5
翌朝。静かだった。時計を見る。七時十二分。今日はまだミョー、ミョーもない。
起きて顔を洗い、台所へ行く。
誰もいない。昨日あれだけパソコンにかじりついていたから、さすがに寝坊したのかもしれない。
冷蔵庫から麦茶を出して、一杯飲む。
猫の餌をやる。水を換える。洗濯機をまわす。畑に水やりに行く。洗濯が終わったので干す。
それでも来ない。
八時半。
「……寝てるのかな」
離れへ行った。縁側にもいない。
「ルイ?」
返事がない。
「入りますよ」
襖を開けた。布団の中にいた。
「珍しいですね」
近づく。
「ルイ?」
「……う」
なんかおかしい。
布団から顔だけ出している。真っ赤だ。
「え」
しゃがんで顔を見る。
「大丈夫ですか?」
「……うるさい」
額に手を当てる。熱い。
「熱あるじゃん」
あわてて体温計を持ってきた。
「これ、脇に挟んでください」
「……なんだ」
「体温計です」
「たい……」
「いいから」
脇に入れる。しばらくして音が鳴った。
三十八度一分。
「おおー」
ちゃんと熱がある。
「人間なんですね」
「……何だと」
「いや、なんでもないです」
王子でも異世界人でも熱は出るらしい。
「昨日、何時までやってたんですか?」
「何を」
「パソコン」
ルイは目を閉じた。
「……知らん」
「知らん?」
「気づいたら……外が明るかった」
「朝じゃん」
徹夜じゃん。
「寝てください」
「寝ている」
「そうですね」
私は襖を閉めた。
台所へ戻る。
何か食べさせたほうがいいかな。
そういえばスイカがあった。
小さく切って、皿にのせる。
一緒に麦茶と冷却まくらを持っていく。
「何か食べられそうですか?」
「……いらん」
「スイカ置いておきますね。果物です」
「いらん」
重症だ。昨日まで、食えるのか食えるのかと何でも聞いていたのに。
「何か食べたいものあります?」
ルイが何か言った。
「え?」
「……」
「何です?」
もう一度何か言った。
知らない言葉だった。
「それ、どんな味なんですか?」
返事がない。
「……うーん、分かんないな」
スイカと麦茶を置いた。
冷却まくらをタオルで巻いて、ルイの頭の下に置こうとする。
「頭上げられます?」
「……何をする」
「冷たいの入れます」
「いらん」
「気持ちいいですよ」
「いら――」
頭を少し持ち上げて、枕を退け、冷却まくらを頭の下に置いた。
ルイが黙った。
「どうです?」
「……冷たい」
「ぬるくなったらまた冷たいのに変えますね」
返事はなかった。
猫が部屋に入ってきた。
「今日はそっとしといてあげてね」
猫は縁側のいつもの座布団の上に寝転がった。全然聞いてない。
軽く朝ごはんを食べ、掃除をする。掃除機をかけるのは、離れの近くはやめておいた。
それから薬棚を開けた。風邪薬。解熱剤。
胃薬。湿布。何かよく分からない薬。一通り入っている。
風邪薬を手に取る。裏をみて、戻す。そもそも風邪なのか分からない。
熱があるだけだ。
それに、あいつ、こっちの薬飲んだことあるのかな。本当に異世界人なら、効くのかどうかも分からない。
王子だと言うくらいだから、毒を盛られたりすることもあるのかもしれない。毒への耐性とかあったりして。いや、それと薬は関係あるのか。分からん。
やめよう。とりあえず、水分だ。
財布と車の鍵を持った。
「ちょっと買い物行ってきますね」
離れに声をかけて出かけた。
一人で車に乗る。
静かだ。
信号を曲がる。
静かだ。
コンビニの前を通る。
静かだ。
歩道橋の下を通る。
何も聞かれない。
「…………」
楽。すごく楽。なのに、なんか変な感じ。
スーパーに着いた。
水、スポーツドリンク、飲むゼリー、うどん、卵。ヨーグルトも入れる。プリンも。これは私も食べる。
アイス売り場の前で止まった。
あった。青い袋。ガリボリ君のソーダ味。
一本取った。少し考えて、もう一本取った。
買ったものを冷蔵庫や冷凍庫にしまってから、スポーツドリンクと水、冷たい冷却まくらを持って離れへ行く。
「ルイ?」
寝ている。
朝と同じ格好だった。
スイカを見る。二切れ減っている。食べたんだ。
「起きられます?」
「……う」
「飲み物買ってきました」
冷却まくらを触る。もうぬるい。新しいものと交換する。
ルイがうっすら目を開けた。
「冷たい……」
「はい」
枕元の近く、お盆の上のスポーツドリンクの蓋を開ける。水も開ける。その横にコップを二つ置く。
「こっちが水です。こっちがスポーツドリンクです、甘くて、ちょっとしょっぱいやつ」
「……いらん」
「置いときます」
薬は持ってこなかった。
「じゃあ寝ててください」
部屋を出る。
猫は縁側でまだ寝ていた。猫なりに心配して付き添っているのだろうか、多分違うと思うけど。
十二時半。
見に行く。
水が少し減っていた。スイカは全部なくなっていた。冷却まくらを変える。
二時半。また見に行く。
今度はスポーツドリンクが減っていた。体温を測る。
三十七度八分。
「ちょっと下がりましたね。水分を多めにとってくださいね。何か食べます?」
「いらん」
目を閉じた。
夕方。
米を炊くか迷った。一人なら適当でいい。冷蔵庫を開ける。
うどん。卵。
今日買ってきたものを見る。ルイは何なら食べられるんだろう。お粥かな。うどんでいいかな。でも私は普通のご飯が食べたい。冷蔵庫を開けたまま考えていると、廊下から音がした。
ぺた。
ぺた。
振り返る。
ルイがいた。
柱に手をついている。
髪はぼさぼさ。顔もまだ赤い。Tシャツはよれよれ。
「え。どうしたんですか?」
「……腹が減った」
「えーと、何なら食べられます?」
ルイは少し考えた。
「……肉」
「肉?」
「肉がいい」
食欲あるじゃん。
私は冷蔵庫を閉めた。
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