表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第二十四章 建国祭
193/243

182 出来過ぎた対戦

 宮殿で建国祭の宣言を終えたアルドリックは、玉座の重みを背に残したまま、悠々と伸びをひとつした。晴れやかに手を振りながら、人が列をなす横を祭りの喧噪が聞こえる方角――闘技場へと歩みを進めた。


 石畳を打つ靴音が、徐々に歓声の渦へと溶けていく。闘技場は既に沸き立っていた。陽光の下、旗がひらめき、観衆のざわめきが風に乗って震える。


 傍らへ駆け寄ってきたのは、ジーンだった。息も乱さず報告を口にする。


「コンラッドは無事、闘技場に着きました」


「そうか。夕べ、薬を盛られたと聞いた時はどうなることかと思ったよ。せっかく、決勝でスカルギと当たるようにしたのに」


 ジーンはひっつめていた赤い髪をほどき、額の汗を指で払いながら、淡く眉をひそめた。


「また、くだらない小細工を」


 闘技場の裏口に足を踏み入れると、眩しい外光が途絶え、暗がりの気配が肌にまとわりつく。

 土床を伝う冷気が、まるで別の戦いの幕開けを告げるようだった。


「せっかくの建国祭だ。盛り上がってくれないとね」


 アルドリックが光あふれる会場中央へと歩み出た瞬間、歓声が弾けた。地鳴りのような拍手と叫びが白幕を震わせ、陽炎のように熱気が立ちのぼる。その中を、初夏の爽やかな風とともにアルドリックは、手を上げながら歩いた。

 闘技場の一角には王族と来賓のための特別席が設けられ、レダ妃と王子たち、各国の使節団が並んでいた。


 レダ妃の隣には、甥にあたるベラノーシュ王国の第一王子・エイリークが座っている。レダ妃と同じプラチナブロンドの髪は背中で一つに束ねられ、表情はどこか遠くを見ていた。


「エイリーク、すまぬな。約束を違えるような娘ではないのだが」


「叔母上、正直に申せば、帝都の令嬢が我が国のような何もない土地へ嫁ごうと思うとも思えません。この話も……」


「エディシュは、そんな娘ではない」


「叔母上のご寵愛は重々承知しておりますが」


 エイリークの視線が、隣の空席に流れた。昨日、レダ妃にゼーラーン家の娘と並んで観戦するよう勧められたが、気は進まなかった。

 そして静かに呟く。


「妻を亡くしてから、息子も病を得ております。元気な娘には我慢ならぬことではありませんか?」


 言葉と共に目を伏せ、それきり黙り込んだ。


 一方その頃、闘技場の地上では、四つの区画で第一試合の合図が鳴り響いていた。

 剣と剣が交錯し、砂煙が舞う。午前は一・二回戦、午後には三回戦から決勝までが続く予定だ。


 掲示板の対戦表には、コンラッドとスカルギの名が見事に離れたブロックの端と端に記されている。

 ――偶然にしては、出来過ぎている対戦だった。


 観覧席の一角では、オーレリア夫人とヒューゴ叔父が並んで座っていた。

 ヒューゴは手にした分厚い書類束を誇らしげに掲げる。


「コンラッドも立派になったもんだ。義姉上、見てくださいよ、この山のような身上書。全部、あの子への縁談希望者ですよ」


「……すごい数ね。娘のときはあんなに苦労したのに」


「この大会でいいところまで行けば、もっと増えますよ」


「まさか、それを見越して今まで結婚を引き延ばしていたの?」


 ヒューゴは悪びれもせず、満面の笑みで答えた。


「もちろん。本当は辺境に行く前に決めたかったんですけどね。あの子が“相手を待たせるのが申し訳ない”なんて言うから……まったく、優しすぎるんですよ」


 オーレリアは苦笑を浮かべ、会場を見渡した。


「……エディシュを見かけなかった? 無事に来られたのかしら」


「そりゃ来てますよ。エイリーク様との顔合わせをすっぽかすなんてありえません。今頃、特別席で――」


 だがその“エディシュ”は、別の場所で落ち着かない様子だった。

 ウィンを連れて到着した彼女は、酢で何度も手を洗ったにもかかわらず、なお大蒜(ベリ・ルク)の匂いが身体に残っている気がしてならなかった。

 風が吹くたび、香りが自分を追ってくるようで、思わず肩をすくめる。


 会場の外れを歩いていると、ジルが声をかけた。


「エディシュさん、こんなところで何してるんですか?」


「ジルこそ、どうしたの?」


「俺は警備です。コンラッドさんが、スカルギ隊長にも狙いがあるかもしれないって」


「なんですって、スカルギ隊長に!?  ……許せない」


 ジルはしまったとばかりに口を押さえた。

 金髪、丸太のような腕、割れた顎――“おじさま”趣味のエディシュには、危険すぎる情報だった。


「あたし、観覧席を見回ってくるわ。ジルやニケは上に上がれないでしょう?」


「……って、今日は王子様と顔合わせじゃ?」


「この匂いじゃ行けない」


 ジルは半ば反射的に、彼女の手元へ顔を寄せて匂いを嗅いだ。


「これは……大蒜(ベリ・ルク)ですね」


「やっぱり。どれだけ洗っても落ちないのよ」


 うなだれるエディシュの足元で、ウィンがぴょんと跳ねた。


「美味しそうなにおいだと思うけどな~」


「……よし、怪しい奴を探してくる。ウィン、ついてきて」


「はーい!」


 エディシュとウィンは観覧席へと駆け上がる。

 風が追いかけるように吹き抜け、大蒜(ベリ・ルク)の香りがほんのりと漂った。



次回、第183話 「選ばなかった道」 1月17日(土)11:00更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ