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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第二十五章 生々流転
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192 希望の仕事

「――何? ドナルの館を追い出された?」


 マイソール卿の問いに、フィオンは思わず身を縮めた。


「……はい。ドナル様は今後、城外の館での執務に専念されるとのことで……。我々には、退去するようにと……。至らぬ点があったのだと思います……」


 十八歳の少年とは思えぬ口調に、マイソール卿は眉根を寄せる。


「――あの館で、一体何があったのだ?」


「……申し訳ありません。その件は、他言しないよう言われております」


 フィオンの声音は固い。華奢な体に、似つかわしくないほどの重みを背負っているようだった。

 マイソール卿はしばし黙し、やがて話題を変えた。


「三人で奉公に出されたと聞いていたが、残る一人はどうした?」


「キアランは、館にいた衛兵の方が養子に迎えられました。お子さんのいないご夫婦だそうで……。あの子には、きっとその方がよいと判断しました」


 そう言いながら、フィオンは拳を強く握った。


「私は十八ですし、仕事を探します。このルーイもじき十五になります。孤児院へ戻っても、すぐに出される年齢です。……まずはこの子の居場所をどうにかしたくて、ご相談に伺いました」


 マイソール卿は顎に手をやって考え込む。


「……お前たちは、この先どんな仕事をしたいと考えている?」


「……我々の“希望”ですか?」


 唐突な問いに、フィオンとルーイは戸惑い、顔を見合わせた。


 ルーイが先に口を開く。


「……僕は、薬を作る仕事がしたいです」


「薬、か。やったことがあるのか?」


「“木蔦の薬”なら作ったことがあります。もっとたくさん、色んな薬を学びたいんです」


 マイソール卿がうなずいてルーイを見つめる。


「……フィオン、お前は?」


 言葉が出なかった。これまで与えられた仕事をこなすばかりで、「やりたいこと」など考えたこともなかった。自分より年下のルーイが、それをまっすぐ口にしたことに、不思議な衝撃を受けていた。


 沈黙を受け取って、マイソール卿は優しく言った。


「すぐに答えられぬのも無理はない。しばらくの間、ここで使用人の手伝いでもしなさい。儂も、お前たちに向いていそうな道を探してみよう」


「ありがとう……ございます」


 フィオンは戸惑いながらも、深く頭を下げた。

 今はもう、人を傷つけるような仕事だけは、したくなかった。


「シルヴァがいたら、きっと同じことを言っただろう」


 そう言ってマイソール卿は年配の使用人を呼び、二人を預けた。ただの善意ではない――この少年たちを“近くで見る”必要があると、直感的に判断していたのだ。


 


 ◇◇◇


 


 身を清め、服装を整えたフィオンとルーイには、使用人用の一室が与えられた。


 荷を解きながら、ルーイがつぶやく。


「……最初から、こんなふうに受け入れてくれるって知ってたら、キアランも連れてこれたのにね」


「……そうだね」


 フィオンの脳裏に、あの夜の光景が蘇る。


 ――『いやだ! フィオンと一緒に行く!』


 泣き叫ぶキアランを、衛兵の腕に託して背を向けた。その叫びが、今も胸を刺す。それは後悔ではなく、選んでしまった者の重さだった。


 荷物の中に忍ばせた板を取り出す。そこには、ディランから教わった共通語の文字が刻まれていた。

 フィオンはいつものように、その文字を指先でなぞる。すべては持ち出せず、残りは焚き付けに混ぜるしかなかった――ドナルに気づかれぬように。


 (もっと、僕が強ければ……)


 


 ◇◇◇


 


 翌朝、マイソール卿はフィオンとルーイを伴って、グレインネの元を訪れた。


「ああ、マイソール。ちょっと騒がしいけど、許しておくれ」


 薬草の吊るされた居間には、春の花の香りと共に、どこか笑い混じりの空気が流れていた。クラウスが腕を押さえながら、メイヴに軟膏を塗られている。


「……痛い……」

「動かさないの。これで楽になるから」


 メイヴは、慣れた手つきでクラウスの腕を包帯で巻いている。そして顔を上げると、マイソール卿の連れている少年たちを目ざとく見つけた。


「叔父さん、その子たちは?」


 視線が向き、フィオンとルーイはぎこちなく頭を下げた。

 この部屋の空気に、フィオンの背中が自然に緩む。


「こっちの子が薬に興味があってな。グレインネの元で学べるかと思って、連れてきた」


「へえ。あんた、何で薬を?」


 メイヴがルーイに近づき、その顔をのぞき込む。


「“木蔦の薬”を教わりました。他にも、たくさん覚えたいんです」


「“キヅタ”? なにそれ?」


 クラウスが、横から説明を添える。


「ローダインの兵士が使う傷薬ですよ。ここでは小麦草がよく使われるけど、深い傷には木蔦の方が効くんです」


「へえ……でも、誰がそんな怪我をしたの?」


 その問いに、フィオンは一瞬身を強ばらせる。背中の痛みが記憶と共に甦った。


「まあまあ、詮索は後にしましょう」


 オットーはフィオンの肩にそっと手を置き、ルーイに尋ねる。


「その薬、誰から教わったんだ?」


「……ディラン様からです」


 誇らしげに答えるルーイの言葉に、オットーは満面の笑みを浮かべた。


「おお、そうか。あれを教えたのは私だよ。こうやって知識が受け継がれていくんだなぁ……クラウス、感動しないか?」


 クラウスは包帯を巻かれたまま、ため息混じりに肩をすくめた。

次回、第193話 「フィオンの夢」 2月10日(火)19:15更新予定

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