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退バン! やめたい四人と、まだ好きな音  作者: 井芹蒼


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11/15

第11話 合わないまま、向かう

 メトロノームの赤い光が、まだ誰も弾いていない部室を一拍ずつ区切っていた。


 音は小さい。


 かち、かち、と硬い音が鳴るたびに、葵はマイクスタンドの影が床で少しだけ揺れるのを見た。夕方の光が窓から斜めに入り、アンプの角とドラムの金属を薄く光らせている。


 昨日と同じ部室。


 昨日と同じ匂い。


 昨日と同じように、別館の入口で外靴を脱いで、室内シューズに足を入れて、ここまで来た。


 でも、机の上には昨日なかった紙が一枚ある。


 校内ミニライブ 仮リハーサル確認


 見出しはそれだけだった。下には、持ち時間、転換、リハーサル順、顧問確認、という小さな文字が並んでいる。派手な紙ではない。学校のプリンタで出しただけの白い紙だ。


 それなのに、その紙は昨日の掲示よりずっと重かった。


 廊下に貼られていた時は、まだ「あるんだ」と思えた。


 机の上に置かれると、「やるんだ」に変わる。


「持ち時間、七分」


 千夏が紙をのぞき込んで言った。


「転換、三分」


 そこで顔をしかめる。


「三分で世界変えろってこと?」


「世界は変えなくていい」


 梨花が練習ノートを開きながら答えた。


「アンプつないで、確認して、次に渡すだけ」


「それが世界より難しい日もある」


「あるけど」


 梨花は鉛筆の先で紙の端を押さえた。


「今日は、そこじゃない」


 その言い方が、少しだけいつもの梨花に似ていた。


 今日はここ。


 今日はこの入り方。


 今日はこの小節だけ。


 そうやって練習の線を引くのは、だいたい梨花だった。梨花の鉛筆がノートに一本線を引くと、部室の空気が練習の形になる。千夏が文句を言い、瀬奈が短く確認し、葵が水筒を足元に置く。


 何度もやってきた。


 だから、今日も梨花がノートを開いた瞬間、葵の身体は少しだけ練習の姿勢になった。


 でも梨花の鉛筆は、すぐには動かなかった。


 ノートの端には、昨日と同じサビ前の場所が開かれている。二つ前の小節から、声が入るところまで。昨日、四人で「もう一回」と言った場所。


 そこに鉛筆を置いたまま、梨花は一度だけ机の端を見た。


 透明なクリアファイルが、壁際の棚に立てかけられている。


 空のままだ。


 退部届は、真柴先生の机の上にある。ここにはない。ないのに、空のクリアファイルがあるだけで、部室はそのことを忘れられない。


 梨花が深く息を吸った。


「今日は、通さない」


 鉛筆の先が、やっとノートに触れた。


「最初から最後までやって、できたところを探すのはやめる。そこをやると、できてないところを見ないまま時間がなくなるから」


 千夏がスティックを指の間で回しかけて、やめた。


「じゃあ、昨日のところ?」


「うん」


 梨花はサビ前の二小節を四角く囲んだ。


「ここ。入り口から、声が乗るところまで」


 言葉ははっきりしていた。


 でも、線は少しだけ歪んでいた。


 梨花はたぶん、いつものように言おうとしている。いつものように決めようとしている。けれど、それが「終わるための練習」に聞こえてしまうことを、自分で知っている。


 葵は、梨花の鉛筆を見ていた。


 線が歪んでも、線は引かれた。


 それだけで、少し息ができた。


「梨花が囲ったところだけ」


 瀬奈が言った。


 瀬奈は、梨花のノートを勝手に引き寄せなかった。覗き込む距離だけを保って、囲まれた四角の中を目で追っている。


「テンポは昨日より少しだけ落とす。メトロノームありで一回。なしで一回。範囲は広げない」


 そこで瀬奈は梨花を見た。


「それでいい?」


 梨花は、すぐにうなずかなかった。


 いつもなら、梨花が決めて、瀬奈が確認する。


 今日は、梨花が引いた線を、瀬奈が崩れないように押さえている。


 代わりに立っているのではない。


 倒れそうな線の横に、低い音を置いている。


「うん」


 梨花が言った。


「それでいく」


 メトロノームの赤い光が、かち、とまた一つ進んだ。


 千夏がドラムの前に座った。


「じゃあ、七分の中に入るかどうかも、あとで測る?」


「あとで」


 梨花が言った。


「先に、一小節」


「一小節で七分使ったら?」


「その時は校内ミニライブじゃなくて校内一小節会になる」


「何その地味な会」


 千夏が笑いかけて、途中で口を閉じた。


 笑いが部室の天井に当たる前に、自分で手を伸ばして止めたみたいだった。


「ごめん」


「いいよ」


 梨花が言った。


「そのくらい言ってないと、手が固まる」


 千夏は少しだけ目を丸くした。


「今の、助かった?」


「少し」


「じゃあ採用」


「毎回はしないで」


「仮採用」


 千夏はスティックを握り直した。軽口を置いた手が、そのまま次のカウントへ戻っていく。


 瀬奈がベースの音量を小さく確かめた。


「仮で助かることはある」


 短い言葉だった。


 それだけで、千夏の肩の力が少し抜けた。


 葵は水筒を足元に置いて、マイクの前に立った。


 昨日と同じ高さ。


 少し近い高さ。


 戻さなかった高さ。


 昨日の一音は、まだ喉の奥に残っている。置けたような気もするし、置き損ねたような気もする。細い糸みたいなものが見えて、次の音でほどけた。そのほどけた場所を、今日はもう一度見る。


 見たくない気持ちもあった。


 でも、見ないまま終わる方が怖かった。


「クリック、入れるよ」


 千夏が言った。


 メトロノームの音量が少し上がる。


 かち、かち、かち、かち。


 部室の中に、細い定規が置かれたみたいだった。


「二つ前から」


 梨花が言う。


 自分で囲んだ場所を、自分の声で指す。


 葵はその声を聞いて、息を吸った。


 千夏のカウントが入る。


「ワン、ツー」


 最初の一拍目で、梨花のギターが少し前へ出た。


 ほんの少しだった。


 でも、メトロノームがあると、その少しが部室の真ん中に見える。


 瀬奈のベースが、梨花を追わなかった。追わない代わりに、半歩後ろに残った。千夏のハイハットはクリックにきちんと乗っている。きちんと乗りすぎて、音が四角くなっている。


 葵は入り口を見た。


 見えた。


 見えたのに、足が出なかった。


 声が入る前に、梨花のギターと千夏のカウントと瀬奈の低音が、先に部屋を閉じた。


 葵は一音遅れて入った。


 入った瞬間、自分の声が、外側から部屋の扉を叩いているみたいに聞こえた。


 梨花が止めた。


 音が切れる。


 メトロノームだけが、かち、と続いた。


 瀬奈がすぐに止めた。


 部室が、変に広くなる。


「ごめん」


 葵は言った。


 言ってから、違うと思った。


 でも、もう出てしまった。


 梨花が首を振る。


「今の、葵だけじゃない」


「わたしが早かった」


 自分の失敗を言う時の梨花の声は、いつも少し速い。誰かに先に言われる前に、自分で押さえにいくみたいに。


 瀬奈が弦から指を離さずに言った。


「わたし、後ろに残りすぎた」


「わたし、数えすぎた」


 千夏がスティックの先で膝を軽く叩く。


「クリック見すぎて、四角くした」


 葵は、喉に手を当てた。


「わたしは、見えてたのに、待った」


 言うと、三人がこちらを見た。


 責められなかった。


 それが、逆に少し痛かった。


「待った?」


 梨花が聞く。


「うん」


 葵はマイクの丸い網目を見た。


「入っていいって、音が言うのを待った。たぶん」


 言ってから、変な言い方だと思った。


 でも、瀬奈がすぐにうなずいた。


「わかる」


 短い返事だった。


 それだけで、言葉が変じゃなくなった。


「でも、音が言う前に入らないと、間に合わないところ」


 瀬奈は続けた。


「ここは」


 梨花がノートの四角を見た。


「わたしが前に出ると、葵が待つ」


「梨花だけじゃない」


 千夏が言った。


「わたしが強く数えると、みんな待つか、追うかになる」


「瀬奈も」


 瀬奈が自分で言う。


「支えようとして後ろに下がると、葵の場所がなくなる」


 支えようとして。


 後ろに下がる。


 その言葉は、音の話なのに、音だけではなかった。


 瀬奈は気づいているのか、気づかないふりをしているのか、表情を変えなかった。


 梨花が鉛筆を持った。


 ノートの四角の横に、小さく書く。


 部屋を閉じない。


 たった六文字だった。


 でも、その字を書いた梨花の手は、さっきより少しだけ落ち着いていた。


「次」


 梨花が言った。


「わたし、前に出ない。引っ張らないで、空ける」


「わたしは、数えないで数える」


 千夏が言った。


 梨花が顔を上げる。


「何それ」


「クリックには乗る。でも、部屋に命令しない」


「急にいいこと言った」


「急にとか言わない」


 千夏は少しだけ頬をふくらませた。


 その顔が、ほんの少しだけいつもの千夏だった。


 瀬奈が弦を軽く鳴らす。


「わたしは、後ろじゃなくて横」


「横」


 葵が繰り返す。


「梨花の後ろに隠れない。千夏の下に沈みすぎない。葵が入るところの横に置く」


 瀬奈の説明は、やっぱり短かった。


 けれど、今日はその短さが足りないとは思わなかった。


 短いまま、場所を示している。


 葵は息を吸った。


「わたしは」


 声が出るまで、少し時間がかかった。


 三人は待った。


 待たれたことで、また待ちたくなりそうになる。


 葵はそれを、喉の手前で止めた。


「入っていいって聞こえる前に、入る」


 千夏が小さく息を吐いた。


「怖いやつだ」


「うん」


 葵はうなずいた。


「怖いやつ」


 怖い、という言葉を言えると、少しだけ怖さの輪郭が見えた。


 輪郭が見えると、完全には飲まれない。


 梨花がメトロノームを見た。


「もう一回」


 かち、かち、かち、かち。


 今度のカウントは、さっきより薄かった。


 千夏のスティックが、部屋の上から線を引くのではなく、床に小さな点を置く。


 梨花のギターは、その点の前へ走らなかった。


 瀬奈のベースが、後ろから持ち上げるのではなく、横に並んだ。


 葵は、まだ入っていいと聞こえない場所で、息を声に変えた。


 最初の音は、少し震えた。


 震えたまま、部室の中に置かれた。


 誰も、すぐにそれを守りに来なかった。


 誰も、すぐに前へ出てふたをしなかった。


 一拍分だけ、部屋が閉じなかった。


 葵は次の音を置いた。


 そこまでは、昨日より見えた。


 でも、サビ前に入る直前で、梨花の右手が少しだけ強くなった。


 強くなったことに千夏が反応して、スネアが半拍近く前へ寄る。瀬奈がそれを支えようとして低音を太くする。葵の声は、その太さに少し押されて、言葉の端がにごった。


 止まった。


 今回は、誰が止めたのかわからなかった。


 四人がほとんど同時に音を切ったからだ。


 メトロノームだけが、かち、と残る。


 千夏が手を伸ばして止めた。


 静かになった部室で、梨花が深く息を吐いた。


「今の」


 葵は言った。


「最初は、開いてた」


 梨花が顔を上げる。


「でも、途中で閉じた」


「閉じた」


 瀬奈が繰り返した。


「どこ?」


 葵はノートの四角を指した。


 指先が少し震えていた。


「ここ。サビ前に入る直前。梨花の音が強くなって、千夏が追って、瀬奈が重くなって、わたしが遅れた」


 言ってから、自分で驚いた。


 今のは、ちゃんと音の話だった。


 誰が悪い、ではなく。


 どこで閉じたか。


 それを言えた。


 梨花は怒らなかった。


 千夏も、軽く流さなかった。


 瀬奈も、黙ってなかった。


「合ってる」


 瀬奈が言った。


 その一言で、葵の指の震えが少しだけおさまった。


 梨花がノートを引き寄せた。


 さっきの `部屋を閉じない` の下に、もう一つ書く。


 サビ前で強くしない。


 書いてから、梨花は少しだけ顔をしかめた。


「いや」


 鉛筆の先が止まる。


「強くしない、だと、たぶん弱くなる」


「梨花あるある」


 千夏が言った。


「言われたことをちゃんと守りすぎて別の事故を起こす」


「それは全員ある」


 梨花が言い返す。


「千夏は数えすぎるし、瀬奈は下がりすぎるし、葵は待ちすぎる」


 言ってから、梨花は一瞬だけ目を伏せた。


 強かったかもしれない、と顔に出ている。


 でも、千夏が先に笑った。


「四すぎるバンド」


「何それ」


「みんな、やりすぎる方向が違う」


 瀬奈が少しだけ口元を緩めた。


「それは、ちょっとわかる」


 葵も、小さく笑った。


 笑いはすぐに消えた。


 でも、消える前に、部室の空気を少しだけ柔らかくした。


 梨花はノートの字を消しゴムで軽く消した。


 完全には消えず、薄く跡が残る。


 その下に、新しく書く。


 サビ前で押さない。空ける。


「これ」


 梨花が言った。


「強くならない、じゃなくて、空ける」


「ドラムは?」


 千夏が聞く。


 梨花は千夏を見た。


「数える。でも、押さない」


「瀬奈は?」


「横に置く。でも、沈まない」


 瀬奈が自分で言った。


 梨花がうなずく。


「葵は」


 そこで、梨花は少しだけ言葉を探した。


 葵は待った。


 今度は、待つことが怖くなかった。


 梨花の言葉を待っているのであって、自分の入る場所を他人に決めてもらっているのではない。そう思えたからだ。


「葵は、先にいる」


 梨花が言った。


 葵は瞬きをした。


「先?」


「うん。わたしたちが場所を空けたところに入るんじゃなくて、葵が先にそこにいて、わたしたちが閉じない」


 その言い方は、葵を前へ押し出す命令ではなかった。


 葵の場所を、梨花が先に信じて空ける言葉だった。


 梨花は、言ってから少し照れたように眉を寄せた。


「変?」


「変じゃない」


 瀬奈が言った。


「たぶん、その方がいい」


 千夏がスティックを軽く合わせる。


「じゃあ、葵先住民作戦」


「名前」


 梨花がすぐに突っ込む。


「仮名」


「仮名でも弱い」


「じゃあ、葵先にいる作戦」


「ほぼ同じ」


 葵は笑ってしまった。


 声が、思ったより自然に出た。


 千夏がその笑いを見て、少しだけ得意そうな顔をした。


 でも、すぐにスティックを握り直した。


 冗談で逃げきらない。


 そう決めている手だった。


「次、クリックなしでやってみる?」


 瀬奈が言った。


 今度は梨花の方を見る。


 梨花はノートを見た。


 メトロノーム。


 仮リハーサルの紙。


 空のクリアファイル。


 サビ前の四角。


 どれも、終わっていないものばかりだった。


「うん」


 梨花はメトロノームを止めた。


 かち、という音が消える。


 部室が急に静かになる。


 クリックがないと、自分たちの呼吸が目立った。


 千夏が息を吸う。


 瀬奈が弦に指を置く。


 梨花がピックを握り直す。


 葵はマイクの前で、まだ聞こえない入り口を見た。


 今度は、音が言ってくれるのを待たない。


 自分が先に、そこにいる。


「ワン」


 千夏の声は小さかった。


「ツー」


 最初の音が鳴った。


 クリックがない分、部室の呼吸がそのままテンポになる。


 梨花のギターは、慎重すぎるくらい空けている。空けすぎたせいで、少し心細い。瀬奈のベースがそこに並ぼうとして、ほんの少し迷う。千夏のハイハットは、押さないようにしすぎて、軽くなった。


 葵は入った。


 先にいる、というには遅かった。


 でも、待ちきる前には入れた。


 声が部室の真ん中に置かれる。


 一拍。


 半拍。


 その短い間だけ、四人の音が同じ場所を見た。


 次の瞬間、瀬奈の低音が少し下がり、梨花のギターが空けすぎた場所を埋めようとして前へ出た。千夏がそれを拾って、また形が四角くなる。


 ほどけた。


 でも、ほどける前の場所を、葵は見ていた。


 梨花も見ていた。


 千夏も、瀬奈も、たぶん見ていた。


 誰もすぐに音を切らなかった。


 ほどけたまま、二拍だけ進んで、それから自然に止まった。


 長い沈黙が落ちる。


 昨日の沈黙とは違った。


 失敗したことはわかっている。


 でも、失敗の中に、さっきまで見えなかった印がついている。


 千夏が、ゆっくりスティックを下ろした。


「今の、合ってない」


「うん」


 梨花が言った。


「合ってない」


 言葉は厳しいのに、声は折れていなかった。


 瀬奈が続ける。


「でも、どこで合ってないか、さっきより見えた」


 葵はうなずいた。


「最初の一拍は、閉じてなかった」


 梨花がノートに書く。


 文字の最後が少しだけ右に流れた。梨花はそこに線を引かず、横にもう一度、小さく書き直した。


 最初の一拍、閉じない。


 それから、少し間を置いて、その下にもう一行。


 次は、二拍目まで。


 その字を見た時、葵の胸の奥が少しだけ熱くなった。


 できた、ではない。


 届いた、でもない。


 ただ、次に見る場所ができた。


 それだけなのに、部室の床が、さっきより少し固く感じた。足を置ける場所が一つ増えたみたいに。


 梨花は鉛筆を置いて、仮リハーサルの紙を見た。


「七分に入るかどうかは、まだ測れない」


「一拍ずつ増やすと、七分まで何日かかる?」


 千夏が聞く。


「計算したくない」


 瀬奈が即答した。


「瀬奈が計算したくないって相当だよ」


「今日は計算すると負ける」


「何に」


「紙に」


 瀬奈の視線は、仮リハーサルの紙の上にあった。


 紙に負ける。


 その言い方で、四人とも一度黙った。


 紙は机の上にある。


 仮リハーサルの紙。


 空のクリアファイル。


 真柴先生の机の上にある、四枚の退部届。


 紙ばかりが、先に形を持っている。


 音はまだ、形になりきらない。


 でも梨花のノートには、さっきまでなかった一行がある。


 次は、二拍目まで。


 葵は、その文字を見た。


 終わるために鳴らすはずだった練習が、少しずつ、次の一拍を探す練習になっている。


 そのことが怖い。


 怖いのに、目を逸らせなかった。


「もう一回」


 梨花が言った。


 今度は、少しだけ早かった。


 言ってしまってから、梨花自身がその早さに気づいたように、口を結ぶ。


 でも、誰も止めなかった。


 瀬奈がベースを構え直す。


 千夏がスティックを上げる。


 葵はマイクの前で息を吸う。


 部室の端で、空のクリアファイルが夕方の光を受けている。


 退部届は、まだ預けられたまま。


 ミニライブまでは、まだ遠い。


 合っていない。


 まだ、全然合っていない。


 それでも四人は、合わなかった場所を同じように見ていた。


 千夏の小さなカウントが落ちる。


 ワン。


 ツー。


 葵は、音が言ってくれる前に、そこに立った。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


続きが気になった方は、ブックマークで追いかけてもらえると嬉しいです。

楽しんでいただけたら、評価でも応援いただけると励みになります。


そして『退バン!』の未来の四人が鳴らすかもしれないAI音源を、YouTubeで公開しています。


この話の余韻に合わせて聴いてもらえたら嬉しいです。


YouTube: https://www.youtube.com/@taiban_novel


※音源は、本編をもとに作者がイメージしたAIデモです。

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