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ルイが朝ドラを見るようになった。
きっかけは、たまたまだった。ニュースを見ながら朝ごはんを食べ、食後のお茶を飲んでいたらちょうど始まったのだ。
「これは何だ」
「朝ドラ」
「アサドラ」
「朝やってるドラマ」
ルイは黙って見た。
最初は、私も気にしていなかった。どうせ途中からだし、話も分からないだろうと思っていた。
十五分後。
「終わったぞ」
「終わりましたね」
「続きは?」
「明日のお楽しみです」
ルイがこちらを見た。
「明日?」
「明日の朝」
「今の続きは明日なのか」
「そうですよ」
納得できないらしい。
しばらくテレビを見つめていた。
その日から、ルイは朝ドラを見るようになった。しかも、朝ドラが終わったあと、そのまま次の番組も見る。
「あ、まだ見るんだ」
「これは先ほどのものとは違うのか」
「違います。あさイチ」
「アサイチ」
今日は肩こりの特集だった。ルイは真剣に見ている。
「肩甲骨を動かすらしい」
「へえ」
「ミオもやれ」
「嫌です」
「なぜだ。肩が凝ると言っていただろう」
「今はいいです」
翌日は、冷蔵庫の収納術だった。さらにその翌日は、秋野菜。テレビの前に座ったルイが、
「レンコンは縦に切ると食感が変わるらしい」
と言った。日本を満喫している。満喫しすぎている。
気がつけば、ソファで横になることも覚えた。座布団を枕にして、テレビを見る。いつのまにか猫がソファで一緒にゴロンとして撫でてもらっている。
「ルイさん」
「なんだ」
「王子ってゴロゴロする生き物なんですね」
「してはいけないのか」
「知らないけど」
「ここでは俺は王子ではないのだろう」
そう言われると、何も言えない。
確かにそうだけど。
数日前、庭に全裸で立っていた異世界の王子が、今では朝ドラの展開に文句を言いながら麦茶を飲んでいる。
人間、慣れるものだ。
ただ、ひとつ気になることがあった。
「ルイさん」
「なんだ」
「ヒゲ」
顎を指差す。
「ヒゲ?」
「伸びてます」
ルイは自分の顎を撫でた。
「剃らないんですか」
「道具がない」
そうでしたね。
「買います?」
「必要なのか」
「別に伸ばしたければ伸ばせばいいですけど」
ルイはテレビを目で追ったまま、顎をザリザリとなでた。少し考える。
「ミオ」
「はい」
「この国の男は、どうしている」
「人によります」
「そうか。調べる」
最近、こればかりだ。
ルイはテーブルに置いてあった私のタブレットを取った。私のスマホは貸していない。パソコンとタブレットは使っていいことにした。
最初は検索の仕方すら分からなかった。画面に触れば動くことに驚いて、キーボードも当然使えなかった。それが今では、普通に使っている。パソコンなら、もうほとんど手元を見ない。タブレットではフリック入力も覚えた。私より速いんじゃないかと思うときすらある。音声入力も使う。
「日本人男性、髭、手入れ」
タブレットに向かって、はっきり言う。
「そんな真面目に調べなくても」
「知らないことを知らないままにしておく理由がない」
画面をスクロールする。
電気シェーバー。T字カミソリ。シェービングフォーム。肌荒れ。順剃り。逆剃り。
「刃の枚数にも意味があるらしい」
「そんなところまで調べるんですか」
「当然だろう」
「当然なの?」
ルイは答えなかった。
もう次のページを読んでいる。覚えるのが、ものすごく速い。最初は気味が悪いくらいだった。でも最近は、そういう人なんだと思うことにしている。
その日の夕方。冷蔵庫を開ける。豚肉がある。何かと豚肉料理が多い。レタスと、きゅうり。
「今日は豚しゃぶです。あ、ルイが気に入って使いまくるから胡麻だれがもう少ししかないな」
「ミオ」
「はい」
「胡麻だれは作れる」
「え?」
タブレットを持ってきた。
「練り胡麻というものがあれば作れるらしい」
「練り胡麻なんてないですよ」
「ないのか」
「たぶん」
戸棚を開ける。ない。
冷蔵庫も見る。やっぱりない。
「今日の豚しゃぶはポン酢かな」
「待て」
ルイが調べる。
「練り胡麻も作れる」
「そこから?」
「炒った胡麻はあるか」
「それなら、たぶん」
あった。白いりごま。
「すり鉢は」
「おばあちゃんちだから、あるんじゃないですか」
探したらあった。もちろんすりこ木もある。ルイに渡す。
「これで胡麻を潰す」
「そうみたいですね」
ルイが胡麻を入れた。
ごり。
ごり。
ごり。
「…………」
ごり。
ごり。
「ルイさん」
「なんだ」
「大変そうですね」
「まだだ」
何が、まだなんだろう。ルイはひたすら胡麻をすった。最初は粒だった胡麻が、だんだん細かくなっていく。いい匂いがした。
「あ、胡麻の匂い」
「さっきより強いな」
さらにする。
ごり、ごり、ごり。
「どのくらいやるんですか」
「油が出るまで」
「油?」
「胡麻から油が出るらしい」
半信半疑で見ていた。
でも、本当に少しずつ変わってきた。さらさらしていた胡麻が、しっとりしてくる。
すりこ木にまとわりつく。
「わ」
「出てきた」
ルイが嬉しそうに言った。
「油だ」
「ほんとだ」
さらにする。すってすってすりまくる。もう、完全に夢中だ。
「少し胡麻油を入れる」
「はい」
「少しとは、どの程度だ」
「少しは少しですよ」
「分からん」
「ちょっと」
「だから、そのちょっとが」
「適当に!」
ルイがものすごく慎重に、ごま油を垂らした。
一滴。
二滴。
「慎重すぎません?」
「入れすぎたら戻せない」
それはそうだけど。また、する。
しばらくすると、ちゃんとそれらしいものになった。ルイがすりこ木の先についた胡麻を舐める。
「…………」
「どう?」
「胡麻だ」
「そりゃそうでしょうね」
でも私も舐めてみた。
「濃っ」
知っている胡麻より、ずっと胡麻だった。
「これに、すり胡麻、砂糖、塩、酢、醤油」
「今度は混ぜるだけ?」
「ああ」
「じゃあ簡単だ」
「待て。大さじとは何だ」
そこからか。計量スプーンを出した。
「こっちが大さじ。こっちが小さじ」
「なぜ大と小だけで三倍も違う」
「知りません」
「またか」
ルイは何か言いたそうだったけれど、とりあえず計量スプーンを持った。
「大さじ三」
自分で作った練り胡麻を量る。
「すり胡麻、大さじ一」
「それも胡麻なんだ」
「胡麻だな」
「ほぼ胡麻ですね」
「胡麻だれだからな」
それもそうだ。
砂糖。塩。酢。醤油。全部入れて、混ぜる。さっきまで白っぽかった胡麻が、少しずつ茶色くなった。ルイが舐める。
「うまい」
「もう?」
私も舐めた。
「あ、おいしい」
「だろう」
「なんでルイさんが得意げなんですか」
「俺が作った」
「レシピ通りにね」
「作ったのは俺だ」
はいはい。
豚肉を茹でる。野菜も切る。お皿に盛って、二人で作った胡麻だれを添えた。オクラとお豆腐とわかめのスープ。作り置きの茄子の煮浸し。
レタスの上に豚肉、切った野菜をのせて、上に胡麻だれをかけて包んで食べる。
「うまい」
「うん」
もう一枚。
またつける。
「これ、胡麻の香りがして、味も濃くておいしいね」
「ああ」
「買わなくていいかも」
「作れるものを、なぜ買う」
「時間がかかるからですよ」
「時間はある」
そうだった。
今のこの人には、ものすごくある。
私にも、今はある。
もう一枚、豚肉を取った。
「また作ろうか」
言ってから、自分で少し驚いた。
ルイは普通に頷いた。
「ああ」
それだけだった。
翌日。昼間少しうとうとするつもりだったのが、すっかり夕方になっていた。
居間へ行くと、ルイが洗濯物を畳んでいた。
「何してるんですか」
「見れば分かるだろう」
「なんで」
「乾いたから取り込んだ」
仕事が早い。というか。
「畳み方、知ってるんですか」
「調べた」
またか。
テーブルの上には、タオルが大きさを揃えて積まれている。Tシャツも四角い。靴下も左右一組ずつになっている。
私より丁寧だ。お店みたい。
「きれい」
思わず言った。
「衣類によって適した畳み方が違う」
「へえ」
「収納方法によっても違う」
「へえ」
「これは立てて収納できる」
「へえ」
感心しながら見ていて、見つけた。
小さな四角。いやいやいやいや。
見覚えのある色。
「…………ルイさん」
「なんだ」
「これ」
「それが一番難しかった」
私のパンツだった。
ものすごく小さくなっている。信じられないくらいきれいな四角。
「なんで」
「まず三つ折りにして」
「そうじゃなくて!」
ルイが止まる。
「触らないでください!」
「なぜだ」
「なぜって!」
「洗濯物だろう」
「そういう問題じゃない!」
「では、どういう問題だ」
説明できない。いや、説明したくない。
私はパンツをひったくった。
「これは! 自分でやります!」
「分かった」
「絶対ですよ」
「ああ」
私はパンツと美しく畳まれた洗濯物を持って、自分の部屋へ行った。居間に戻ると、ルイはタブレットを見ていた。
嫌な予感がする。
「検索しても出てこないな」
小声で言った。
「聞こえてますよ」
ルイが顔を上げた。
何となく分かる。こいつはきっと、
『パンツ たたむ 女 怒る なぜ』とか調べてる。
「しかし、これは検索しても出てこない」
「検索しないでください!」
「ではAIに」
「聞かないで!!」
「なぜだ」
「それも自分で考えて!」
ルイは黙った。
しばらく考えている。私は放っておくことにした。
「……難しいな」
「何がですか」
「人の心のありようがだ」
ずいぶん壮大な話になったな。
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