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「肉がいい」
「さっきまで寝込んでましたよね?」
「腹が減った」
「話聞いてます?とりあえず、うどんにしましょう」
「肉は」
「うどん食べてから」
不満そうだ。
でも朝からほとんど何も食べていない人に、いきなり肉を食べさせていいものなのか分からない。鍋にお湯を沸かす。一人分でいいかと思ったけれど、見ていたら私もお腹が空いてきた。
二人分の冷凍うどんを湯に入れる。別の鍋でつゆを作る。ほぐれた麺をつゆの鍋に移し、めんつゆ、白だし、卵を落として少し煮る。ごま油ぽたり。刻んだねぎをのせる。
「はい」
ルイの前に置いた。
「熱いですよ」
「分かっている」
一口食べる。
二口。三口。速い。
私も食べる。なんだかんだ、うどんはうまい。ルイはほとんど喋らずに食べている。
「ごちそうさまでした」
ルイは空になった丼を見ていた。
「……」
「どうしました?」
「足りん」
「え」
「肉は」
覚えてた。
「本当に食べるんですか?」
「食べる」
「気持ち悪くなっても知りませんよ」
「ならん」
何で分かるんだ。
冷蔵庫を開ける。
私が夕飯に食べようかと思って解凍していた豚肉がある。畑で採ったピーマンと茄子もある。
もういいや。
フライパンを出した。豚肉と野菜を焼いて、塩こしょう。少し醤油。そして焼肉のタレ。
冷凍ご飯をレンジに入れる。ルイが電子レンジを見ている。
「それは何だ」
「電子レンジ」
「何をしている」
復活してきたな。
「温めています」
「どうやって」
「知りません」
「知らずに使っているのか」
「使えればいいんです」
音が鳴った。
「ほら、できた」
「……」
納得していない。でも今はご飯のほうが大事らしい。豚肉と野菜を皿に盛る。
「はい」
ルイはまた食べ始めた。さっきうどん一杯食べた人とは思えない。
「食べられそうですか?」
「うむ」
よかった。真っ赤な顔で布団に転がっていたのが嘘みたいだ。全部食べた。
「もういらないですか?」
「……うむ」
一瞬考えたな。これ以上はやめておこう。
皿を片づけて、お茶を入れる。
湯呑みにお茶を注いだところで思い出した。
「あ」
「何だ」
冷凍庫を開ける。青い袋を二本取り出した。
「そういえば、これ買ってきました」
ルイが見た。
「ガリボリ君」
「……そうか」
平静を装っている。絶対嬉しそうじゃん。
一本渡す。
「開けられます?」
「開けられる」
今日は自分で開けた。私も袋を開ける。
「溶けるから早く食べたほうがいいですよ」
ルイが青いアイスを見る。
一口。
「……」
止まった。
「どうです?」
返事がない。
「ルイ?」
もう一口。
「……うまい」
「でしょう」
もう一口。もう一口。速い。
「そんな勢いで食べると頭キーンってなりますよ」
「頭?なぜだ」
「知りません」
「またか」
「あ」
ルイが眉間を押さえた。
「だから言ったのに」
「これは何だ」
「ガリボリ君です」
「そうではない」
「頭キーン?」
「なぜなる」
「だから知らないって」
眉間を押さえながら、また食べる。そこまでして食べるのか。少しして、痛みが引いたらしい。また一口。
ルイの口元が緩んだ。
「あ」
「何だ」
「いや」
笑った。初めて見た。
いつも難しい顔をしているから気づかなかったけど、この人、結構若いのかもしれない。
ルイはもう私を見ていなかった。ガリボリ君を見ている。にこにこしている。
そんなに。
あっという間に食べ終わった。棒だけになったガリボリ君を見る。
それから、私の手元を見る。
「……」
私はまだ半分以上、残っている。
一口食べる。
ルイが見ている。
もう一口。
まだ見ている。
「何ですか」
「いや」
「……食べます?」
「何を」
「これ」
ガリボリ君を少し持ち上げる。
「口つけちゃったけど。それでもよければ」
ルイが固まった。
「……それを?」
「はい」
「お前が食べていたものを?」
「そうですけど」
「私が?」
「いらないなら自分で食べますよ」
口元に戻そうとした。
「待て」
「はい」
ルイはガリボリ君を見る。
私を見る。またガリボリ君を見る。
「……よいのか」
「何がです?」
「それを私が食べても」
「いいですよ。だから聞いたんです」
手渡す。
ルイは受け取った。しばらく持っている。
「溶けますよ」
「分かっている」
食べた。
「どうです?」
「同じ味だ」
「そりゃそうですよ」
何だと思ったんだ。ルイは残りも全部食べた。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
棒を二本捨てる。
テレビをつけた。
「何だ、それは」
「テレビです」
そういえば、ルイが来てから初めてテレビつけたな。画面では、田舎の家の前を女の子が走っていた。
「あ。トトロンやってる」
「トトロン?」
「映画です。昔からあるやつ」
「エイガ」
「お話です。作り物」
ルイが画面を見る。
「人間のような絵が動いているぞ」
「そうですね」
「どういう仕組みだ?」
「作った映像なんです」
「どうやって」
「……まあまあ。ゆっくり見ましょう」
私はリビングに移動して座布団を引っ張ってきてテレビの近くに座った。
ルイもダイニングの椅子から画面を見ている。
ルイの足元に猫が近づいていって、すねを尻尾でするりと撫でた。しかしルイは気が付いていない。
女の子が家の中を走り回っている。
「この家は何だ」
「引っ越してきた家」
「なぜ子ども二人だけで外にいる」
「田舎だから?」
「危険ではないのか」
「大丈夫ですよ」
「なぜ分かる」
「トトロンだから」
「説明になっていない」
「見てれば分かります」
しばらく黙った。
森の中で、大きな生き物が寝ている。
「これは何だ、魔獣か?」
「魔獣って。トトロンです」
「何の生物だ」
「森の妖怪…ちがうな、森の主みたいな?」
「ヌシ」
「うーん。人間じゃないもの」
「獣ではないのか」
「トトロンです」
「……」
納得していない。
女の子が巨大な腹の上に乗っている。
「危険ではないのか」
「大丈夫」
「なぜだ」
「トトロンだから」
ルイが私を見る。
「お前はさっきからそれしか言っていない」
「見てれば分かるって」
雨の中、バス停に立つ場面になった。トトロンが傘を持っている。
「なぜこいつは嬉しそうなのだ」
「雨が落ちる音が面白いんじゃないですか」
「雨が?」
「たぶん」
ルイは画面を見た。しばらく質問がなかった。静かになった。
と思ったら、
「この乗り物は何だ」
「ネコバス」
「猫なのか、乗り物なのか」
「両方」
「なぜだ」「なぜだ」「なぜだ」合唱。
気が付いたらルイが隣に来て画面を見ていた。
映画は続いた。妹がいなくなった。村中の人が探し始める。
私はだんだん喋らなくなった。画面の中で、おばあちゃんが走っている。
「メイちゃーん!」
鼻の奥がつんとした。分かってる。何回も見た。ちゃんと見つかる。分かってるんだけど。
「メイちゃーん!」
「……」
隣から視線を感じた。
見ない。
隣から強烈な視線を感じた。
「ミオ」
「何ですか」
「なぜ泣いている」
「泣いてません」
「泣いている」
「映画見てください」
ルイが画面を見る。また私を見る。私はティッシュを一枚取った。
ルイは黙っている。画面を見る。私を見る。また画面を見る。トトロンより私のほうが気になってるじゃん。
映画が終わった。エンディングが流れる。私は鼻をかんだ。何度見ても最高である。私もトトロンに会いたい。抱きしめたい。
ルイはまだ画面を見ている。
「終わりです」
「……終わったのか」
「終わりました」
「妹は無事だった」
「無事でしたね」
「ではなぜ泣いた」
「まだ言う?」
理解できない、という顔をしている。
私は泣いているところを見られたのがなんだか恥ずかしくなって、ブチっとテレビを消した。
「はい。今日はもう寝てください」
「まだ早い」
「今日熱出してた人が何言ってるんですか」
「もう下がった」
「シャワー浴びて寝る」
「だが――」
「今日はパソコン禁止」
ルイが黙った。
「今日は絶対ダメです」
「……」
「また熱出しますよ」
「昨日のあれが原因とは限らん」
「朝までやってたんでしょう」
「……」
「はい、シャワー」
ルイは不満そうに立ち上がった。
「ちゃんと髪乾かしてくださいね」
「分かっている」
「ドライヤー使うんですよ」
振り返った。
「分かっている!」
元気じゃん。
私も今日はお風呂のお湯をはるのをやめて、シャワーだけにした。布団に入る。目を閉じる。
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