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異世界王子の居候生活  作者: 鼎


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2/20

2

朝、目を覚ますと、庭で何かが鳴いていた。

ミョー、ミョー。

猫かな、と思って布団の中でしばらく聞いていたけれど、違う。


「ミオ」

人だった。


「ミオ」

ああ、そうだった。自称王子がいたんだった。

私は枕元のスマホを取った。六時十二分。聞こえなかったことにして、布団を頭までかぶる。


「ミオ」

近い。障子の向こうにいる。


「……なんですか」

「朝食はまだか」

昨日の「取ってください」は、どうやら冷蔵庫にしまわれたらしい。


「自分でなんか食べてください。冷蔵庫にいろいろ入ってますから」

「何を食べればいい」

「パンとか、卵とか。昨日のご飯も残ってるし」

返事がない。

「パンはどれだ」

私は布団の中で目を閉じて、諦めて起きることにした。


台所へ行くと、ルイは昨日と同じ格好で立っていた。黒いうまもんのTシャツに、黒いうまもんのステテコ。改めて明るいところで見ると、ひどい。うまもんが悪いわけではない。うまもんはかわいい。

ただ、着ている人との落差がひどい。


「今日は服、買いに行きましょうか」

「服?」

「それ、一着しかないので。私も返してほしいですし」


ルイが自分の胸元を見る。


大きな黒い熊が、満面の笑みでおにぎりを抱えている。ラブ!


「これはいらん」

「返してほしいって言ってるんです」

「ならば別のものを用意しろ」

「お願いしてもらえますか?」

ルイは黙った。


二日目も長そうだ。


朝食を済ませ、洗濯物を干してから車の鍵を取った。玄関を出ると、ルイが車の前で立ち止まる。


「これに乗るのか」

「そうです」

ルイは車の周りをぐるりと一周した。


「馬は?」

「いません」

「何が引く」

「何も引きません。エンジンで動きます」

「エンジンとは何だ」

「乗れば分かりますから」


運転席のドアを開けても、ルイはまだ車の前にいた。

「乗らないんですか」

「……これが動くのか」

「動きますよ。ほら、助手席」

ようやく乗り込んだルイの隣で、シートベルトを引き出す。


「これ、してください」

「なぜ身体を縛る」

「縛ってません。安全のためです」

「何から身を守る」

「事故です」

「事故が起きるのか」

「起きることもあります。だから、してください」

ルイは納得していない顔をしながらも、ベルトを差し込んだ。カチッと音がする。

やれやれ、言葉を覚えたての幼児と話している気分だ。


エンジンをかけると、ルイがビクッと背筋を伸ばした。

「今度は何だ」

「エンジンをかけたんです」

エアコンから風が出る。

「風が出ている」

「エアコンです。暑いので冷やすやつ」

「この車が冷やしているのか」

「はい。私も仕組みまでは知りません。運転できるのと、車を作れるのは別なので」


車を出す。家から街までは、山を下って車で二十分ほどかかる。

道の両側には木や畑が続いていて、しばらくは店らしい店もない。ルイは窓の外を眺めながら、目を瞬かせている。


「この道を、毎日使うのか」

「毎日ではないです。買い物のときくらいかな」

「商人が家に届けに来ないのか?」

「来ませんが、お店に行って手に取ってみるのも楽しいですよ」

どこの富豪かな?

「そうか」


やがて山道を抜けると、バイパス沿いに店が増えてきた。スーパーやドラッグストア、飲食店の看板が並んでいる。信号で止まる。

「なぜ止まる」

「赤だからです」

「赤?」

信号を指さす。


この大きな幼児には、これだけはきちんと伝えておかなくては。

「あれが赤なら止まる。青なら進むんです」

「誰が決めた」

「交通ルールです」

「誰が作った」

「国とか、そういうところじゃないですか」

「曖昧だな」

「運転中なので、そこまで考えてません」


青に変わった。

「青だ」

「見れば分かります」


前の車が動き出す。

「前の車も動いた」

「みんな同じルールで動いてるので」

しばらく走ると、ルイがコンビニを指さした。


「あれは何だ」

「コンビニです。何でも売ってる小さいお店です。24時間営業しているので便利ですよ」

「24時間?働いている人間はいつ休むんだ?」

「みんなで交代でやっているんです」

「なんで24時間やってるんだ?」

「なんででしょう。夜中にお醤油が切れたら買いに行くとか?お醤油は昨日食べてたきゅうりに使ってた調味料ですね」

「お前は買いに行くのか?」

いや、行かないな。

この大きな幼児の問いに全てに答えを考えるのも大変だな。世の中の子育てしているお母さんは偉大だ。

でも何で24時間もがんばってるんだろう、がんばりすぎだよな。


次はガソリンスタンドを指さし、その次は自動販売機、歩道橋と続いた。こっちは運転中なんだから、黙っていてほしいな。

服屋は、バイパス沿いのスーパーの隣にあった。駐車場に車を停めると、ルイは店の大きな看板を見上げた。みんなが愛する「レ・まむら」!


「ここで服を買うのか」

「そうです。たぶん一通り揃います」

「ひととおり?」

「えーと、Tシャツ、ズボン、下着、靴下……」


自動ドアが開く。ルイが止まった。私もつられて足を止める。

「……入らないんですか」

「今、勝手に開いたぞ」

「自動ドアなので」

「?」

「人が近づくと開くんです」

一歩下がると、ドアが閉まる。近づくと、また開く。ルイがもう一度下がった。さらに一歩下がる。ドアが閉まり、近づく。


開く。


「遊んでないで来てください」

「遊んでなどいない」

絶対遊んでる。店内に入ると、ルイは服の量に驚いたらしい。ラックの間を歩きながら、あちこち見ている。


「これらはすべて売り物なのか」

「そうです」

「誰が仕立てる」

「工場じゃないですか」

「注文してから作るのではないのか」

「ここにあるものから選ぶんです」


ルイはTシャツを一枚取った。同じものが何枚も重なっている。一枚めくる。その下にも同じもの。さらにその下にも同じもの。


「全て同じだ」

「サイズ違いもありますけどね」

「これを誰でもが着るのか」

「まあ、同じ物を買えばそうなりますね」


何がそんなに不思議なのか分からない。


「あ、そうだ。昨日聞くのを忘れてたんですけど、何日くらいこちらにいるんですか?」

「それは分からない」

分からないのかよ。ビザとかないのかよ。

とりあえずTシャツを四枚、ゴム紐のズボンを二本、短パンを二枚選んだ。


「あと、下着かな」

ルイが黙った。私も黙った。男物の下着売り場を指さす。

「自分で選んできてください」

「なぜだ」

なぜだじゃないよ。

「なんで私があなたのパンツを選ばなきゃいけないんですか」

少し離れたところにいた女性が、こちらを見た。目が合う。すぐに逸らされた。


そういえば私たちは、他人からどう見えているんだろう。ややお疲れの女と、上下うまもんを着た、やたら顔のいい男。しかも足元は、おばあちゃんちにあったボロいサンダル。


怪しい。

ものすごく怪しい。


「ミオ」

呼ばれて振り返る。

ルイがパンツの三枚セットを二つ持っていた。

「どちらがよい」

「知らないですよ」

「そなたが選べと言った」

「どっちも買ったらどうですか?多めの方が安心ですよ」

「うむ」

ルイは両方カゴに入れた。


靴売り場では、スニーカーを履いてみた。立ち上がったルイが、何度か足踏みをする。少し歩いて、戻ってくる。

「軽い」

「今まで何を履いてたんですか」

「もっと重くて硬いやつだ」

ルイはもう一度歩いた。心持ち小走りになっている。

「これにする」

即決した。


会計へ向かう。私はいつものように、空いているセルフレジへ行った。

ルイが戸惑っているので声をかける。

「こっちですよ」

「そこには誰もいない、どうやって買うんだ?」

「自分で会計するんです。買うものをこの機械で読み取って、支払います」

Tシャツのタグを読み取る。


ピッ。ルイの眉が動いた。

もう一枚。

ピッ。

「今の音は何だ?音だけで分かるのか」

「機械が分かるんです」


ルイが画面を覗き込み、私の手から次のTシャツを取る。

「どこを当てる」

「ここです。バーコードっていうこのシマシマのところです」

「バーコード?」

ルイは商品を持ったまま、恐る恐る読み取り機に近づけた。

ピッ。

止まる。もう一枚取る。

ピッ。

今度はズボンを取る。

ピッ。

さっきより少し早くなった。


「楽しいですか」

「別に」

ピッ。

楽しんでるじゃん。

すべて読み取り終わると、支払い画面になった。私は携帯を出して、QRコードを端末にかざす。

ペイペペイ。

音がして、会計が終わった。ルイが機械の画面と私の携帯を交互に見る。


「金は?払ったのか?」

「はい」

「硬貨も紙幣も渡していない」

「ペイペペイなので。説明すると長いので、そういうものだと思ってください」


ルイは何か言いかけたが、結局、黙って買い物袋を持った。


服屋を出ると、隣のスーパーへ向かった。


食べるものは家に山ほどある。野菜も畑にあるし、刺身を食べたいと思わなければ、特に買うものはない。


「お菓子でも買います?甘いものとか、しょっぱいものとか」


売り場へ連れていくと、ルイはまた足を止めた。

ポテトチップス、チョコレート、グミ、せんべい、クッキー、飴。棚の端から端まで、いろいろな袋が並んでいる。


「これらはすべて菓子なのか」

「そうです」

「これも?」

「はい」

「これは?」

「果汁が入っているグミ、こっちは硬くて酸っぱいやつ、おすすめはこれかな、梅男」


ルイは袋を裏返して眺め、隣の袋を手に取り、また元に戻した。さっきから顔が少し楽しそうだ。


「好きなの、一つ選んでいいですよ」

「一つ?」

世にも切ない顔で見つめてくる。あれだ、泥にまみれてお風呂に入る前の大型犬。


「特別です。二ついいですよ」

ルイの手が止まった。

「……そうか」

さっきまでとは少し違う声だった。結局、ルイはよく分からない味のポテトチップスを一袋だけ選んだ。


通路を曲がると、床を大きな機械が動いていた。ルイが立ち止まる。


「あれは何だ」

「掃除してるんじゃないですか」

「誰が?人が乗っていないぞ?」

「自動なんでしょうね」

機械は私たちの前まで来ると、少し止まり、それから方向を変えて進んでいった。

ルイは振り返り、しばらくその後ろ姿を見ていた。


最後にアイス売り場へ寄った。冷凍ケースを開けると、冷気が手にまとわりつく。

「寒いな」

「冷凍庫なので」

どこかで同じ会話をした気がする。がっつりみかんを一箱取る。ルイが隣から覗き込む。

「それは何だ」

「アイスです。冷たくて甘いやつ。美味しいですよ。一つ好きなの選んでいいですよ」

ケースの中を指さす。

「どれがよい」

「好きなのを選んでください」

ルイは興味深そうに眺めて、いやいい、と首を横に振った。


スーパーのレジもセルフだった。今度はルイが先に機械の前へ行く。

「これだな」

「そうです」

ポテトチップスを取る。

ピッ。

「お」

アイス。

ピッ。

「できるようになりましたね」

ルイが少しだけ口元を上げた。


帰りの車は静かだった。行きはあれほど何にでも食いついていたのに、ルイは窓の外を見ている。山道に入ってからも、何も言わなかった。信号で止まる。


「疲れました?」

「いや」

それだけだった。青になったので、車を出す。


家に着くと、ルイは買ったものを持って離れへ戻った。


私は冷凍庫にアイスをしまい、冷蔵庫から麦茶を出した。一息つきながら、今日のご飯の献立を考える。


ひとまず着るのだけ着たら、あとは全部洗濯するから持ってきてって言ったのに、なかなかルイは持ってこない。早く洗いたいんだけどな。


離れへ向かうと、ルイは縁側に座っていた。買ったばかりのTシャツに着替えている。


うまもんじゃない。


普通だ。

普通の服を着ると、ちゃんとして見える。


ルイがぼんやりしていて、こちらに気がつかないので、心持ち大きめの声で呼びかける。


「洗濯したいので服くださーい」

「……あ、あぁ」


私が服を受け取っても、ルイは何だかぼんやりしている。疲れたのかな?


「買ってきたアイス食べましょうか」

素直に母屋についてくるルイに、お茶をだし、冷凍庫からがっつりみかんをだす。


ルイは袋を持ったまま止まった。

「どうやって開ける」

「貸してください」

端を切って返す。

ルイがオレンジ色の氷菓を引っ張り出した。じっと見る。


恐る恐る一口かじる。びっくりしている。

「……冷たくて硬い」

「もう少ししたら柔らかくなりますよ」

もう一口。今度はさっきより大きい。


また、かじる。

「……うまい」

「よかったですね」

私も自分の袋を開けた。

毎日21:10更新予定です

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