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DORAGON創世記譚 邪黒の剣  作者: 陸王壱式
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第3章 帰  郷 ―5―

 東の空が明るくなり始めた。空と海の境界線は紺碧から薄桃へと色を移し、やがて金色の輝きを放った。

 澄んだ光が、薄絹を広げるように空に行き渡る。夜の帷が上がり、西へと追いやられた月は、星々と共にかすんで消えた。夜露を含んだ草木の葉が、朝日を浴びて若葉のように鮮やかな色を放って煌めく。獣の遠吠えや虫の音に代わり、だみ声の鳥のさえずりが密林に響き渡った。緑に囲まれた竜王が住まう宮殿も、光を受けて、白く燦然と輝く。

 その朝日は、ディレイにあてがわれた部屋にも溢れた。

 窓辺の床で眠っていたディレイは、寝返りをうって陽射しを避けた。

 日が昇るにつれ、集落のあちこちで炊煙が上り始めた。本殿も活気づき、本殿務めの者達がせわしなく動く。

 しかし、それは1階でのことで、ディレイが眠る本殿東棟2階は今も尚、ひっそりとしていた。

 夜気に冷やされた室内が、日光に熱せられ、室温が上がる頃になった。額や背中にうっすらと汗が滲む暑さだ。そのまとわりつく暑さから逃げるように、ディレイの寝返りは増えた。呻きながら右や左へと転がり、偶然 壁際の日陰に辿り着く。

 乾燥している為、日陰はひんやりとして涼しい。ディレイの眉間に刻まれた深い皺はほぐれ、寝息に混じる苦しげな声もいつしか消えた。

 痩せた胸が規則正しく上下し始める。このまま、昼を過ぎる頃まで眠り続けるのではないかと思う程の熟睡ぶりだ。

 けれど、その安らかな眠りは、突然 終わりを迎える。

 何者かに、口と鼻を塞がれたのだ。

 最初は夢現の中で、息苦しいとしか感じていなかった。寝ぼけながら、首を振って逃れようとする。それでも塞がれ続けると、いよいよ苦しくなってきた。息を吸うことも吐くこともできない。やっとでディレイはもがき始めた。出鱈目に腕を振り、塞ぐ手を引き剥がしにかかる。

 手に力が籠められた。

 ディレイは目を見開いた。人の気配に気付き、蒼白になる。襲撃かと思ったのだ。

 塞ぐ手から逃れると、空気をむさぼりながら壁に張り付いた。

「よう、チビ助」

 悲鳴を上げようとしたその時、人懐っこい声が耳朶に響いた。朝日の中に片膝をつき、ディレイの呼吸を奪った張本人が笑う。

 ディレイは腕で陽射しを避け、目を細めて彼を見た。

「……アレックス。起こすなら普通に起こしてよ。びっくりするじゃないか」

 ぐったりと項垂れてから、ディレイはアレックスを軽く睨み付けた。

「起こしたさ、何度もな。それより、なんでこんな所で寝てるんだよ、お前」

 立ち上がったアレックスが怪訝な面持ちで見下ろしてくる。

 ディレイは、頬を掻いて曖昧に笑った。今まで見たこともない豪奢なベッドに気後れしたからとは、口が裂けても言えない。笑われるに決まっている。

 ディレイは床と壁に手をついて起き上がると、追究を反らすべく節々を伸ばして、凝り固まった筋肉をほぐし始めた。その時、ふと アレックスの様相が視界の端に映り、動きを止めた。

 足元から頭の先まで、ゆっくりと見直してみる。

 ゆったりとした袖のない浅黄色のシャツは端々に繊細な刺繍が施され、絹のような光沢があった。腰には丈の長いシャツごと深い緑色の帯が巻かれ、それを意匠凝らした見事な金細工の金具で留めている。両腕には細かな模様が浮き立つ太いバングル。それら全てが華やかで、一級品と窺い知れる。

 驚くべきは、装飾品を含め、一切の物に浮いた感じがしないということだ。辺境の島の悪童とは到底 思えぬ程 馴染んでいる。しかも、大人びて見えるのが不思議でならない。

「……アレックス……騎士様みたい」

 思わず、ポツリと呟く。

 唇を少し尖らせて、首を傾げていたアレックスが目を瞬かせた。両腕を広げて、服装を見直すと、彼は破顔した。

「だから、竜騎師だって言ったろ。そんなことより、お前も早く着替えろ。父さんが、お前に会ってみたいってさ」

「アレックスのお父さん? どうして僕に?」

 背を向けてソファへと歩き出したアレックスを、ディレイは追った。

「さぁな。朝議の前に少し話をしたら、連れてこいと言われた」

 理由なんて知るかよ、とソファの肘掛に座りながら、さも気だるそうに言う。そして、扉の方を見て、廊下に控えるロジカを呼んだ。

 ディレイは、彼女の名を聞くなり、げんなりした。

「この服じゃ、いけない?」

「オレは構わないと思うけど、ロジカが納得しないだろ。体裁にこだわる性質だから」

「格式を重んじ、礼節をわきまえていると言ってほしいわね、アレックス」

 おはよう、と笑顔を向けられ、ディレイも頭を下げる。

「何事も、物は云いようだなぁ」

 数人の侍女に指示を出しながら近付くロジカに聞こえぬようアレックスが呟く。ディレイは、それを くすりと笑って、それとなく彼の背後に移動した。

「どうでもいいけど、ロジカ。昨日みたいに、チビをいじりまわすのはやめろよ。急ぐんだから」

 脚を組み、ソファの背もたれに肘をついて、アレックスが言う。

「いじりまわすだなんて人聞きの悪い。我が一族の民族衣装をご紹介させていただいただけよ」

 アレックスが目配せをしてくる。ディレイは溜息を吐き、渋々 ロジカの前に進み出た。

「あのあとは寝るだけだってのに、必要ないだろ」

「思いのほか手間取ってしまったの。当初の予定では、日暮れまでには終わる筈だったわ」

 言いながら、ゆっくりと両膝をついたロジカに、ディレイは近付いた。もじもじしながら、小さく頭を下げて、昨日の礼を言う。

「昨日は、その……色々と、ありがとうございました。でも、あの飾りは全部外しちゃって……。えっと……ごめんなさい」

「気にしなくてよくてよ。それより寝間着を用意させておいたのだけど、お気に召さなかったかしら」

 え? と声を上げて周囲を見渡すと、侍女の一人が枕元に置かれた寝間着を片付けているのが見えた。

 ディレイは裾を握り締め、項垂れた。薄闇の中でも気付けるよう配慮がされていたようであったが、部屋に圧倒されただけでなく、心細さも邪魔をして、盲目になっていた。

「いいえ。あの……気付かなくて」

 気を悪くしたのでは、と思いながら、そっとロジカを見る。

 ロジカは、ふっくらと笑みを浮かべ、胸に手を当てていた。ホッと溜息をつきながら、彼女が言う。

「そうだったの。見立てが良くなかったのかと思ったわ。今夜からは、どうぞ、お着替えくださいね」

 ディレイは頷き、改めて礼を言った。

「では、始めましょうか」

 ロジカが、控えていた侍女を呼ぶ。

 侍女の数は3名。昨日、浴場に集まった人数よりはるかに少ないが、手際は比較にならぬ程 良かった。

 薄い生成色のシャツに7分丈のズボン。金糸の刺繍が入った緋色の帯と、右肩に掛けてシャツと共に帯で留めるサフという飾り布で一揃いだった。両手首は、象牙のバングルで飾られた。アレックスがはめている物より小ぶりのバングルだ。用意された水桶で顔を洗い、寝癖のついた髪を整える。それで、準備は完了だった。

 着替えが終わるやいなや、ディレイはアレックスに腕を掴まれた。そして、ロジカ達に礼を言う間もなく、部屋から連れ出された。

 階段を下り、東棟1階の廊下を進む。途中、何人かの近衛や文官らしき恰好をした宮殿務めの者達とすれ違った。その者達がアレックスに声をかけ、ちらりちらりと誰何する視線をディレイに向ける。

 アレックスは軽口を返しながら、ずんずんと突き進むが、ディレイはしだいに俯いていった。

 異教徒狩り共のような陰湿さはないにしても、ただでさえ、与えられた使命や環境に不相応だと思っているディレイにとって、彼らの視線は友好的には感じられなかった。不必要な人間だと、追い打ちをかけられている気すらする。アレックスに手を引かれていなければ、逃げ出していたかもしれない。

 ひどく どんよりとした気持ちになった。

「顔を上げろ」

 不意に言われて、ディレイはハッとなった。見ると、アレックスが冷めた眼差しを向けていた。

「お前には覇気が足りねぇ。毅然としてろよ」

 言って、アレックスが裁鳳の間の扉を乱暴に開ける。

「父上、連れて来たぞ」

 大声を上げながら室内へ入ってゆくアレックス。そんな彼の後をディレイは泣きたい気分でついて行った。

 天井の高い部屋だった。円形の巨大な机に、大きな背もたれの椅子が幾つも並べられている。そこに人影はなかった。

「遅かったな」

 言いながら、部屋の奥の扉から姿を現したのは、銀色の髪をした痩身の男だった。片手に古びた書物を携えている。

 ディレイはアレックスに背中を押され、彼の前に立たされた。

「これでも、早い方だ。文句ならロジカに言ってくれよ」

 彼がアレックスを一瞥し、色白の手を差し出してきた。

「彼女の洗礼を受けたのかい。災難だったね。だけど、悪気はないんだ。許してやってくれ」

 この人がアレックスの父親かと、ディレイは疑った。銀色の髪に色素の薄い水色の瞳。顎は細く、色白で、武人というよりは文人に見える。アレックスとは似ても似つかぬ、正反対の人種のような印象を受ける。

「……おい、チビ」

 ぽかんとしていると、アレックスに脇をつつかれた。慌てて彼の手を取り、会釈する。

「はじめまして、ディレイ・ハーディンです」

「はじめまして。私はシード・ロード・ファルグ。一族の長であり、ロナとアレックスの父親だ」

 その瞬間、ディレイはぎょっと目を見開いた。彼が今、何と言ったか耳を疑う。

「……りゅ……竜王様?」

 狼狽しながらアレックスを見る。アレックスはそしらぬ顔をして、にやついていた。

「アレックス、王子様だったの? 竜騎師だっていうのは……」

「本当だぜ。高官だっていうことも言ったろ」

 言っていた。確かに、そう言っていたが、王族だとは思ってもみなかった。ディレイは、シードから手を放し、後ずさった。こういう時、どうすればいいかなど分からなかった。ただ、茫然と立ち竦んで、アレックスの性格を恨むだけ。

「あ、あの、僕……」

 作法を得ていない非礼を詫びようとした。けれど、その前に、彼が手をかざして、必要ないと告げた。

「そんなに畏まらないでくれないかい。皆には当主と呼んでもらっているくらいだ。君も私の事は名で呼んでもらっても構わない。それより、息子が失礼をしたね。申し訳ない。常々、人をからかうのは止めるよう言って聞かせてはいるんだが、見ての通り、まだ子どもでね」

 シードに促され、ディレイは円卓へと近付いた。シードが椅子の向きを変え、勧められるままにディレイはおずおずと腰を下ろした。

 その近くの卓上に、アレックスがどかりと座る。シードに咎められたが、彼はまるで気にしていなかった。子どもですから、と屁理屈をこねてさえいる。

 シードの眼は怒っていたが、一度 瞬きをすると、怒りを奥に押し込めたのが分かった。

 向かい合わせにした椅子に座り、彼が微笑む。

「突然、呼びだして悪かったね」

 ディレイは、恐縮しながらかぶりを振った。

「今朝の朝議に参列してもらおうかとも思ったが、着いた早々では酷だとハシュレイに反対をされてね。けど、一目、君を見ておきたくて無理を言ってしまった。だから、これは非公式だ。正式の謁見は、後日に行われる」

 そう言って、シードは手にしていた書物を差し出してきた。装丁はなされておらず、紐で束ねただけの年代を感じる分厚い書物だった。色褪せており、触れただけで崩れそうである。

 ディレイは、それを食い入るように見つめた。文字らしき物が書かれているが、何と書かれているかは分からなかった。これはね、とシードが言う。

「百年以上前に神々がこの世界の存亡をかけて起こした大戦の記録だよ。知っているかい?」

 ディレイは、シードを見て、首を横に振った。

「そもそも、我が一族は語り部師という者達が口伝で歴史を綴ってゆくのだけど、時として語り手や聞き手の主観が影響することもある。だから、先代の王は、こうして文書にまとめた。異種族の襲来に遭い、多くが失われてしまったけれどね。でも、多少なりとも、先の大戦の惨状と意義は、この書物からでも分かる」

 シードがどこか遠くを見るような顔つきで、書物をめくる。どこを開くでもなく、手持無沙汰を紛らわす為に何となく、といった感じだ。

「これを、読んでもらいたいんだ。君にも、いづれ関わりを持つ物だから。文字は読めるかい?」

 その問いにも、ディレイは首を振った。

「僕が居た村では読み書きができる人が少なくて、母から少しは教わったけど難しい文字は まだ読めません。村の教会で神父様が教えてくれていたけど、通い始めた頃に色々あって……」

 異教徒狩り。それさえなければ、胸を張って頷けた筈だった。

「では、アレックス。お前が読んで聞かせなさい」

「えぇ~~~! 何でオレなんだよ。ロジカやロナでもいいだろ」

「王族の者にのみ閲覧できるものとしているし、ロナは既に読み終えている。お前は、まだ読んでいないだろう? これは、お前のためにもなる。そろそろ お前も継承者としての自覚を持ってもいい頃だしね」

 肩に掛かった銀髪を背に払い、優雅に組んだ足の上に両手を置く。その表情には有無を言わさぬ迫力があった。

 それでもアレックスは盛大に頬を膨らませ、父に噛みついた。

「オレは継がないって言ってるだろ。ロナの方が適任だ」

 シードが厳しい視線を彼に向けた。

「アレックス。それは今する話ではないよ」

 口調は柔らかいが、刃のような鋭さが宿る一言だった。

 彼らの間に、重い沈黙が垂れこめた。

 間に挟まれたディレイは、いたたまれぬ気持ちになった。首を竦め、息を殺して、二人を見比べる。

「……分かったよ」

 暫くして、腹立たしげな溜息がディレイの背後から聞こえた。

「やればいいんだろ、やれば」

 卓上に座っていたアレックスは、感情を全身で表現するかのようにどっと寝そべった。かと思うと、不貞腐れて背中を向ける。なにやらぶつぶつ言っているようだが、はっきりとは聞こえなかった。

 ディレイはシードに視線を戻し、恐る恐る尋ねてみた。

「それで、あの、僕は他に何をしたら……」

 シードがゆっくりと微笑む。

「何をすべきかは、おのずと見えてくるだろうが……、とりあえずはアレックスに島を案内してもらいなさい。彼ほど、この島に詳しい者はいないから」

 いいだろう? とシードが伺いを立てると、アレックスは背を向けたまま、ひらひらと片手を振った。どうやら了解してくれたようだ。

「それから、落ち着いたらハシュレイに聞くといい。君がこの島へ来なければならなかった理由を、彼は知っているからね。その後、君はある選択をしなければならない。それまで我が一族全ての者は、君をお守りする」

 シードが真っ直ぐに見つめてくる。

 ディレイはその視線から逃れることができなかった。そして、使命に向き合うべき時が間近に迫っていることを、予感した。

こんばんは。第3章5節をお届けいたします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか?


予定では、次節で3章を終え、4章ファーン編に突入です。


次回は9月21日から9月23日の間に更新する予定です。

予定が早まることはあっても、遅れることのないようさせていただきます。

更新が早まる場合は、活動報告にてご連絡させていただきます。


それでは、皆様。今後とも、何卒よろしくお願い致します。


陸王一式

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