第一章 三区
朝の七時半に局に入ると、区分棚の前にはもう三人が立っていた。
郵便は、配る前に、配る順に並べ直す。機械が町名と番地までは分けてくれるが、その先は人の手でやる。一軒目の家から最後の家まで、バイクが走る順番に、封筒とはがきを棚に差していく。局では、道順組立と呼んでいる。
わたしの受け持ちは、三区だった。
市のいちばん外れの、古い住宅地だ。国道から一本入ると、坂の上まで木造の家が続いて、その先に県営の団地が四棟ある。全部で四百二十軒ほど。期間雇用でこの局に入って六年になる。三区を持ってからは、五年目だった。
五年もいれば、たいていの郵便受けは覚える。名字だけではない。どの家の誰が、何時ごろ家にいて、どんな顔をしているか。郵便受けの口が錆びて固い家、犬が門の内側で待っている家、表札と郵便受けの名前が違う家。棚の前に立てば、そういうことも手が覚えている。
隣の棚で、四区の須藤くんが手を止めて、こちらを見た。
「真壁さん、それ、どうやって覚えたんですか」
須藤くんは、この春に入ったばかりの二十四歳だった。四区は駅前のマンションが多くて、部屋番号の振り方が建物ごとに違う。毎朝、組み立てに一時間近くかかっている。
「覚えたっていうか、毎日同じ順番で回ってるから」
「毎日同じ順番でも、僕は覚えられないです」
「五年やれば覚えるよ」
須藤くんは、五年かあ、と言って、自分の棚に向き直った。
組み立てが終わると、束を輪ゴムで留めて、配る順にバイクの箱に積む。一番上が一丁目の一番地で、一番下が団地の四号棟だ。箱の中の順番は、そのまま、わたしがその日に通る道の順番になる。途中で誰かに呼び止められても、雨で道が変わっても、箱の順番だけは変えない。変えると、どこかで一通、配り忘れる。
六年のあいだに、配り忘れは二回あった。二回とも、局に戻って箱の底を見たときに気づいた。一通は誕生日のはがきで、もう一通は、病院からの検査結果だった。どちらも、その日の夕方に届け直した。受け取った人は、二人とも、遅れたことに気づいていなかった。届くはずのものが一日遅れても、人はたいてい気づかない。
一丁目の角から始めて、二丁目を回り、坂を上がる。三丁目に入る角に、苔の生えた古い石が立っている。昔の道しるべで、右、何とか道、と彫ってあるらしいが、字はもう読めない。わたしは毎朝、その石の前でバイクのギアを一段落とす。
三丁目の十四番地は、浅井さんの家だった。
古い二階建てで、門の横に、緑色のペンキがはげた郵便受けが打ちつけてある。郵便受けには、マジックで名前が三つ書いてある。浅井正之。恵美子。キヨ。
正之さんは、何年か前から名前だけになった。単身赴任で、遠くの営業所にいると聞いている。郵便は正之さんあてのものがいちばん多いが、受け取るのは、いつも恵美子さんだった。
棚の、浅井さんの家の位置に、今朝は封筒が二通あった。電気料金のお知らせと、キヨさんあての、通信販売のカタログ。
わたしはそれを、ほかの家の分と同じように、順番どおりに差した。
*
十時過ぎに、三丁目に上がった。
赤いバイクを浅井さんの家の門の前に止めると、縁側のガラス戸が開いた。
「郵便屋さん」
キヨさんは、毎朝そこにいる。八十六歳だと、去年の敬老の日に本人が言っていた。小さな人で、背中が少し丸い。縁側に座布団を敷いて、膝に毛布をかけて、日が当たるのを待っている。
「何か来てる?」
「カタログが来てますよ。キヨさんあてです」
「あら、そう」
わたしは門を開けずに、郵便受けに入れた。手渡しはしない。郵便受けがある家には、郵便受けに入れる。キヨさんもそれを知っていて、わたしが入れるのを見届けると、満足したようにうなずく。
縁側の足元に、四角い水槽が置いてある。中に、手のひらほどの亀がいた。石亀だそうだ。この家の亡くなったご主人が、若いころに道で拾ったのだと、前に聞いた。
「今日はね、日が当たらないから、出てこないの」
キヨさんは水槽をのぞいて言った。
「寒くなりましたもんね」
「寒くなったね。郵便屋さんも、寒いでしょう、バイク」
「慣れてますから」
「そう。慣れるのね」
キヨさんは、ゆっくりうなずいた。
向かいの家の小池さんが、門の前を掃いていた。民生委員を長くやっている人で、三丁目のことは、たいてい小池さんが一番よく知っている。
「真壁さん、おはよう。キヨさん、元気でしょう」
「お元気そうです」
「このごろね、夜も縁側に出てるのよ。寒いのに。恵美子さんも大変だわ」
小池さんは、竹ぼうきを動かしながら、声を少しだけ低くした。
「正之さんがいないからねえ。全部、恵美子さん一人なのよ」
わたしは、そうですね、と答えて、小池さんの郵便受けに町内会の封筒を入れた。小池さんは、ありがとう、と言って、また掃き始めた。
毎朝、だいたいそれだけだ。何か来てる、と聞かれて、来ていれば来ていると言い、来ていなければ、今日は何も、と言う。二年ほど前から、同じことを一日に二度聞かれる日が出てきた。わたしが坂の上の団地を回って戻ってくると、縁側から、郵便屋さん、何か来てる、と声がかかる。そういうときは、さっきお入れしましたよ、と答える。キヨさんは、あら、そう、と言って、郵便受けのほうを見る。
その日も、団地から戻ってくると、縁側のガラス戸はまだ開いていた。キヨさんは、わたしのほうを見たが、何も聞かなかった。わたしは会釈をして、坂を下りた。
*
配達を終えて局に戻ったのは、三時過ぎだった。
明日の分を組み始めると、三区の棚の、浅井さんの家の位置に、細長い紙が一枚差してあった。
転居の届けが出ると、局の中で、その家の扱いが変わる。前の住所あての郵便は、届けた日から一年間、新しい住所へ送られる。配る人間が間違えないように、棚に知らせの紙が差される。
わたしは紙を抜いて、名前を読んだ。
浅井キヨ。
届け出た人の欄には、浅井恵美子とあった。続柄の欄に、同一世帯、と書いてある。同じ世帯の家族なら、本人に代わって届けを出せる。それも決まりだった。
新しい住所は、市の反対側だった。番地の後ろに、施設の名前が書いてあった。聞いたことのある名前だった。去年、二区の家のおじいさんが入ったところだ。
「あ、それ、転居ですか」
須藤くんが、横からのぞきこんだ。
「三区の。おばあさん」
「施設ですか。最近多いですよね、そういうの」
須藤くんはそう言って、自分の棚に戻った。
わたしは紙を棚に戻した。
施設に入る人の届けは、年に何件か出る。たいていは、本人がもう家にいなくなってから、家族が局の窓口に来る。棚に紙が差される頃には、縁側も、窓も、郵便受けの前も、もう空いている。郵便受けに名前だけが残って、わたしはそれを、届けが出たあとで知る。
母のときも、そうだった。
四年前、母が施設に入ったとき、転居の届けはわたしが出した。同じ世帯の家族だったから、窓口で書いて、判を押した。母は施設に三か月いて、それから病院に移って、そこで亡くなった。母あての郵便は、三か月のあいだ、施設に転送された。そのあとは、病院には転送されなかった。病院は住所ではないからだ。
届けを書いたときのことは、よく覚えていない。書く欄が多かったことと、窓口の人が丁寧だったことくらいだ。
転居の日付の欄には、先週の水曜日の日付が書いてあった。
先週の水曜日も、木曜日も、金曜日も、今朝も、キヨさんは縁側にいた。
明日の朝も、キヨさんは縁側にいるはずだった。




