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20話程度で完結予定です
庭の隅で、どすん、と音がした。
私は縁側から庭を見た。
縁側で寝ていた猫が耳を後ろ側に倒して、イカ耳になっている。絶賛大警戒中。庭の隅にある荒神さんのお社のほうを見ている。
おばあちゃんの家の庭は広い。庭木も多いし、畑もある。狸くらいなら出てもおかしくないけど、今の音は狸にしては大きかった。
サンダルを履いて、そおっと、お社のほうへ歩いた。
飛び石をいくつか渡り、金木犀の木を回り込んだところで、足が止まった。そろりそろりと覗き見る。
男がいた。
裸だった。
お社の前に、全裸の男が立っていた。
背が高い。肩幅が広い。
顔も、まあ、かなり整っている。
眼福!
いやいやいや、じゃなくて。変質者?
やばい人だったらどうしよう。
すっと身をかがめた瞬間、がさり、と音が立った。
ばれた。明らかに異国の顔立ちだけど、どうしよう。私、ディスイズアンアポーくらいしか言えない。
沈黙すること数秒。
「そなたがカンリニンか?」
若い男が日本語を話す。
よかった!日本語だ。ん?カンリニン??
確かにおばあちゃんは旅行に行く前に、たまに訪ねてくる人がいるから、出迎えてとは言ってたけど。
このこと?この人なの?
私が出迎えてはいるけど、こういうことなの?
短い間に激しく逡巡しながら、小さく頷くと、男は少しホッとした様子で近づいてくる。オーノー!それ以上は近寄らないで!!
「ちょっとまってて!」
母屋に戻り、玄関の土間でサンダルを脱いで、自分が使っている六畳の部屋へ向かう。旅行鞄を開け、着替えを探した。
男物の服なんてない。ばあちゃんの服は小さいし、じいちゃんはずいぶん前に亡くなってるから、さすがにもう服はないよなあ。
あ、うまもん。
うまいもんが大好きな黒いクマが描かれた、Tシャツとステテコ。
前にお店で見つけて、一目惚れして買ったやつ。食べ物を抱えて、満足そうな顔をしているの、最高かな。
今夜はこれを着て、うまもんに包まれて寝ようと思っていたのに……おニューなのに。
ゆったり着たくて大きなサイズを買ってあった。
あの男は背が高かったけど、入るだろうか。ステテコは腰紐で調整できるから、たぶん大丈夫。
庭へ戻ると、男はまだお社の前にいた。
全裸のまま。
「これ、着てください」
男は私の手元を見て、怪訝そうな顔をして尋ねる。
「何だ、それは」
「服です」
「この黒いのは?」
「うまもんです」
「ウマモン……」
「とりあえず着てください」
男はTシャツを広げた。
「私に、このようなものを着ろと?」
「ほかにないので」
は?私のうまもんになんか文句あんの?
「何か別のものを用意しろ」
「今すぐに用意できるものはないです。気に入らないならそのままでいてください」
私は差し出したシャツを引っ込めた。
「いや、待て」
男がシャツをつかんだ。
私はステテコも渡して、後ろを向いた。
「着たら言ってください」
しばらく布の擦れる音がした。
「……」
なにやらぶつぶつ不満げに言っている。いちいち偉そうなやつだな。
文句があるなら返して、私のうまもん。ああ、もう!
振り返ると、男はステテコを片手で押さえていた。Tシャツは着ている。胸のところで、うまもんがおにぎりを抱えていた。
私は男の腰から垂れている紐を指さした。
「左右をこうして、結ぶんです」
やってみせようにも、私には紐がない。
男は私の手の動きを見ながら、どうにか結んだ。
「これでよいか」
「はい。じゃあ、家に行きましょう」
「待て。今のカンリニンは老婆と聞いているが、そなたは何者だ」
「え?」
「私を迎える者がいるはずだ。そなたが本当にカンリニンか」
カンリニン……管理人。さっきも言ってたね。
確かに、離れには、たまに人が来るからね。掃除だけは欠かさないでちょうだい、とはおばあちゃんは言ってた。
でも、事前の予約とかないの?
「清水の家に来た人ですか?」
「シミズ?」
「ここの家の人です。私の祖母です」
「その者はどこだ」
「旅行中です」
「呼び戻せ」
「連絡つかないんですよ」
男は、信じられないという顔をした。
「私が来ることは伝えられているはずだ」
「聞いてないですけど……」
「私はルイ――」
男は長い名前を名乗った。
長い!聞き直したら、もう一度、最初から言ってくれた。ナントカ国のナントカって言ってる、国名が名前に入ってる。
オージ、オージ、言ってるけど……香川県の香川さん?あれは香川県関係ないんだよね。
とか現実逃避してたけど、やっぱり覚えられない。
「……オージ、……王子様?」
「そうだ」
「ナントカ国の?」
「ナントカではない!」
男は国の名前をもう一度言った。
知らないなあ。めんどくせえな、こいつ。
「こちらの世界へ送られたのだ。私の意に反してな」
「こちらの世界?」
「そなたらの世界だ」
「はあ……」
異世界から来た王子。
流行りの異世界転生ものならぬ、異世界人がやってきちゃったパターン?
ばあちゃんの知り合いには、変わった人もいるんだな。自称?異世界人「王子」。
「えっと、ルイね」
「ルイではない。ルイ――」
「私は澪です。清水澪。ミオでいいです。じゃあ、家に行きましょう」
男に庭用のサンダルも渡す。
男は何か言いたそうだったが、知らん。私は先に歩き出した。
母屋へ案内すると、ルイは土間で立ち止まった。
「靴は脱いでくださいね」
「靴はない」
そうだった。
「そのサンダル、庭用なので。ここに置いてください」
ルイは足元を見た。
「履物を用意しろ」
「あとで探します」
まず足を洗ってもらおうと、風呂場へ案内した。給湯器のスイッチを入れ、シャワーの使い方を見せる。
「まずこのボタンを押してください。ここを回すとお湯が出ます。熱かったらこっちに回して。使い終わったら止めてください」
「湯が出続けるのか」
「止めるまで出ます」
「ほう」
ルイはシャワーヘッドを持ち上げた。
「今は出さないでくださいね」
遅かった!
水が壁に当たり、跳ね返って私の頭にかかった。
「冷たい!」
「湯が出ると言ったではないか」
「最初は水なんです!」
ルイはシャワーを止めた。
私はタオルで頭を拭いた。ほんとなんなんだよ、こいつ……
次に台所へ連れていく。
「ここがキッチンです。飲み物はこの冷蔵庫にあります。これ、麦茶。コップはこの棚の中です。勝手に飲んでください。飲み終わったコップはここのシンクに置いてください。おやつはこの棚にあります。好きに食べてください」
ルイは麦茶の入った冷蔵庫に顔を近づけて、中を覗き込み、冷蔵庫の扉の内側に触れる。
「冷たいな」
「冷蔵庫なので」
「氷を入れているのか」
「電気で冷やしてるんです」
「電気?」
「……閉めてもらっていいですか。お茶を飲んだら、泊まっていただくお部屋に案内します」
ルイは興味深そうに扉を閉めた。
お茶を飲んで一息ついたら、次は離れだ。
母屋の廊下から、屋根付きの板張りの渡り廊下が延びている。庭を挟んでいるけれど、靴を履き替えずに行き来できる。
渡り廊下の窓からは、畑と庭木が見えた。
「滞在中はこちらを使ってください」
離れは南向きの六畳二間。寝室と、机を置いた居間に分かれている。二間に沿って縁側が続き、居間の机からは、季節の掛け軸がかかった床の間が見える。トイレと洗面所もついていて、しばらく暮らすには十分な造りだった。
ここは家の中では、いちばんいい部屋だと思う。
おばあちゃんに言われていたから、昨日も掃除機をかけたばかりだった。
ルイは部屋を一周し、窓の外を眺めた。
「……狭いな。これでどうやって寝るのだ?」
あ?
「寝るときに使う布団はあの押し入れの中にあります。必要になったら出してください。必要があればやり方を教えます」
「寝台はないのか」
「布団です」
「フトン?ほかの部屋は」
「母屋です。私はそっちにいます」
ルイは、まだ何か言いたそうだった。
もう、この人と一緒にいるのは無理そう。
「じゃあ、次は夕飯のときに。母屋の先ほど案内したダイニングに来てください」
「夕食は何時だ」
「六時半くらいかな。あそこの壁にある時計は読めますか?」
「ああ。……それでは遅い」
「じゃあ六時で」
「そうしろ」
私は離れを出た。
もう一度、ルイの部屋を振り返る。
十二畳で、南向きで、トイレも洗面所もついている。
狭い、か。
私が寝起きしているのは、ばあちゃんが普段使っている六畳の和室だ。
別に、部屋を交換したいわけじゃないけど。
部屋に戻って、畳に座った。
スマートフォンを見ると、母からメッセージが来ていた。
『そっちはどう? おばあちゃんの家、慣れた?』
『うん。』
送ってから、旅行鞄のファスナーを閉めた。
実家に戻って1ヶ月。
会社を辞め、一人暮らしの部屋も引き払った。
父は毎朝、母の淹れたコーヒーを飲みながら聞く。
「今日はハローワークに行くのか」
「今日は、まだ」
「そうか。求人だけでも見ておいたらどうだ」
父が仕事へ行ってから、私はゆっくりと冷めたコーヒーを飲む。それが毎朝のルーティン。
母が「おばあちゃんのところ、行ってみない?」と言ったのは、先週のことだった。
「旅行に行くから、留守番を頼みたいんだって。猫と畑もお願いしたいって」
「いつから?」
「来週。嫌だったら、いいんだけど」
「行く」即答。
おばあちゃん家に着くと、おばあちゃんは旅行前なのに、せっせと私のための作りおき料理をもりもり作っていた。私も一緒に揚げる手前のコロッケやミートソースを大量に作る。小分けにして冷凍。
おばあちゃん家は田舎の家あるあるで、冷凍庫付き冷蔵庫が2台。大型の冷凍庫が1台ある。籠城の備えは完璧です!
スマートフォンがまた震えた。
『お父さんには、元気にしてるって伝えておくね』
私は画面を伏せて、横になった。
夕飯まで、まだ時間がある。
ルイは、離れの窓から庭を眺めていた。
畑の向こうに山が見える。手入れされた庭木の間には、細い石畳の道が続いていた。
部屋は狭いが、窓からの眺めは悪くない。
しばらくして、ルイは渡り廊下を通り、母屋の土間から庭へ出た。
借りた薄汚れた履き物は足に合わない。歩くたびに踵がはみ出し、土が入り込んだ。
門のところまで行くと、道の向こうから小太りの中年の女が歩いてきた。
「あら、こんにちはあ」
女はルイを見て足を止めた。
「清水さんのとこの人?」
ルイは答えなかった。
女は、うまもんのTシャツをちらりと見た。
「今度の交換留学生はイケメンねえ!」
イケメン?
聞き覚えのない言葉だった。
「私は――」
「澪ちゃん、元気?」
「ミオは屋敷にいる」
「そう。あ、待って待って。今日はこんなのしかないけど、きゅうり持ってって!」
「……きゅうり?」
「今度、お肉持ってくね! 澪ちゃんにもよろしく言っといて!」
女はルイの返事を待たず、きゅうりをガサガサいう透明の袋に入れて、去っていった。
ルイは袋を持ったまま、しばらく道に立っていた。それから母屋へ戻ると、台所には誰もいなかった。
袋を調理台に置き、隣のダイニングへ入る。椅子が四脚あったので、窓に近い一脚に腰を下ろした。
遠くでリーリーと音がした。
窓の外では、畑の向こうの空が赤くなっている。
ルイは椅子に座り直した。
腹が減った。
目を覚ましたら、六時を過ぎていた。
まずい。
私は顔を洗って台所へ向かった。
ダイニングには、ルイが座っていた。うまもんのTシャツを着て、窓の外を見ている。
調理台にきゅうりの袋があった。
「これ、どうしたんですか?」
「道で女に渡された」
「ああ、お隣の吉田のおばちゃんかな。ありがとうございます」
「腹が減った。夕食にしろ」
私は袋を置いた。
「……それ、私の仕事なんですか?その……契約とかあるんですか?」
「何?」
「私がご飯を作って、お世話をするっていう契約です。その労働の対価は、払ってもらえるんですか?」
ルイは意味がわからない、という顔をしている。なんかよく見たな、こういう顔。言うけど俺は知らない、やらないぞって。
「契約? 対価? 私の世話をするのは当然だろう。私は王子だぞ」
「えーと、この国には王子はいないんです」
「何だと?」
「だから、王子だから世話をしろって言われても困ります。それに……お金も持ってないですよね?」
「金か!……今は持ち合わせていないだけだ」
「私は、この家の人に管理を任されてるんです。お客さんが来たら迎え入れてね、くらいしか聞いてません。全部のお世話をしろとは言われてないです」
ルイは私を睨んでいた。思わず私も睨み返す。そしてため息をつく。
「なので、私に命令しないでください。やってほしいことは、お願いしてください」
「……お願いするとは何だ」
「え?」
「どうするのだ」
そうきたか…私は冷蔵庫を開けた。
茄子が四本あった。昨日、畑で採ったものだ。
「お腹が減ったら、『ご飯を作ってください』ってお願いしてください」
「……ください?」
「はい」
「私が?」
「食べないんだったら、別にいいですけど……自分の分だけ作るので。どうします?」
ルイは黙った。ずっとずっと黙っている。
私は茄子ときゅうりを流しで洗った。
背後で椅子が鳴った。
「……作ってください」
「はい」
私はきゅうりをまな板に置いた。
「じゃあ、ご飯炊いてくれますか? 私はおかずを作るので」
「ご飯……?」
「お米です」
炊飯器を指差す。
ルイは炊飯器を見た。
「あの魔道具か」
「そうです。やり方教えるから、今度からは自分でやってみてください」
魔道具とな、自称異世界人の王子、本当に設定が細かいな……
私は米びつを指さした。
「まずは、お米を量ります。ここを一回押すと、一合出てきます」
ルイが横から覗き込んできた。
「それで二人分になるのか」
「一合じゃ足りないので、二合にしようかな」
「私はもっと食う」
「炊くと量は増えますけどね。じゃあ三合。余ったら明日の朝、食べます」
ルイは米びつを見ていた。
「……なぜオコメはこんなにある」
「ばあちゃんが買ってるからです」
「この家には、そなたと老婆しか住んでいないのだろう?」
「そうですけど」
「では、誰がこれを食う」
「私たちです」
「これほどの量を?」
「?毎日食べますし。あ、そこ押すと出てきます」
ルイが米びつのレバーを押した。
受け皿に、ざらざらと米が落ちた。
「おお」
「それ、一合です」
ルイは受け皿を引き出した。
「もう一度押せばよいのか」
「はい。三回でお願いします」
二回目はうまくいった。
三回目、ルイは受け皿を戻さずにレバーを押した。
米が床に散らばった。
二人で、しばらく足元を見た。
「……受け皿、戻してから押してください」
「先に言え!」
ええ〜私のせいなの??
ご飯が炊けるまで、あと四十分。
その間に、豚しゃぶを作ることにした。
昼間に冷凍庫から出して、解凍しておいた豚肉の薄切り。きゅうりは薄切りにして、塩を少し振った。茄子はヘタをとって、皮を剥いて、縦に切って、蒸し器に並べる。
ルイは台所の入り口に立っていた。
「何をしている」
「豚しゃぶです」
「豚?」
「豚肉です。薄く切ってあるお肉を茹でるんです」
「うまいのか?」
「私は好きです」
「なぜだ」
「あっさりしているので」
ルイは納得していない顔をした。
私は鍋に湯を沸かし、豚肉を一枚ずつ入れた。色が変わったら引き上げる。蒸し器から茄子を取り出すと、湯気が上がった。
一人だったら、たぶん今夜も適当に済ませていた。
私は茄子を皿に盛り、冷蔵庫から作り置きのきゅうりの中華風漬物を出す。ごま油を入れると急に何でも中華風になる。
小鉢に盛り、さらに冷蔵庫の奥を探す。
あった。青じその醤油漬け。
ばあちゃんが庭の青じそを摘んで作ったものだ。醤油と少しのごま油、にんにくで漬けてある。刻んでお豆腐の上にのせて、一品。
ルイは、私が次々と皿を並べるのを見ていた。
「そなたは、これをすべて作ったのか」
「豚しゃぶと茄子だけです。あとは、おばあちゃんの作り置き」
「おばあちゃんとは、カンリニンのことか」
「そうです」
「料理人なのか」
「違います。普通のおばあちゃんです」
私は冷蔵庫からごまだれとポン酢を出した。
「タレ、二種類あります。好きなほうで食べてください」
ルイは小皿を見た。
「どちらを使えばよい」
「どっちでも。両方試してみたら?」
「……両方か」
炊飯器が、ぴぴっと鳴った。
「ご飯、炊けましたね」
蓋を開けると、湯気が上がった。
ルイが覗き込む。
「……これが、米か」
「はい。さっきの米です」
「ずいぶん変わったな」
「食べられそうですか?」
「当然だ」
私は茶碗を二つ出した。
「じゃあ、よそってください」
「……私が?」
「はい。しゃもじ、これです」
ルイはしゃもじを受け取り、炊飯器の中を見た。
「どの程度、入れればよい」
「食べたいだけ」
「……食べたいだけ?」
「はい」
ルイは、茶碗にご飯を山盛りによそった。
私は自分の茶碗に、少なめによそった。
ダイニングのテーブルには、ご飯、豚しゃぶと薄切りきゅうり、蒸し茄子、冷ややっこ、きゅうりの中華風漬物。タレはごまだれと、おろしポン酢。
ルイは椅子に座り、テーブルを興味深そうに見回した。
私は冷蔵庫を開けた。
ビールがあった。ばあちゃんが置いていった缶ビール。よく冷えている。
一本取り出して、少し迷った。もう一本。
「ビール、飲みます?」
「ビール?」
「お酒です」
「酒か。飲む」
私は二本をテーブルに置いた。
ルイは缶を手に取り、上から下まで眺めた。
「どうやって飲む」
「ここ、引っ張って開けるんです」
私は自分の缶を開けた。
ぷしゅ、と音がした。
ルイも真似をした。
勢いよくプルタブを引いたので、泡があふれた。
「あっ」
ルイは缶を持ったまま、固まっている。
私は台所から布巾を持ってきた。
「拭いてください」
「……なかなか難しいものだな」
「すぐ慣れます」
ルイは不慣れな様子で、テーブルを拭いた。
私は椅子に座り、手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
ルイは私を見た。
「何だ、それは」
「食べる前に言うんです。いただきます」
「誰に?」
「……誰に、だろう」
私は少し考えた。
「いつも言っているので」
私はビールを一口飲んだ。
うまい!
ルイは豚しゃぶを箸でつまみ、ごまだれをかけた。口に入れて、急にもぐもぐしだす。
「……これは、うまいな」
「よかったです」
今度は蒸し茄子に、おろしポン酢をかけた。
「これも、うまい」
「茄子、畑で採れたやつです」
「ほう」
ルイはきゅうりの漬物をつまんで一口で食べた。この人、食べること好きそうだな。毒味とかしてないのに、躊躇なく食べてるけど本当に王子なのかな……。
「これは何だ」
「きゅうりです。さっきもらったのと同じ野菜です」
「……うまい」
「それ、私も好きです」
ルイはもう一度つまんで食べて、ビールを飲んだ。目が大きくなっている。気に入ったのね。
私もきゅうりの漬物をつまんだ。
ぽりぽりと音がした。
窓の外では、ひぐらしが鳴いていた。
ルイはきゅうりの漬物を指さして、
「これを、もう少し」
「冷蔵庫にありますよ」
「……くれ」
私はルイをじっと見つめる。
ルイも私をじっと見た。
「……取ってください」
「はい」
私は立ち上がり、冷蔵庫へ向かった。
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