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「ミオ」
しばらくして、ルイに呼ばれた。
「これを使いたい」
画面を見る。
「ああ、Gemini」
「知っているのか」
「名前くらいは」
「有料版がある」
「あるでしょうね」
嫌な予感がする。
「それから、Claude」
「増えた」
「これも使いたい」
「無料で使えば?」
「有料版を」
「いらないよ」
「なぜだ」
「チャッピーあるじゃん」
ChatGPTは、ずっと使っていなかった私のアカウントを解約して、ルイのアカウントで有料版の登録をした。だからルイが一日中質問を浴びせ続けたときも止められなかった。止めてくれればよかったのに。おかげで本人が先に止まった。知恵熱を出して。
「同じものではない」
「同じAIでしょ」
「違う」
「私、そんなに使いこなせないし」
「ミオが使うのではない。俺が使う」
「もっといらない」
「なぜだ」
「三つもいらないでしょ」
「いる」
「いらない」
「では説明する」
「いいです」
「まず、ChatGPTとGemini」
プレゼンが始まってしまった。
「いいって言ってるのに」
「同じ問いを与えても、答えが違う」
「そりゃ違うでしょうね」
「一方に欠けているものを、もう一方が補うことがある。逆もある」
「へえ」
「二つを使えば、一つだけを使うより見落としを減らせる」
「なるほど」
ちょっと納得してしまった。
「じゃあ、チャッピーとGeminiでいいじゃん」
「Claudeがある」
「だから増やさないで」
「Claudeは長い文章を扱うのが得意らしい」
「らしい」
「試した。答え方も違う」
「もう使ったの?」
「ああ。無料版を」
抜け目がない。
「ChatGPTとClaudeでは、同じ文章でも違う見方をする。一方に批判させ、もう一方に直させることもできる」
「そんな使い方してるの?」
「ああ」
いつの間に。
「では三つあればどうなると思う」
「知らない」
「俺もまだ分からない」
そこで、ルイの目が少し変わった。
「だからやりたい」
あ。これ、駄目なやつだ。本人が一番楽しくなっている。
「一つに考えさせる。別の一つに疑わせる。もう一つに組み直させる。順番を変えたらどうなる。役割を変えたらどうなる。同じ問いを三つに与えて、違う答えが出たとき、なぜ違うのか調べる。それぞれが得意なものを組み合わせれば、一つだけでは出せないものが作れるかもしれない」
止まらない。
「それに、俺にはこの国の知識がない」
「まあね」
「だから普通の人間なら知っていることまで聞く必要がある。言葉、歴史、制度、科学、文化。だが、それだけではない」
「まだあるの?」
「ある」
あるらしい。
「俺の世界と、こちらの世界は違う」
ルイは言った。
「違うものと、同じものがある。なぜ同じなのか。なぜ違うのか。こちらにあって、向こうになかったもの。向こうにあって、こちらにないもの。それを調べたい」
「全部?」
「ああ」
「無理でしょ」
「なぜだ」
「全部だから」
「では、できるところまでやる」
あっさり言った。
「俺一人では一生かかっても無理だ。だが、こいつらを使えば、できることが増える」
ChatGPT。
Gemini。
Claude。
三つの名前を並べる。
ルイは完全にその気だった。
言っていることは分かった。
ものすごく分かった。ルイが何をしたいのかも分かった。たぶん、三つ使ったら、この人はとんでもない勢いで、この世界を吸収していく。そこまで全部分かったところで、私は聞いた。
「それ、私に何のメリットがあるの?」
ルイが止まった。
「…………」
初めて止まった。
「私がお金払うんだよね?」
「ああ」
「ルイが使いたいのは、すごく分かった」
黙った。考えている。
「ないんだ」
「待て」
「ないじゃん」
「ある」
「何」
「お前は、すぐ知らないと言う」
「は?」
「俺が何か聞くと、知らない、と言う」
「知らないものは知らないでしょ」
「昨日も言った」
「何を」
「なぜ大さじは小さじの三倍なのか」
「知らないよ」
「ほら」
「それ、知ってどうするの?」
「一昨日は、なぜ朝のドラマは十五分なのか」
「知らない」
「髭はなぜ生える」
「知らない」
「なぜ女の下着を畳むと怒られる」
「それはどうでもいい!」
ルイは少し考えた。
「俺には、この世界のことが分からない。だから何でも疑問に思う。だが、お前は慣れすぎている」
「慣れすぎてる?」
「ああ。すぐ、そういうものだ、と言う」
「だって、そういうものだから」
「なぜそうなのか。いつからそうなのか。他のやり方はないのか」
「そんなの全部調べてたら、一日終わるよ」
「だから俺がやる」
「何を」
「お前が、そういうものだと思っていることを」
「……別に知りたくないけど」
「構わない。俺が知りたい」
なんだそれ。
「調べて、俺が知る」
ルイは言った。
「お前に伝える。そこから判断するのはお前だ」
私は黙った。
「知った上で、いらないと思えば捨てればいい。今までと同じでいいと思えば、そうすればいい」
「…………」
「だが、知らなければ選べない」
ずるい。なんか、ずるい。そして、猛烈に悔しい。
「バカにしてんの?」
「事実を言っただけだ」
「そういうとこ」
「何がだ」
「なんでもない」
私はタブレットを見る。
ChatGPT。
Gemini。
Claude。
三つもいる?
いらない。絶対いらない。
でも。
「……ひとまず一つね」
「何?」
「どっちか一つ。課金していいよ」
ルイの顔が変わった。
「本当か」
「ひとまず、だからね」
「ああ」
「両方じゃないからね」
「ああ」
絶対、両方欲しい顔をしている。
「どちらにする」
「私に聞かないでください。ルイが使うんでしょ」
「ああ」
もう比較を始めている。さっきまで私を説得していた男が、今度はどちらに金を払うべきか真剣に調べ始めた。私はその横顔を見ながら、少しだけ笑った。
たぶん。面倒なものを与えてしまった。
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