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異世界王子の居候生活  作者: 鼎


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19/20

19

庭のいちじくが、熟れた。

朝、洗濯物を干したときに見つけた。もいで冷蔵庫に入れた。


夕飯の後、白ワインを開ける。いちじくを切って、生ハムとチーズも並べる。


「果物と肉を一緒に食べるのか」

ルイが皿を覗き込んだ。


「私が好きな組み合わせなんだ」

「それは楽しみだ」

生ハムをのせて渡す。


「……うまいな」

白ワインをぐびっと飲んで、すぐ二つ目を取った。


「チーズも合いそうだ」

「合うよ」

また白ワインを飲む。


窓を開けていると、庭から涼しい風が入ってきた。虫が鳴いている。


「そういえば、犬はいちじく食べちゃいけないらしいよ」

「そうなのか」

「飼ったことないけど」

「俺は飼っていたぞ」

「どんな犬?」

「大きい。毛が長くて、茶色い。胸のあたりだけ白かった」

「かわいい」

「落ち着きがない。誰にでも尻尾を振るし、俺がどこかへ行こうとすると必ずついてくる。部屋に入れないと扉の前で鳴く」

「めちゃめちゃかわいいじゃん」


「弟に似ている」

「犬が?」

「ああ。あいつもどこへでもついてこようとする」

「弟いるの?」

「ああ」

「妹も二人いる」

「下に三人もいるの?賑やかそう」

「うるさいぞ。特に妹たちはずっと喋っている。朝から晩まで、何をそんなに話すことがあるのか分からん」

「女の子二人いたらそんなもんじゃない?」

「母もよく喋るからな。三人揃うとなかなかかしましい」

言いながら、少し笑っている。


「何話してるの?」

「さあ。服だの菓子だの、庭に咲いた花だの。俺が本を読んでいても構わず話しかけてくる。母が俺に聞いたことを妹が答えて、もう一人が別の話を始めて、そこへ弟まで入ってくる」

「ルイ、喋る暇ないじゃん」

「だから黙っている」

「なるほど」

「夕食くらい静かに食えないものかと思っていた」

「でも毎日一緒に食べるんだ」

「そういうものだろう」

「ふうん」

「何だ」

ルイがワインのグラスを置いた。


「いや、みんなルイに構ってほしいんだね」

様子が思い浮かんで思わず笑う。


虚をつかれたような顔をしている。あれ?

「そうなのか」

「そうでしょ。ご飯の時も。時にはルイの部屋まで来て、みんなでワンワン喋ってるんでしょ。構ってほしくて」

「そうなの…か?」

「うん?懐かれてんじゃん」

「そうか?」

少し恥ずかしそうに笑った。


「妹たちは?」

「来る。下の妹など、菓子を持ってきて俺の部屋で食べて帰る」

「それ、ルイと一緒に食べたいんじゃない?」

「そうなのか…」

「知らないけど」


ルイは少し考えていた。

「母も来るぞ。茶を持ってきたり、本を持ってきたりする」

「それ、ルイとおしゃべりしたいんだよ」


ルイは黙った。チーズを一つ取る。

「俺は、気を遣われているのだと思っていた」

「うん」

「母は実の母ではない。弟たちとも年が離れている。俺だけは、実母の生家の後ろ盾もあって、生まれたときから立場が決まっていた。家族でありながら、少し違う。そんな俺を、あの輪の中に入れてくれているのだと思っていた」

「うん」

しばらく黙っていた。

ルイはいちじくを取って、生ハムをのせた。白ワインを飲む。


しばらくして、ルイが言った。

「今度、レアチーズケーキを作ってやろうかな」

「妹たちに?」

「ああ。好きそうだと思う」

「いいじゃん。喫茶店の超えたし」

「いや、まだ何か足りない」

「いや、超えた超えた。散々練習したもんね。きっと喜ぶよ」

「ああ」


窓の外には太った月が出ていた。




次の日は、餃子を作った。


キャベツを刻んで、にらとひき肉を混ぜる。多めの生姜とにんにく、ごま油。

皮を出したところで、ルイが寄ってきた。

「俺もやる」

「助かる」

一つ見本を作る。

「こうやって、ひだを寄せて」

「分かった」

一個目。ふつう。

二個目。きれい。

三個目。売り物みたいになった。


「お店のみたいにきれいな形だね」

「お前のを見ていた」

「本当に器用なんだね」

「そうなのか?」


四個目もきれいだった。

五個目で、ルイの手が止まった。


「どうしたの?」

「他の包み方はないのか」

「あると思う」

ルイが手を洗って、タブレットを開いた。検索する。隣から覗き込む。


「何これ、かわいい」

「丸くするらしい」

「やってみよう」

「これは花だ」

「いいねえ」

そこから、普通の餃子はほとんど増えなくなった。


丸いの。

花みたいなの。

ひだを左右から寄せたもの。


「これ絶対焼きにくいよ」

「やってみなければ分からない」

ルイが笑う。


焼いた。焼きながらビールを開けて、飲み始めた。


餃子が焼き上がる。どんな形でも、美味しい。そしてビールがすすむ。ルイは猫舌だから、背中を丸めてフーフーして食べている。いつ見ても面白い。


「うまいな」

「餃子とビールは正義だね」

「正義の使い方がおかしい」

「いいの」


二回目の餃子が焼けた。食べながらビールを飲む。箸休めにきゅうりの浅漬けを食べていると、見ていたテレビのドラマで父親と娘が喧嘩を始めた。


父親は娘を心配している。心配しているのに、余計なことばかり言う。娘は怒る。父親も怒る。


「父親ってムカつくわー」


言ったら、ルイがすぐに頷いた。


「分かる」

「分かるんだ」

「分かる。言葉が足りない」

「心配してるのは分かるんだよ。たぶん。あれしろ、これしろって、全部、私が困らないようにってことだったんだと思う」

「なら、いい父親ではないのか」

「そうなんだけどさあ」


ビールを飲む。

「だったら、心配だって言えばいいじゃん。お前が心配だから、できれば困らない道を歩いてほしいって」


「ああ」

「なのに『絵で食べていくのは難しいぞ』だよ。そりゃ、描いちゃいけないんだって思うじゃん」

「言葉が足りないな」

「足りないんだよ」


餃子を一つ取る。

「あ。ルイんとこもじゃん」

「何がだ」

「裸で異世界」

ルイが止まった。

「何の罰ゲーム?って感じじゃん。」

「罰ゲーム?」

「でも実際は、夏休みじゃん!」

「夏休み?」

「ちょっとゆっくりしろってことでしょ」

「そうだったのか?」

「え?違うの?」

「いや。そうだったのかもしれない」

「言葉が足りないんだよ」

「確かに」


「ちゃんと説明しろよ」

「俺もそう思う」


「察しろじゃないんだよ」

「そうだ」


「ドラマじゃねえんだ」

「本当にそうだ」


おかしくなって、二人で笑った。

ビールを飲む。


「でもさ」

「なんだ」

「ルイのお父さんも、ルイのこと心配だったんじゃない?」

「父上が?」

「うん。たぶん」

「なぜそう思う」

「だって、どうでもよかったら、わざわざこっちに送らないんじゃない?」

「反省しろと言われたのかと思っていた」

「反省することあるの?」

「あるけど、ない」


「なんだそれ。でも裸はひどいよね」

「だろう。まあ指輪だけは持ってきた」

「指輪?ああ、そのいかついやつ」

「私が王子であることの証だ」

「まあでもさ、服くらい着せろよ」

「そうだ」

「バーカ」

「誰がだ」

「ルイのお父さん」


「……」

「だって裸で息子を異世界に送ったんでしょ。怒っていいよ」


ルイは何か言おうとして、やめた。

ビールを飲む。


「……それについては、否定しにくい」

「ほら」

「だが、お前も父親に何も言っていないだろう」

「何を?」

「心配なら心配だと言え、と。お前の言い方では分からない、と言ったのか?」

「……言ってない」


「ほら」

「そっちだって言ってないじゃん。分かんねえよって」

「言った」

「ちゃんと?」

ルイが黙った。


「ほらー」

「……うるさい」

「お互い様じゃん」

「お前もな」

「そっちもね」


またビールを開けた。


「おっさんズ、バカ」

「父上をおっさんと呼ぶな」

「おっさんでしょ」

「そうだな。おっさんなんだな」

ルイが妙に真剣な顔で考えた。真面目か。


思わず吹き出した。

「認めるんだ」

「事実だろう」

「そこ真面目に考えなくていいから」

笑う。ビールを飲む。ルイも私も笑った。


なんだか今日はよく笑う。


「そういえばさ」


何本目かのビールがなくなったころ、ふと思った。


「ルイって、本名ルイなの?」

「どういう意味だ」


「王子なんでしょ? もっと長い名前とかないの?」

「あるぞ。最初に名乗ったぞ」

「そうだっけ?」


ルイが言った。長かった。


「長っ」

「長くない」

「もう一回」

もう一度言う。やっぱり長い。


「覚えられない」

「覚える気がないだろう」


「でも、途中のやつ、何?意味があるの?」

「ああ。古い言葉だ」

「どんな意味?」

「光と共にあれ」

「光?」


「ああ。古い言い回しだ。今の言葉なら、幸せであれ、というところだな」

「へ――」

「何だ、その返事は」

「誰がつけたの?」

「父上だ」

「へえ――」

「さっきからそれしか言っていないぞ」


「なんか眠くなってきた」

「飲みすぎだ」

「まだ飲みたい」

「茶を飲め、もう目が閉じているぞ」

「閉じてない」


ソファに移動して、背もたれに頭を預ける。楽だ。


「部屋へ行って寝ろ」

「まだ寝ない」

「なら起きろ」

「起きてるよ」

「目を開けろ」


開ける。

ルイがいた。

「ミオ」

「んー」

「そこで寝るな」

「寝てない」

「寝ている」

「寝てないよ」

「なら部屋へ行け」

「あと五分したら行く」

「そこで寝るぞ」

「寝ないから」

「だったら――」


声が遠くなった。


なんだっけ。

ルイ。

長い名前。

光。

幸せ。


「……ルイ……」

「なんだ」

「……しあわせ……」

「ミオ?」

「……幸せで……あれ……」

そのまま、眠った。





返事がなくなった。

「ミオ?」

寝ている。完全に。


頬に何かが落ちた。

手で触れる。

水。


何だ、これ。

もう一つ。


ミオは寝ている。


窓の外に月が満ちる。

毎日21:10更新予定です

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