬からもたらされた甘寧の情報を孫策に告げ、その調略を進言した。


「この甘寧という男、もし我らの下に迎え入れることができれば、必ずや荊州水軍にとって大きな脅威となり、我らにとっては千載一遇の力となるだろう。彼ならば、敵の内情にも詳しいはず。」


「よし、周瑜。その男、必ずや我らの下に引き入れよ!」


孫策は即断した。


周瑜は密かに甘寧と接触を図った。

使者を通じ、孫策がいかに彼の武勇と水軍指揮の才を高く評価しているか、江東に来れば破格の待遇をもって迎え、その力を存分に振るってもらうつもりであることを伝える。


長年、その出自ゆえに冷遇され、己の才を発揮する場を求めていた甘寧にとって、それはまさに旱天の慈雨だった。江東の若き覇者・孫策の勢いと、周瑜の理路整然とした説得、そして何より自分を正当に評価してくれるという言葉に、甘寧の心は大きく動いた。

彼はついに劉表を見限り、手勢を率いて孫策軍への合流を決意する。


「甘寧、ただいま馳せ参じました。この身、孫策様のために!」


錦の鎧に身を包み、腰の鈴を鳴らしながら現れた甘寧の姿は、噂に聞く「錦帆賊」そのものだった。彼の加入は膠着していた江東水軍に、荒々しくも力強い新風を吹き込んだ。


甘寧は、長年の経験から荊州水軍の手の内を知り尽くしていた。

敵の油断や布陣の隙を突く奇策を次々と献策し、自ら先陣を切って敵船団に突っ込んでいく。


その勇猛果敢な戦いぶりと、元水賊ならではの型破りな戦術は、たちまち荊州水軍を混乱に陥れた。江東水軍の士気は一気に高まり、戦況は劇的に好転し始めた。


そして、ついに孫策軍は、父の仇・黄祖が守る要衝・夏口へと迫った。


「黄祖…! 父上の仇、この時をどれほど待ったことか!」


孫策の目は、復讐の炎に燃えていた。彼は自ら先頭に立ち、甘寧らと共に敵陣へと突撃する。激しい水上戦が繰り広げられ、両軍入り乱れての死闘となった。その中で、孫策はついに黄祖の旗艦を捉え、船上に躍り込んだ。


「黄祖!孫堅の子、孫策が、父上の無念を晴らしに来たぞ!」


戟を構え、仁王立ちになる孫策。黄祖も必死に応戦するが、若き覇王の怒涛の攻めの前に、ついに力尽き、その首は孫策の戟によって宙を舞った。


「父上…!ご覧になりましたか!」


仇敵の首を掲げ、孫策は天に向かって咆哮した。長年の宿願を果たした彼の目には、熱い涙が溢れていた。


父の仇敵・黄祖を討ち取ったことで、荊州攻略は大きな節目を迎えた。

甘寧という頼もしい将を得て、江東軍の勢いは増すばかり。大喬からもたらされた一筋の情報が、戦局を大きく動かす鍵となったことを、周瑜は深く感じていた。


しかし、荊州の主・劉表、そして謀将・蔡瑁との戦いはまだこれからである。

孫策の意識は、一つの大きな勝利を糧に、さらに次なる戦いへと向いかうのだった。

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