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異世界王子の居候生活  作者: 鼎


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18/20

18

家に着いてから、ミオが先に風呂へ入った。


俺は麦茶を飲んだ。腹が苦しい。食いすぎた。


「ルイ、お風呂どうぞ」

髪を乾かしたミオが言った。


「ああ」

「お茶飲んだ?」

「飲んだ」

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ」


ミオが部屋へ行く。


少し休んでから入ろう。

ソファに座った。静かだ。

麦茶を飲む。冷たい。


今日のことを思い出した。


博物館。

焼肉。

ビール。


楽しかった。


「楽しくていいんだよ」

ミオが言った。

楽しくていい。


そんなことを、教わったことがあっただろうか。


ない。たぶん。


幼いころから、教わることは多かった。


歴史。法律。経済。外交。軍事。礼儀。剣術。馬術。


何を見るべきか。

何を守るべきか。

何を捨てるべきか。


好き嫌いで決めるな。

感情に流されるな。

一人のために百人を危険にさらすな。


何度も聞いた。

だから、その通りにした。


立太子を控え、実務を任されるようになったころから、父上は違うことを言うようになった。


民を見ろ。

見ている。


数字も。税も。収穫量も。人口も。


すべて見ている。

そう答えた。


違う、と言われた。

何が違うのか分からなかった。

そして、あのことが起きた。


俺は判断した。教わった通りに。


最も損失が少ない方法を選んだ。

結果も、その通りになった。


それなのに。


父上は、俺を王宮から出した。


王家の者しか知らない場所。

王となる者が試しの地へ送られる。そう聞かされた。


そして、ここへ来た。


ミオがいた。

何も知らない女だった。本当に、何も知らない。聞いても、知らない。

なぜだと聞いても、分からない。

そのくせ偉そうだ。

適当だ。


なのに。


腹が減れば飯を作る。

俺が倒れていれば水を持ってくる。

何者かも分からない俺を家に置く。


最近のミオはよく食べる。よく笑う。

だが、少し前までは何だか変だった。


それなのに、出会った最初から俺の心配をする。


意味が分からない。意味が分からないことばかりだ。


この国も。ミオも。


父上が言っていたことも。自分のことも。


あの時の決断を間違っていたとは思わない。何度同じようなことが起きても、同じような決断をするだろう。


でも。あの数字の中に。

泣いたり笑ったりしていた人がいた。


ずっと考え続けている。

これが試されているということなのか。

ぐるぐるぐる。



今日の肉はうまかった。

ビールもうまかった。

また行きたい。


また行けばいい、とミオは言った。


また。

目を閉じる。少しだけ。

少しだけ休んでから、風呂に――





「ルイ!!」


目を開けた。

「くさい!!」

ミオがいた。


「……なんだ」

「なんだじゃない! お風呂入らずに寝たでしょ!」

「……」


そうだった。

「焼肉くさい! 酒くさい!」

シュッ。

顔の横を何かが通った。

「何をする!」

シュッ、シュッ。

「ソファに匂いついてる!」

「俺にかけるな!」

「かけてない! ソファ!」

シュッ。


「起きて! お風呂!」

「分かった!」

「早く!」


逃げるように風呂へ行った。




朝飯は、いつも通りだった。


ご飯。味噌汁。卵焼き。漬物。茹でたオクラ。茄子とピーマンの味噌炒め。


「頭痛くない?」

「ない」

「気持ち悪くない?」

「ない。しかし腹はまだ少し重いような気がする」

「あっそ」


テレビでは朝の連続ドラマが始まった。


「言葉が足りない」

「何が?」

「昨日聞いただろう。あの男が――」

「ああ」

「ここで言わなければ、また誤解するだろう」

「ドラマだからね」

「惜しむから伝わらないのだ」

「ほう……まあそれがドラマだからね」

「何だ」

「いや」


ドラマが終わる。そのまま次の番組が始まった。今日は腰痛予防の特集だった。テレビの中で、出演者たちが腰を伸ばしている。


ルイも伸ばす。


「効くのか、これは」

「知らない」

「お前もやれ」

「やだ」

「腰が痛くなってからでは遅いぞ」

「はいはい」


いつも通りだった。




洗濯物を干し終わって、ミオが麦わら帽子をかぶった。


「畑行くけど、来る?」

「行く」


外へ出る。


空は晴れていた。


畑の野菜に水をやる。


最初のころより、何がどこに植わっていて、食べごろがどのあたりか分かるようになってきた。


「そっちお願い」

「ああ」

「ナスも」

「分かっている」

「この前忘れたじゃん」

「あれは見えなかっただけだ」

「それを忘れたっていうんだよ」


風が吹いた。少し涼しい。


「もう秋だねえ」

ミオが言った。


「秋か」

「朝晩、だいぶ涼しくなったし」


帰りに、あの社の前を通った。

俺がこの世界へ来た場所。小さな社。


ミオが足を止める。

手を合わせた。


俺も隣に立って、手を合わせる。

いつものことになっていた。


顔を上げる。


何かが気になった。

空を見る。

青い空に、月が出ていた。白い。


「あ、月」

ミオも気づいた。


「昼間でも見えるんだよね」

俺は月を見る。


「なんか昼の月って控えめで可愛らしいよね」

ミオはそう言って、また歩き出した。


俺は動かなかった。

月を見る。形を確かめる。


「ルイ?」

振り返ったミオが呼んだ。


「どうしたの?」

「……いや」


もう一度、月を見る。

ここへ来た日にも、月を見た。

あのときは。


「ルイー?」

「今行く」

ミオを追う。


数歩歩いて、振り返った。

社。

その向こうに、白い月。

もう、そんなに経ったのか。

胸の奥が、わずかにざわついた。


たぶん。


「早くー」

「分かっている」

ミオのところへ戻る。

月は、昼の空に残っていた。

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