20 最終話
目が覚めたら、ソファーの上だった。
お腹の上に座布団がのっていた。縁側でいつも猫がのっているやつ。
「……ん?」
座布団を持ち上げる。
なんで座布団?起き上がる。
台所から、味噌汁の匂いがした。
「お、起きたか」
ルイが朝ごはんを作っている。
「食えるか?」
「うん」
「なら座れ。もうできる」
顔を洗って戻ると、朝ごはんが並んでいた。
ご飯。味噌汁。卵焼き。焼いた鮭。
夏野菜の焼き浸し。昨日のきゅうりの浅漬け。
「いただきます」
「いただきます」
味噌汁を飲む。ちゃんと出汁をとってる。
ご飯を食べる。粒が立っている炊き立て。
鮭。皮はパリッとしてる、身はふっくら。
焼き浸し。茄子にオクラ、ミニトマトが出汁に浸って染み染み。
「ルイ、ご飯作るの上手くなったねー」
「そうか?加熱と塩分量さえ、おさえておけば、まあ失敗しない」
「胡麻ダレ美味しかったね」
「あれは買ったものよりうまい」
「プリンも作ったね」
「あれは簡単だ」
「レアチーズケーキも作ったし」
「まだ改良できる」
「十分だって」
卵焼きを食べる。甘めでおいしい。
「あ、そうだ」
「なんだ」
「なんで私、お腹に座布団のってたの?」
「ああ」
ルイは味噌汁を飲んだ。
「起きないから、寒いといけないと思って」
「座布団を?」
「ああ」
「起こせばよかったじゃん」
「起こした」
「起きなかった?」
「ああ」
「そっか」
座布団。
まあ、いいか。
ご飯をおかわりした。
ルイもおかわりした。
その日の夜。
「今日はこれにする?」
棚の奥からウイスキーを出した。
「お前、酒好きだな」
「好きだよ」
グラスに氷を入れる。
一口。
「強いな」
「そりゃウイスキーだからね」
「これはいいやつなんじゃないのか。香りがふくよかで……うんぬんかんぬん」
「味わって飲みましょう」
「いいな」
チョコレートと柿ピーを出す。
「また妙なものを出してきたな」
「合うんだって」
「どちらが」
「どっちも」
ルイはチョコレートを一つ食べて、ウイスキーを飲んだ。
「……これは分かる」
「でしょ」
柿ピーも食べる。
ウイスキーを飲む。
「悪くない」
「でしょ」
「だが、なぜ柿と名がついている」
「柿の種に似てるから」
「種?」
「柿の」
ルイは一つ摘まんで、眺めた。
「これは米だろう」
「そう」
「柿は入っていないのに、なぜ柿なんだ」
「だから形が」
説明しながら笑った。
こういうのも、ずいぶんやった。ルイが知らないものを見つける。私が適当に説明する。
ルイが納得しない。調べる。また質問する。最初は面倒だった。今も、たまに面倒だ。
でも。
楽しかった。
氷が、からんと鳴った。
ルイが窓の外を見た。つられて見る。
丸い月が出ていた。
「ミオ」
「ん?」
少し間があった。
「道が満ちた」
月を見る。
ああ。そうか。
「うん」
不思議と驚かなかった。
なんとなく、そんな気がしていた。
最近、ルイはよく月を見ていたから。
「帰るよ」
「うん」
ルイはウイスキーを一口飲んだ。
私も飲んだ。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
それからチョコレートを食べた。ルイは柿ピーを食べた。
その夜も、いつもと同じように更けていった。
次の日は、秋晴れだった。
朝からよく晴れていた。洗濯物を干して、朝ごはんを食べた。
ルイは朝ドラを見た。
「だから、そこで言えばいいだろう」
最後まで文句を言っていた。
お昼は肉盛り盛りのうどんにした。
午後になって、二人で家を出た。
空が高い。風が少し冷たい。
歩いて、あの社へ向かった。
ルイが最初にいた場所。庭で全裸でいた、異世界の王子。
あれから、ひと月。
社の前に並んで立つ。
「ここだな」
「うん」
二人で礼をした。
手を合わせる。
パン。
パン。
ぴったり同じ音がした。
顔を見合わせて、笑った。
目を閉じる。
無事に。無事に帰れますように。
しばらくして、目を開ける。
礼をする。
「ミオ」
「ん?」
「猫」
「猫?」
「描けよ」
一瞬、何のことか分からなかった。
あの猫か。短い色鉛筆で描いた、なんだか不格好な猫。
「うん、描くよ」
うん。描くよ。これからは。
風が吹いた。木の葉が揺れる。
「じゃあな」
「うん」
ちょっと行ってくる。そんな顔をしていた。
「ルイ」
「なんだ」
「じゃあね」
「ああ」
ルイが笑った。
次の瞬間。
ふっとルイの姿だけぼやけて、いなくなった。
あまりにも、あっさり。
さっきまで立っていた場所には、誰もいない。秋の空が青い。風が吹いている。
私はしばらく、そこに立っていた。
それから。
「……帰ろ」
家へ帰った。
玄関を開ける。
「ただいま」
返事はない。靴を脱いだ。静かだった。
昨日までと同じ家なのに、なんだか広い。
台所へ行く。昼使ったうどんのどんぶりが、水切りかごに伏せてあった。私のと二つ。
洗ってある。
「……ちゃんとしてるなあ」
笑った。離れを見る。使っていた布団。
本。途中まで読んでいた雑誌。片づけていないものもある。
あれ。
机の上に何か置いてあった。
指輪。
「あ」
ルイが、この世界に来たときから持っていた指輪だった。王家の印が刻まれた指輪、とか言ってたやつ。
「……忘れてるじゃん」
手に取る。
え。これ、どうするんだろう。向こうで必要なんじゃないの?王子の証とか言ってなかったっけ。つまり……
指輪を握る。
「もう」
ほんとに。最後まで。言葉が足りない。
ガラガラ、と玄関が開いた。
「ただいまー」
「え?」
声。知っている声。
廊下へ飛び出した。大きな旅行鞄が見えた。
帽子。見慣れた顔。
「おばあちゃん!?」
「あら、澪。ただいま」
おばあちゃんは靴を脱いだ。
「長かったー。やっぱり家が一番ねえ」
旅行鞄を受け取る。重い。
「何入ってんの、これ」
「いろいろ」
「いろいろって」
おばあちゃんが家の中を見回した。
「あら」
「何?」
「離れ、もしかしてお客さん来た?」
「うん。さっき帰ったよ」
「あらそう。ミオもお疲れ様」
それだけだった。
「お茶飲む?」
「飲む飲む。あ、お土産あるわよ」
「何?」
「あとでね」
台所へ向かう。
お湯を沸かす。
おばあちゃんが後ろで、旅の話を始めた。
どこへ行ったとか。誰に会ったとか。何を食べたとか。
私は急須を出した。
そのとき。ふと思い出した。
「あ」
「何?」
「……うまもん」
「何が?」
「あーーー!」
「どうしたのよ」
「うまもーん! 私の着て帰ったーー!」
おばあちゃんが、何の話、と笑った。
おつきあいありがとうございました。




