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急須にお湯を注ぐ。少し待って、湯呑みに入れた。一つをルイの前に置く。
「どうぞ」
「ああ」
ルイは画面から目を離さない。私は向かいに座って、自分のお茶を飲んだ。
夕飯を食べたばかりなのに、もうパソコンを開いている。よほど気に入ったらしい。
「ガリボリ君、食べたいんですか?」
「いや」
「そうですか」
カタカタ。
「青いのはソーダ味ですよ」
カタカタ。
「明日買いに行きます?」
「……いや」
絶対食べたいじゃん。
画面を見る。さっきまで青いアイスが表示されていたはずなのに、いつの間にか文字ばかりになっていた。
『日本における人口減少への対策として、現在行われているものを挙げよ』
回答が出る。ルイは上から下まで読む。
「まだそれ調べてるんですか」
「うむ。興味深い」
へえ。
カタカタ。
『これらの政策が十分な効果を上げていない理由は何だ』
回答が出る。次。
『今挙げた理由のうち、政策によって変更できるものと、政策では変更が難しいものを分けよ』
「宿題出してるみたいですね」
「誰に」
「AIに」
ルイは画面を見る。
「こいつは疲れないのか」
「たぶん」
「何度聞いても?」
「たぶん」
「同じことを聞いても?」
「怒らないと思いますよ」
また質問を入れる。
『人口減少を問題としているが、人口が減ることそのものを問題としない立場から反論せよ』
回答が出た。ルイが読む。途中で止まった。
「全部読まないんですか?」
「ここから先は分かる」
「分かるんだ」
すぐ次を打つ。
『人口減少を受け入れた上で、現在の生活水準を維持するには何が必要だ』
回答が出る。最初の数行を読んだところで止め、すぐ次を打つ。
『人口の少ない地域では』
回答。数行読む。すぐ次を打つ。
『行政、医療、教育、商業を一定の地域に集約した場合は』
回答。今度は少し長く読んだ。
「……あるではないか」
「何がです?」
「私が今考えたものだ」
画面を覗く。コンパクトシティ。スマートシティ。知らない言葉がいくつも並んでいる。
「もう誰か考えてたんですね」
ルイが黙った。ちょっと悔しそうだ。
「人が減るのであれば、すべての集落を今までと同じように維持する必要はない」
「はあ」
「住む場所を集める。病院、学校、商店、行政も近くに置く。移動には自動で走る車を使えばよい」
「なるほど」
「農地は機械化する」
「はい」
「必要な場所には人を残す」
「はい」
「なぜやらない」
「私に聞かれても」
ルイはAIに聞いた。
回答が出る。財政。土地。既存のインフラ。住民の合意。地域産業。文化。
いろいろ書いてある。ルイは途中で止めた。
『住民の合意が得られない理由は』
回答。
「住み慣れた土地を離れたくない」
「まあ、そうでしょうね」
「なぜだ」
「なぜって」
「より便利な場所へ移れるのだぞ」
「でも私、おばあちゃんがここから出て街に住むって言われたら嫌かも」
ルイがこちらを見た。
「なぜだ」
「この家、好きだから。帰る場所がなくなっちゃう」
「だが、お前はここに住んでいるわけではないだろう」
「そうですけど」
「ならば――」
「でも嫌なんですよ」
ルイが黙った。
私はお茶を飲んだ。
「お墓とか畑とか、近所の人とか。そういうのもあるんじゃないですか」
「移すことができるものもある」
「まあ、そうですけどね」
ルイは画面に戻った。
カタカタ。
『生活の利便性が向上するにもかかわらず、住民が移住を拒む理由を挙げよ』
回答が出る。読む。今度は最後まで読んだ。
カタカタ。
『今の回答は移住する側から見たものだ。行政側から反論せよ』
回答。読む。
『その反論に住民側から反論せよ』
回答。読む。
『双方の条件を満たす方法は』
回答。途中で止める。
『全員の条件を満たす必要はあるか』
あれ。さっきまでと少し違う。
「何してるんですか?」
「考えている」
「何を?」
「どこまでを残すべきか」
「AIに決めてもらうんですか?」
「なぜこいつに決めさせる。判断するのは私だ」
ルイが不思議そうに私を見た。
「いや、ずっと聞いてるから」
「私が考えたものに、抜けているものがないか見ている」
「ああ」
そういう使い方なのか。
回答が出る。ルイは少し読んで止めた。
『今の回答には経済性しかない。経済性を除いて考えよ』
回答。
『文化的価値も除く』
回答。
『逆だ。文化的価値のみで考えよ』
回答。
『では文化的価値を優先した場合に失うものを挙げよ』
どんどん聞く。回答を読む。止める。
条件を変えて、また聞く。さっき出てきた言葉を別のページで調べる。
戻る。また打つ。
「……喧嘩してるんですか?」
「何が」
「AIと」
「議論している」
「楽しいですか?」
ルイの手が止まった。
「楽しい?」
「ずっとやってるから」
少し考えている。
「分からん」
「分からないんだ」
「だが、興味深い」
そう言って、また画面に戻った。
カタカタカタカタ。
しばらく眺めていた。
最初は、分からないことを聞いていた。
今は違う。何か考えて、それを打つ。返ってきた答えを読んで、また打つ。たまに消す。書き直す。別の方向から聞く。
そのうち、私にはルイが何を話しているのかよく分からなくなった。
『地方の人口を集約することで生じる利益を十年後、三十年後、五十年後に分けよ』
回答。
『三十年後の前提がおかしい。人口構成を――』
止める。書き直す。
『出生率が現在より低下した場合で再計算せよ』
回答。
『逆に上昇した場合は』
回答。
『周辺国から人口が流入した場合』
回答。
『その人口が都市部に集中しなかった場合』
カタカタカタカタ。
「ルイ」
「ああ」
まだ返事はある。
私は二杯目のお茶を入れた。
「どうぞ」
「ああ」
飲まない。画面を見る。
さっきのスマートシティの話はもう終わっていた。人口から労働力へ。労働力から教育へ。教育から税へ。税から農業へ。農業から食料へ。
どこでつながったのか、私には分からない。
「ルイ」
「……」
「ルイ?」
カタカタカタカタ。
返事がなくなった。
私はお茶を飲んだ。もう一度呼ぼうかと思ったけれど、やめた。
時計を見る。結構いい時間だった。
ルイの湯呑みに手を当てる。
ぬるい。
「お茶、冷めますよ」
返事はない。
「私、先にお風呂入りますね」
私が風呂からあがってきても、ルイはさっきと同じ姿勢で食い入るように画面を見つめていた。
カタカタカタカタ。
「先に寝ますね」
カタカタカタカタ。
「……おやすみなさい」
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