第20話、荊州平定
父の仇敵・黄祖を討ち果たした孫策軍の士気は、まさに天をつく程だった。
長江を遡り、荊州水軍の抵抗を次々と打ち破りながら、ついに一行は荊州の中心地・襄陽へと迫った。
本陣では、孫策と周瑜を中心に、蔡瑁が守るであろう襄陽城をいかに攻略するか、熱のこもった軍議が連日続けられていた。
水軍での決戦か、兵糧攻めか、あるいは内部からの切り崩しか…。様々な策が検討され、まさに決戦前夜といった緊迫感が漂っていた、その時だった。
「申し上げます!緊急の報せにございます!」
血相を変えた伝令が、軍議の場へと駆け込んできた。
「荊州の牧、劉表が、昨夜、急逝したとの報せが!」
「なにっ!?」
軍議の場にいた誰もが息を呑み、水を打ったように静まり返った。
荊州の主が、この重大な時期に?
詳しく聞けば、高齢であった劉表は、連日の戦況報告、特に黄祖討死の報せに大きな衝撃を受け、心労が重なったのだろう、家臣たちとの評議の場で突然倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだという。
しかも、劉表は生前に、後継者を明確に指名していなかった。人望厚く、本来ならば順当な長男の劉琦。
そして、劉表の後妻であり、荊州の有力者・蔡瑁の姪にあたる蔡氏が産んだ次男の劉琮。
二人の公子の間で、荊州の行く末は大きく揺れ動き始めた。主を失い、後継者も定まらぬ荊州は、たちまち混乱の渦に巻き込まれていく。
この好機を、蔡瑁は見逃さなかった。
彼はかねてより、気の弱い劉琮を傀儡として擁立し、荊州の実権を握ろうと画策していた。
彼はすぐさま行動を起こし、「劉表様は、かねてより聡明な劉琮様を後継にとお考えであった。」と偽りの遺言書を捏造。
同じく軍部の重鎮である文聘もこの動きに同調し、軍事力を背景に、強引に劉琮を荊州の主に据えてしまったのだ。
これにより、長男・劉琦の立場は完全に失われた。
蔡瑁やその一派から命すら狙われかねない状況に追い込まれた彼は、身の危険を感じ、わずかな供だけを連れて、深夜、密かに襄陽を脱出。
そして、驚くべきことに、彼は敵であるはずの孫策の陣へと向かい、その庇護を求めたのである。
彼は孫策に荊州の内情を詳しく語り、蔡瑁らの非道を訴えた。
一方、襄陽城内に残った荊州の主要な文官たち―蒯良、蒯越の兄弟、そして伊籍、韓嵩ら―は、冷静に事態の推移を見守っていた。
主君は亡くなり、跡目は幼く、実権は蔡瑁らが握っている。そして城外には、勢いに乗る孫策の大軍が迫っている。
彼らは密かに語り合った。「もはや劉氏の命運は尽きた。無益な抵抗を続けて荊州の民を戦火に晒すより、新しき覇者である孫策に降るのが、荊州にとって最善の道であろう。」と。
彼らの決断は早かった。
蒯良、蒯越らは密かに孫策軍に使者を送り、降伏の意を伝達。
そして、打ち合わせ通り、深夜、襄陽の堅固な城門の一つが、内側から静かに開け放たれた。
「開門! 突入せよ!」
待ち構えていた孫策軍は、鬨の声を上げ、怒涛の如く城内へと雪崩れ込んだ。
城内は既に混乱状態にあり、大半の兵は戦意を喪失していた。
蔡瑁は混乱に乗じて早々に逃亡した後だったが、武人としての矜持を捨てきれない文聘だけは、手勢を率いて必死の抵抗を試みた。
しかし、指揮系統の乱れた烏合の衆では、精強な孫策軍の敵ではない。
激しい市街戦の末、文聘は奮戦空しく討ち取られ、荊州軍の組織的な抵抗は完全に終焉した。
こうして、父・孫堅が志半ばで倒れた因縁の地、荊州の中心地・襄陽は、予想だにしなかった速さで孫策の手に落ちた。
揚州に続き、広大で豊かな荊州をも手中に収めた孫策は、名実ともに中華南部における最大の勢力となったのである。彼は意気揚々と襄陽城に入り、新たな時代の到来を高らかに宣言した。
覇業の拠点を移すべく、孫策は都をこれまでの皖城から、この襄陽に遷すことを決定。
皖城で吉報を待つであろう愛する妻・大喬、妹夫婦の周瑜と小喬、そして母である呉夫人らを、この新しい都へ呼び寄せるよう手配を進めた。
さらに孫策は、腹心である張紘の進言を容れ、将来を見据えた布石も打つ。
長江下流の要衝である建業の地に、大規模な城と都市の整備を開始するよう命じた。
襄陽を西の拠点、建業を東の拠点とする。これは、孫呉が今後さらに発展していくための、重要な二都構想の始まりであった。
荊州平定は、孫策にとって父の仇討ちという宿願の達成であると同時に、天下二分、そしてその先の統一へと続く覇道における、大きな、大きな飛躍となった。




