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DORAGON創世記譚 邪黒の剣  作者: 陸王壱式
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第3章 帰  郷 ―1―

「ハシュレイが倒れた? 嘘だろ?」

 そう問うたのは、いかにも南の島育ちといった感じの少年だった。

 自由にして奔放、豪放にして磊落を地でいくような性質の、この少年。一見したところ、ディレイと同じ年頃の背格好ではあるが、実年齢は十代半ばという。名を、アレックスと言った。国主に志願し、奉迎と護衛の任を受け、遣わされた使者であった。

 時を遡ること三日前。クィントロー島へ着くなり昏倒したハシュレイは、翌日の午後には回復し、一日半を費やして島の南端へと到達した。

 アレックスと他二名の従者は既に居て、随分 長い間待たされたと、ぼやかれた為、ハシュレイは道中の出来事を話し、釈明した。そして、返ってきた言葉が、先程の二言である。

 ハシュレイは腕を組むと、不貞腐(ふてくさ)れたような顔をして憮然と言い放った。

「繊細な性質なんだよ。誰かさんと違って」 

 アレックスの浅黒く日焼けした蟀谷(こめかみ)が、ぴくりと動く。

「その切り返しは、聞き捨てならないなぁ」

 背後でくつろぐハシュレイを盗み見て、アレックスは小さく独り()ちた。舌舐めずりをしたかと思うと、全身を使って持っていた手綱を強く引き、瞬時に緩めた。途端に急降下が始まる。

 そう、彼らは今、飛竜に乗り、大空を滑空していた。

 背後から二人の悲鳴が上がる。だが、ハシュレイの悲鳴に対して、ディレイは対称的だ。悲鳴というより、笑い声に近い。

 飛竜ばかりか、一回り小さい細身の翼竜を目にした時のディレイといったら、その興奮ぶりは筆舌し難いほど凄かった。竜と云えば、かなり高位の魔獣だ。しかも、個体数も少ない。召喚するにも竜の言葉を使わねば不可能であったから、それゆえ幻獣とも称されていて、術者ですら憧れを抱くと云う。つまり、一般的には物語に語られる英雄のように、実在はしても手の届かぬ存在としての認識の方が強いのだ。

 だから、ディレイの過剰なまでの反応は、当然と云えば当然なのだが、それにしても はしゃぎ過ぎであった。

「こら! ディレイ。もう少しくらい、大人しくしてくれ。アレックスも! ディレイが落ちたらどうするつもりだ!!」

 ハシュレイは、背後で身を捩って動き回るディレイの首根っこを押さえつけ、軽い眩暈(めまい)を覚えながら、二人を(たしな)めた。

「どうして? この方が楽しいし、気持ちがいいよ」

 ディレイは邪魔だと言わんばかりにハシュレイの腕を押しのけ、アレックスに止めないでとせがんだ。それをハシュレイが口を塞いで押し留め、振り向いたアレックスに厳しい視線を送った。

 アレックスは首を竦め、ちらりと舌を覗かせた。これ以上 調子に乗ると、後が怖い。剣術の師でもある彼を怒らせるとどうなるか、生まれた頃から世話になっているアレックスは骨身にしみていた。

 少しばかり残念に思いつつ、アレックスは曲芸飛行を断念した。高度を下げ、気温も風も心地良いと感じる位置を取る。

「アレックス」

 それを待っていたかのように、一頭の翼竜が横に並んだ。手綱を握るのは、健康的な肌をした、アレックスにとてもよく似た少女だった。アレックスの双児の姉、ロナだ。

 ロナの方が早く生まれたのだから、アレックスがロナに似ていると言った方が正しいのかもしれない。いずれにせよ、瓜二つの容姿をしているのに、ロナの方が思慮深く、利発に見えるというのが、ハシュレイをはじめとする二人を取り巻く皆の感想だ。

「何? ロナ」

「ここから先は一人で行って。私達は後から回廊に入る。いいわね? ――ハシュレイ!」

 言って、ロナは視界を遮る横髪を押さえ、ハシュレイを呼んだ。

 暴れまわるディレイを羽交い絞めにしようと悪戦苦闘していたハシュレイは、やっとのことで動きを封じてからロナを見た。

「竜蛇に襲われたという先刻の話が気になる。追手が居ないか、念のため調べてから戻るわ。そう、竜王に伝えて」

「分かっ……」

「そんなの、オレに言えばいいだろう!」

 頷きかけたハシュレイを遮って、アレックスは声を張り上げた。

 ロナが、からかうように笑う。

「あんたじゃ、信用ならない」

「なんだとぅ!」

「やめておけアレックス。口でロナに勝てた試しはないだろ」

 憤るアレックスをハシュレイは笑いを堪えて(なだ)めたが、彼の(まなじり)を目聡く捉えたアレックスは、片方の眉をひくつかせ、半眼になった。

「何だよ、ハシュレイ。おまけにチビまで笑いやがって」

「チビは、あんたの方でしょ」

 言わなくてもいいことをロナは言い、声高らかに笑った。

 そう、顔はそっくりでも、身体の成長はロナの方が進んでいた。アレックスよりも頭一つ半は高い身長に、すらりと伸びた手足、胸の膨らみも同じ年頃の少女と比べると立派なものだ。だから、体格の話になると、ロナは決まって、それら全てを材料にして、弟をからかった。

「このっ!! 気にしている事を性懲りもなくずけずけと言いやがって! さっさと行けよ!」

 拳を振り上げて抗議するアレックスに、ロナがあっかんべぇをする。

「言われなくても行くわよ」

手綱を器用に操りながら、ロナは片手を上げた。旋回の姿勢を取った彼女をハシュレイは呼び止め、僅かに身を乗り出して言った。

「無茶はするなよ!」

 彼の忠告に、ロナは素直に頷き、もう一人の従者に合図を送る。それを皮切りに、二頭の翼竜は悠然と旋回し、来た道を戻っていった。

 ハシュレイはロナを見送りながら、一抹の不安を覚えた。普段は思慮深いロナであったが、その実、一度火が付くと無鉄砲になるところがあった。反対に、冷静に引き際を見定め、策を練り直すのがアレックスだ。(ゆえ)に、ハシュレイは、いざという時、アレックスよりも、つい ロナの身を案じてしまうのだ。

何事もなければいいと、ハシュレイは願った。そして、それにしても、と思う。姉弟の双方を迎えに寄越すなど、国主である竜王は何を考えているのだ、と。

 そんなことをぼんやり考えていると、喘ぐように腕や背中を叩いてくるディレイに気付いて、ハッとなった。知らず知らずのうちにディレイの首を絞めていて、しかも結構 力を入れてしまっていたのだ。

「すまない、ディレイ」

 ハシュレイは慌てて力を緩め、ひとしきり咳き込んで睨んできたディレイに、苦笑(にがわら)いをしながら詫びた。

「ひどいよ、ハシュレイ。本当に死ぬかと思った」

 首を擦りながら、ディレイが批難めいた視線を遠慮なく投げつけてくる。

「悪かった。でも、これに懲りたら、少しは大人しくしてくれよ」

 口を尖らせるディレイの主張を軽く受け流し、ハシュレイは彼の頭を豪快に撫ぜた。

 ディレイはいまいち釈然としないものを感じているのだろう。ふくれっ面をし、ムッと黙り込んでしまった。

 ハシュレイは困ったように頬を掻くと、ディレイの腕を取った。

「おいで」

 言って、支えながら移動させると、前方の座を彼に譲った。

「これで機嫌を直してくれ。やり過ぎて悪かったな」

 ディレイの視界にアレックスの背と、どこまでも続く青い空が広がった。眼下には、空の色を移したかのような海原が輝き、規則正しく列を成した海鳥の群れが小さく見えた。ひんやりとした上空の空気は寒さを感じるが、そんなことなど苦にはならないくらい澄んでいる。心が洗われるような景色だった。

 そして、暫くの間、見とれていたディレイの口から、ぽそっと、言葉が漏れた。

「……僕も、ごめんなさい」

 俯き加減の彼から聞こえたその声に、ハシュレイは破顔した。今まで見せたことのないような、くしゃくしゃの笑みを満面に浮かべ、ディレイを掻き抱く。

「もうじき島だ。やっと、のんびりできるぞ」

 ハシュレイは、ディレイを抱きかかえながら、ファルグロード島に想いを馳せた。永い旅も、ようやく一段落つくのだと思うと、自然と声も弾む。

「ねぇ、ハシュレイ」

「うん?」

 覗き込むと、心なしか表情が暗い。景色に向けられていた筈の視線は手元に落ち、細い指はシャツの裾を落ち着きなく擦り合わせている。

「どうした?」

 ハシュレイは、まだ機嫌が直っていなかったのかと思ったが、よくよく観察すると、どうやらそうではないらしい。

「あの……ロナさんって人……竜王って言ってた」

「あぁ、まだ言っていなかったか。ファルグロード島はな、竜が創造した島なんだ。その竜が、自らの躰の一部と魂の欠片を代償に誕生させたのが、竜の末裔とも呼ばれる竜族。人の理から切り離され、叡智と長寿を授かった一族だ。竜族は、竜の魂より創造(うみだ)された者を(おさ)とした。それが、竜王。つまり、お前の保護を俺に命じた国主の事だ」

 ディレイの顔が、益々 蒼褪めてゆく。指先すら動かなくなり、項垂れたまま茫然と一点を見詰め続けている。

 無理もない、とハシュレイは思った。年端のいかぬうちに見知らぬ土地へと(いざな)われ、世界の要だの、竜の島だのと言われては、流石に臆病にもなろう。これが自分なら、胡散臭いと逃げ出しているに違いない。けれど、ディレイは逃げ出すことなく、手を離さずにいてくれた。

「心配するな、ディレイ。竜と聞けば迫力があるだろうが、大したことはない。普通の小さな島に変わりないんだ。島の皆も気さくだし、王は、もっと ざっくばらんな性質だしな。それに、どんなことがあっても、俺はお前を守るから、そんなに構えることはないよ」

 ディレイの縮こまった細い肩が僅かに動き、首がゆっくりと起き上がった。振り向いた伏し目がちの目が、おずおずと見上げてくる。

「……どうして、ハシュレイは僕の気持ち、分かっちゃうの?」

 一瞬、きょとんとし、ハシュレイは吹き出した。これほど素直に表情を変えるのに、どうやら自覚がないらしい。

「さあな。強いて言うなら、そのくらい、俺は、お前にご執心ってことだ」

「気持ち悪いこといわないでよ」

 プイっとそっぽを向いた、その瞬間。垣間見えた赤くなった頬と緩んだ口許に、ハシュレイは思わず声を上げて笑ってしまった。照れ隠しをしようとする所が、また 愛おしい。

「ハシュレイ! 回廊に入る!! 門を開けるぞ!!」

 その時、アレックスの声が響いた。先程とは打って変わった、緊張の色が漂う声音だ。

 ディレイが小首を傾げてくる。ハシュレイは、微笑を浮かべて言った。

「竜の血を引く者にしか見えない門だ。竜族は、その血が不死の妙薬になるという噂が元で、人族によって滅ぼされかけたことがあってな。その当時の竜王……先代の王が御自らの命と引き換えに、方違いの法術の術式を組んだんだ。そうする事で、人族を近付けないようにしたんだよ」

 そして、ほら、と斜め前方を指差した。上下する飛竜の翼の陰に、小さな島が見え隠れしている。

「あれが、ファルグロード島?」

「そうだ。門を通らなければ、この距離からは、これ以上近付くことはできない。島の周囲を巡るだけなんだ。だから、回廊と名付けられた。先王リオーディが、一族と島を守る為に遺した障壁だ」

 ハシュレイは言いながら、ディレイの背を優しく押して、伏せさせた。鞍に取り付けられた、金具をしっかりと握るよう促す。その間、ハシュレイは、鞍と腰とを結ぶ命綱が緩んでいないかを確かめた。

 手綱を一旦 腰ベルトに結んだアレックスもまた、立ち上がりながら装具を締め直した。鞍に垂れ下がったベルトを手に取って、それで身体を固定し、二本の命綱の金具の装着具合も丁寧に調べる。

「いいぞ、アレックス。門を開けろ」

 準備を整えたハシュレイが叫ぶ。

 アレックスが振り向き、二人の様子を確かめてから、こくりと頷く。

 前を見据えたアレックスが、ゆっくり息を吸い込む。冷たい空気が鼻腔から体内に流れると、自然に背筋が伸びた。おもむろに両腕を真一文字に開く。パン! っと柏手を一つ打つ。

「ヲルフォ・ド・ラト・ルーグォ。エト・ダルド。シン。カコ。ヴェーダ。ファタ。イルエスムート・フォス・ディリアード」

 呪文の詠唱が始まった。韻に合わせて、複雑に指を絡ませ、手文字を作る。組んだ手文字を、一つ一つ突き出して、開錠の術式を紡いでゆく。そして、最後の一音を発し、同時に、突き出した両腕を広げた。まるで、両開きの扉を開くように。

 詠唱を終えると、アレックスはすぐさまベルトから手綱を外し、手首に巻き付けて握った。四つ這いになり、門突入時の為の(あぶみ)に足を載せ替える。鐙革が傷んでいないか、二度ほど踏み直して、突っ伏した。

 ハシュレイは覆いかぶさるようにして、飛竜の背に張り付いたディレイを支えた。怪訝そうに顎を上げた彼の頭を伏せさせ、自らも頤を引く。 

「歯を食い縛れ。舌を噛むぞ」

 その矢先、突如 強風が吹き付けた。まるで、鉄砲水に押し流されたかのようだった。

 ディレイは思わず目を瞑って、悲鳴を上げた。

 飛竜は一行を乗せたまま、竜巻の如き風に煽られ、錐揉みになった。双翼の自由は、完全に奪われていた。最初は風の濁流になされるがままになっていた。暫くして、身を捩り、背筋を駆使して、羽ばたき始める。押し流されては進み、弾き飛ばされては双翼を広げて態勢を整えようとする。

 ディレイは歯を食い縛り、ありったけの力で取っ手を握り締めた。ハシュレイも、ディレイの手ごと金具を握り、彼が落ちぬよう力を籠めた。両者ともに瞑目した暗闇の中、上下左右の方向感覚など、既に無い。ごうごうと唸る風の音と、飛竜の双翼が激しくばたつく度、自然と身体は強張ってゆく。

 ただ、何度か経験している分、ハシュレイには幾らか余裕があった。

「アレックス!」

 伏せたまま叫ぶと、唸る風に混じって、もう少しと声が届く。

 いったい、いつまで続くのか。このまま落下して、命を落とすのではないか。ディレイにとって、それは、ひどく長い時間に感じたことだろう。

 次の瞬間、ふと、頬を撫でた空気が変わった気がした。ハシュレイは、門を抜けたと感じた。ふぅと息を吐き、のっそりと上体を起こす。一見したところ、先程と何ら変わらぬ景色が広がっている。

「もう、大丈夫だ」

 ディレイの身体が、もぞもぞと動いた。

 後ろ手を衝いて上体を支えたハシュレイは、ぐったりと左肩に頭を預けて、どうにも慣れない、とぼやいた。

 振り向いたディレイが、ハシュレイの右側から後方を覗く。次いで、アレックスに目を向ける。

 アレックスは両膝を立てた状態で、装具を外し、手綱の留め具が緩んでいないかを確かめていた。

「……門を……抜けたの?」

 ハシュレイは、さも だるそうに、指を差した。

「島が近くなっただろ?」

「え?!」

 身を乗り出して、眼下を覗き込む。

 青く澄んだ海面に、三日月刀を半分に叩き折ったような形の島が浮いていた。苔が生したように濃い緑が島全体を覆い、島の中心から南東に逸れた所から尖った山が突き出ていた。砂浜なのだろうか、島の手前側の輪郭が白い。

 驚いたディレイの口が半開きになる。アレックスが笑いながら言った。

「凄かっただろ、チビ。あの一瞬で、三つの門を抜けたんだぜ」

「三つ?!」

「そうらしい。一つ目は先王リオーディ、二つ目は竜族の始祖である真王、三つ目が現竜王の御業だそうだ」

「三つ目は、門というより結界といった方が正しいけどな」

 ハシュレイの言葉に一言付け加え、アレックスは手綱を捌いた。ほぼ全身を使って、左側を下方に強く引く。少し遅れて飛竜の巨躯がゆっくりと傾いだ。続いて、今度は、先刻よりも力を籠めて右側下方へと引いた。飛竜が右に傾きながら、大きく旋回を始めた。

「お二人とも長旅お疲れさん。島に降りるぜ」

 島を囲うように大きく螺旋を描く。ぐんぐん島へと近付いてゆく。島の北側を旋回し、南へと回り込むころには点在する集落ばかりか、炊煙までもがうっすらと見え始めた。

 ディレイは思わず、息を呑んだ。不安と期待で、胸が押しつぶされそうだった。

 ハシュレイが、ぽんっ、とディレイの肩に手を置いた。

「島に着いたら、釣りでもしような。釣れた魚で美味いもの、作ってやるよ」

 ニッ、とハシュレイが白い歯を見せる。一瞬の間を置いて、ディレイもはにかんだ笑みを浮かべた。

「釣れたら……の話でしょ?」

 そうして、一行は島の南東に向かって降りて行った。

皆様、こんばんは。

常連の方様も、通りすがりの方様も、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

第3章第1節をお届けいたします。


今回は新舞台への幕開け……といった感じです。

いかがでしたでしょうか? 

今後は、物語後半へ向かって、新たな展開を予定しております。

拙い文章ではありますが、少しでも楽しんでいただけましたら、嬉しく思います。

今後も、何卒 よろしくお願い致します。


暑い日が続きます。熱中症などに気を付けて、どうか皆様、ご自愛ください。

陸王一式

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