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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第二十四章 建国祭
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181 祝祭のはじまり

 朝、帝都中の鐘がけたたましく鳴り響き、建国祭の幕開けを告げた。

 目を刺す光が刃のように尖塔にきらめいた。

 その下で、街はすでに祝祭の熱狂に包まれていた。


 宮殿の大広間では、皇帝アルドリックが民に向けて建国祭の開催を高らかに宣言し、人々の歓声が空へと舞い上がっていた。


 雲一つないその空を、一羽の大きな鳥が太陽を横切り飛び去った。


 そのころ、コンラッドはぎりぎりで闘技場に滑り込み、出場の手続きを終えたばかりだった。受付の係員に軽く頭を下げられ、控え室へと通される。


「コンラッド、間に合ったか」


 控え室に入るなり、スカルギの太い声が響いた。鎧兜に身を包んだ彼は、部屋の入口で腕を組んで立っていた。


「衛兵から聞いた。体は……大丈夫か?」


「どうにか……」


 コンラッドは短く返し、所定の場所に鎧箱を置いた。鉛のようだった体は嘘のように軽くなり、いつも通りとまではいかないまでも、剣を振るうことはできそうだった。


「……対処はしたようだな」


 スカルギは顔をわずかにそらし、鼻をひくつかせた。宮殿勤めの彼には、大蒜(ベリ・ルク)の強烈な匂いは馴染みのないものらしい。


 ちらと周囲を見ると、他の出場者もどこか距離を置いているようだった。戦う前から妙な孤立感が押し寄せる。


「誰にやられた?」


 スカルギが顔を背けながら低く尋ねる。だが、コンラッドは黙って首を振った。

 スカルギは眉を深く寄せる。


「勝ちたい奴が、手段を選ばずに妨害してきたのか。正々堂々と戦えばいいものを……」


「なぜ、私だったんだろう。狙うなら、スカルギの方が……」


「儂は宮殿で衛兵に囲まれている。狙う隙がなかったのかもな。それに、奴らにはお前の方が“脅威”に映ったのかもしれんぞ?」


 スカルギは冗談めかして笑ったが、その目は鋭かった。


「スカルギも気をつけた方がいい」


「承知している。控室も観覧席も、部下を張り巡らせてある。……だが、それでも目は足りん」


 コンラッドは控え室の中を見渡した。薄暗い控え室はいくつもの部屋に区切られている。姿を隠そうと思えば隠せそうだった。


 コンラッドの周りには、仮面をつけた出場者、見慣れない装いの民。普段の帝都では見かけない者たちが集う。ふと、壁際の長椅子で一人の若者に目が止まる。


 彼は白銀に輝く鎧を着けていたが、蒼白な顔には不安が滲んでいた。鎧の輝きがやけに新しく、まるで戦場を知らぬ飾り物のようだった。

 それでも、震える指先には――妙な誠実さがあった。

 コンラッドはそっと隣に腰を下ろす。


「大丈夫かい? 顔色がよくないようだ」


 若者ははっと顔を上げ、眉を吊り上げた。


「無礼者! 我はファルカシュ王国の王太子、トラシュマコスだぞ!」


「これは失礼を。私はコンラッド・ゼーラーン。無礼をお詫びします」


 即座に膝をつくと、若者の顔が少し和らいだ。


「ゼーラーン将軍のお身内の方か。……いや、ここは試合の場だ。身分は関係ないのだったな。私も大人げなかった」


「いえ、お気になさらず。少しでもお気持ちが楽になるなら、何よりです」


 トラシュマコスはふっと息を吐いた。


「ありがとう。実のところ、少し心が晴れた。もう一度、隣に座ってもらっても良いか?」


 頷いて隣に戻ると、そこへ紙片を持った使者が駆け込んできた。王太子は低い声で使者と数言を交わし、その表情が明るくなる。


「すまなかった。国で憂い事があったのだが、どうやら解消したようだ。何が何でも試合に勝って、皇帝陛下に“望み”を聞いてもらわねばと思っておったが……その必要もなくなった。私はこのまま、試合に出ず帰ろうかと思う」


 そう言うとトラシュマコスは立ち上がったが、鎧の重みでふらついた。コンラッドは思わず手を差し伸べる。

 

「なぜでございますか? せっかく遠路お越しになられたというのに」

「いや、私は実は……あまり、強くないのだ」

「そのようなこと、剣闘会に出られるだけで名誉なことだと言われております」


 コンラッドはそう言いながら、これはレオナから聞いた話だったと目を伏せた。


「私も陛下より、試合に出て顔を売ってこいと言われました」

「高名なゼーラーン家の方でもそうなのか。ならば私のような田舎者は、出るだけでもがんばるとしようか」


 トラシュマコスは苦笑しながら腰を降ろした。

 この若者をあれほどまでに追い詰める“望み”というのは何だったのか知りたい気もしたが、今はそれどころではなかった。コンラッドは丁寧に頭を下げると、王太子の前を辞した。



 鎧箱の場所へ戻ると、そこではジルが待っていた。彼は手早く胸当ての装着を手伝いながら、小声で耳打ちした。


「ニケから伝言です。――エブロがやられました」


「いつ?」


「今朝、ラウマーレ川で遺体が見つかりました。イーザンも一緒でした」


 ここに来て、核心に近い人物が消された。

 ――彼らは、人間ごと証拠を切り捨てた。


 その現実が腹の底を熱く焼き、剣にかけた手に熱を与えた。


「ジル、頼みがある。スカルギに仕掛けてくる者がいるかもしれない。彼の行く先に目を配ってくれ」


 ジルは無言で頷くと、姿を消した。コンラッドは深く息を吐いた。


 剣よりも先に、見えぬ戦いが始まっていた。


次回、第182話 「出来過ぎた対戦」 1月15日(木)19:15更新予定

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