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エル・カルド(失われた聖剣)  作者: 夜田 眠依
第二十四章 建国祭
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180 宵の文書庫

 エディシュとウィンが宮殿に到着したのは、宵の帳が降りたころだった。

 手に蝋燭を掲げ、静寂に包まれた文書庫へと足を進める。


「わぁ、広いね……!」


 ウィンの声が反響し、無人の廊下に軽やかに響いた。

 エディシュは苦笑しつつ、衛兵から預かった鍵をきゅっと握る。


 文書庫のある建物にたどり着くと、そこはすっかり眠りについていた。窓に灯はなく、人の気配も感じられない。


「誰もいないね。やっぱり、街にでも行ったのかな」


 踵を返そうとするエディシュをよそに、ウィンは興味津々と奥へ進んでいく。


「ちょっと、勝手に開けちゃだめよ!」


「平気だって、誰もいないし」


 そう言いながら、並ぶ扉をひとつひとつ開けていく。やがて、施錠された一角にたどり着いた。


「ここは?」


「閲覧室よ。普段は鍵がかかってるの」


 エディシュは鍵束を探り、慎重にひとつずつ鍵を試した。そして一番奥の扉を開いた時、椅子の影の不自然な形――


「……お兄ちゃん!」


 狭い部屋の椅子に、コンラッドがぐったりともたれかかっていた。


「お兄ちゃん! ねえ、しっかりして!」


 駆け寄り、肩を揺さぶるも反応はない。身体に掛けられていたマントがするりと落ちる。

 エディシュの胸に、氷のような冷たさが走る。


「ウィン、人を呼んでくる! ここで見てて!」


「う、うん!」


 蝋燭を机に置き、ドレスの裾をたくし上げてエディシュは駆け出した。


(争った形跡はない。どうして? ……まさか、悪い病気?)


 不安が渦巻く中、ようやく廊下で警備兵を見つけ、助けを求める。すぐに数人の兵士が現れ、コンラッドは救護室へと運ばれた。


 現れた医師は、背の高い若者だった。栗色の髪を一つに束ね、穏やかな目元をしている。


「オットー先生じゃないの?」


「あー、先生は今、エル・カルドに滞在中です。私は代診のラドと申します」


 落ち着いた声で答えると、ラドは衝立てを置き、迅速に診察を始めた。

 エディシュは、そっとその場を離れる。


「先生は、クラウスさんと一緒に行ったのね……」


 エディシュとウィンは椅子に腰掛け、静かに待つ。衝立ての端から影が伸びる。

 やがてラドが顔を出した。


「外傷は見られません。病気の兆候もありません。ただ……口元から、かすかに青芥子の香りがします」


「青芥子? でも、部屋には何も……」


「そうですか。まあ、命に別状はありませんが、あれは結構後に残りますよ」


 医師はくしゃくしゃと頭を掻いた。

 エディシュはラドの前に歩を進める。


「目は覚めるんですか?」


「まあ、いずれは。ご存知かも知れませんが、回復には時間がかかります。倦怠感も続くでしょう。元気をつけるなら、栄養のあるものを与えてみては?」


 まるで、それ以上は手立てがないと言わんばかりの調子だった。


◇◇◇


 その夜、エディシュは衛兵に頼み、兄を馬車で家へ運ばせた。


 すでにウィンは眠ってしまい、ふたりは別々の寝室へ運ばれる。


 エディシュは兄の寝顔を見つめ、ようやく肩の力を抜いた。


 ――そのとき、扉がノックされた。


「コンラッド? 戻ったの?」


 声の主はオーレリアだった。心配そうに扉を開けかけるのを、エディシュは慌てて遮った。


「お母様、大丈夫。お兄ちゃんは疲れて寝てるだけだから」

「そう? あの子、挨拶もせずに……」

「忙しかったもの。今日くらいは、ね」

「……そうね。明日はヒューゴと先に会場へ行くけど、大丈夫かしら?」

「ええ、大丈夫です。ご心配なく」


 オーレリアが立ち去ると、エディシュは兄の枕元の椅子にへたり込んだ。足元から、じんわりと疲労が這い上がってくる。

 そのまま、うとうとと眠りに落ちた。


◇◇◇


「おはよー!」


 ウィンの声で目覚めたときには、朝の光が部屋を満たしていた。


「お兄ちゃん、起きて! 今日は建国祭よ!」


 エディシュに揺さぶられ、コンラッドのまぶたがわずかに開いた。


「……ここ、家……?」


「そう。お医者様が言ってたの。誰かに薬を飲まされたみたいだって」


「薬……」


 レオナの面影が脳裏をかすめたが、名を口にすることはなかった。


「動けそう?」


 体を起こそうとするが、全身に鉛のような重さが残る。


「……すぐには、ちょっと……」


「じゃあ、待ってて!」


 エディシュは勢いよく部屋を飛び出し、レシピの紙片を手に台所へ駆け込んだ。


 それは先日、宿代代わりにシルヴァがくれた“秘伝の回復飲料”のレシピだった。


『疲れがとれるぞ』


 彼は自分が飲むつもりで材料を持ち込んでいた。結局、飲まずに出て行ったが……。


 材料:矢車菊(カンタリオン)、チャイブ、大蒜(ベリ・ルク)、牛の生肝――他にも聞き慣れない材料が並ぶ。


「牛の生肝って! ……さすがに無いよね」


 シルヴァが置いていった、あり合わせの材料を刻み、潰し、今朝届いたばかりの牛乳に混ぜる。

 できあがった液体は、紫と緑がぶつぶつと混ざった、なんとも怪しい色合いだった。


「……それ、まさか」


 ベッドに横たわるコンラッドが、顔をひきつらせる。


「シルヴァの秘伝の飲み物! ディランに飲ませようとして、調理場出禁になったやつ!」

 

「……やっぱり、それか」


 ウィンはポカンと口を開けたまま、怪しげな液体を見つめていた。

 エディシュは、コンラッドの鼻先にグラスを突きつける。


「うん! でも、私が作ったから大丈夫!」


「いや、それは……」


「その状態で剣闘会に出るつもり?!」


 勢いに押され、コンラッドはしぶしぶグラスを受け取った。


 目をつむり、一気に喉へ流し込むと、猛烈な大蒜(ベリ・ルク)の匂いが口に残る。胃には強烈な異物感。……が、しばらくすると、体の芯がじんわりと温まり、手足が少しずつ動くようになってきた。


 よろめきながら、コンラッドは剣と鎧箱を抱えて馬車へ乗る。


 見送るエディシュは、ようやく胸を撫で下ろした。


 さて、自分の支度を――と水盤に手を伸ばした瞬間。


  指先から、凄まじい大蒜(ベリ・ルク)の匂いが立ちのぼる。


「しまった……今日はエイリーク様との顔合わせだった……」


 鏡に映った自分の顔を見つめ、エディシュはそっとため息をついた。

次回、第181話 「祝祭のはじまり」 1月13日(火)19:15更新予定

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