17
何日かして、今度は電車に乗った。
きっかけはルイだった。
「この国の歴史をまとめて見られる場所はないのか」
「博物館?」
「本は読んだ。実物が見たい」
調べてみる。少し遠い。
車でも行けるけれど、電車の方が楽そうだった。
「電車で行こうか」
「いいのか」
「何が?」
「遠いだろう」
「別に。予定ないし」
朝早くから出た。最寄り駅までは車で行って、駅前の駐車場に停めた。
ルイは電車でも忙しかった。
路線図を見る。車内の表示を見る。窓の外を見る。駅に着くたび駅名を読む。
「ずいぶん人が乗るな」
「これでもだいぶ落ち着いてる方だと思うよ。通勤時間はもっとすごいよ」
「毎日か」
「毎日」
昔は私も、その中にいた。
電車が動き出す。
窓の外を建物が流れていった。
博物館は広かった。
想像していたより、ずっと広かった。
そして案の定、ルイは進まなかった。
最初の展示から読む。
「ルイさん」
「なんだ」
「そろそろお昼にしましょうか。戻ってきて、また見よう?」
「ああ」
博物館の中にある食堂で食べることにした。昔通っていた大学の学食みたいに、入り口でトレーを取って、好きな小鉢を取って、食べたいメインを言う。
ルイはメンチカツカレーとポテトサラダ。
私は鯖の味噌煮に、ご飯と味噌汁、切り干し大根とカニカマのサラダにした。
食べ終わって、また展示を見る。
最初は引率者の気分だったけど、だんだん私も面白くなってきた。
「あ、ルイ、これ」
少し先の展示を見つけて呼ぶ。
ルイが来る。
二人で覗き込む。
「これ、さっきのと似てない?」
「時代が違う。こっちの方が――」
説明が始まる。
長い。
でも聞いた。
知らないものがたくさんあった。
知っているつもりだったものも、知らなかった。
夕方、ようやく外へ出た。
「疲れた」
「全部見られなかった」
「また来ればいいじゃん」
言ってから、自分で少し驚いた。
また来ればいい。
そうか。
別に、一日で全部見なくてもいい。
電車で戻ってきたころには、日が傾いていた。駅を出る。
「今日はもう何もしたくない」
「飯はどうする」
どうしようかな、何か買って帰ろうか。
そういえば。駅前に、おじいちゃんが好きだった焼肉屋さんがあったな。
「あのさ、焼肉食べて帰らない?」
ルイが足を止めた。
「焼肉」
「お肉を自分で焼いて食べるの。おじいちゃんが好きだった店が、この辺にあるんだよね」
「自分で焼くのに、店で食うのか」
「そうです」
「それは楽しそうだな」
スマホで調べる。あった。
店は駅前にあった。赤い看板。引き戸を開ける。
「いらっしゃい!」
大きな声が飛んできた。煙と肉の匂い。
壁には手書きのメニューが貼ってある。
カルビ。ハラミ。タン塩。ホルモン。冷麺。石焼ビビンバ。
ああ。お腹が一気に空いてきた。
席に座る。
「何がいいかな〜」
ルイはいつもの通り、メニューを熟読し始めた。横目で見ながら、
「最初は、タンとカルビとハラミにしようか。あとキムチとサンチュ」
「サンチュ?葉っぱか。俺は虫じゃない」
「お肉包んで食べると美味しいよ」
店員さんを呼んだ。
「タン塩と、カルビ、ハラミ。キムチとサンチュ。あとウーロン茶と…ルイ?生ビール飲む?」
「ん?お前は?」
「私は運転するから飲めないけど、ルイは飲んだら?肉にビールは最高だよ」
「お前が飲まないなら……」
「私は気にしないから。生ビールは家で飲む缶ビールより美味しいよ、飲む?」
「う、うむ」
注文を終える。
生ビールとウーロン茶で乾杯する。ルイが目を大きくさせて生ビールを飲む。美味しいんだね、よかった。
肉が来た。まずタン。網に並べる。
じゅう、と音がした。ルイが見る。早く食べたい食べたいと顔に書いてある。気持ちはわかるがしばし待て。
「もういいか」
「まだ」
「もういいんじゃないか」
「んー、そろそろいけるかな」
「よし!!」
ルイが一枚取って、お皿にのせずにそのまま口に運ぶ。
私はお皿にうつして、レモンを少し。
「あつい!!」
ルイが口の中を火傷したらしい。そりゃそうだよ。生ビールを飲む。
「うまい」
もう一枚取る。今度はフーフーしてから食べる。そして生ビールを飲む。
「うまい」
「そんなに?」
「最高だな」
カルビを焼く。脂が落ちて、火が上がった。
「燃えているぞ」
「大丈夫大丈夫。お、そろそろいいかな」
ルイがいそいそと肉を取る。ビールを飲む。私はサンチュに肉を包んで食べる。美味しいなあ。
「肉の油で、ビールがすすむ」
「よかったね」
「肉がうまい」
「さっきからそればっかり」
「肉がうまいから仕方ない」
なんだか面白くなって笑った。
「何がおかしい」
「いや。さっきからうまいしか言ってないし」
「事実だからな」
ご機嫌なルイさんに、生ビールを追加で頼んだ。ご飯も頼んだ。
キムチ。また肉。サンチュにカルビとキムチをのせる。おいしい。
「カルビ追加しようか」
「俺もそう思っていた」
追加した。もう一度ビールも追加した。
「〆に冷麺も食べたいな」
「頼めばいい」
「一人前は食べられない」
「俺が食う」
「じゃあ半分しよう」
冷麺も頼んだ。私は三分の一くらい食べた。残りはルイが食べた。
ビールを飲み終えて、ルイは満足そうに息を吐いた。
「うまくて食べすぎた」
店を出てすぐにルイが言った。
夜の空気が気持ちよかった。
駅前の明かりが、少し滲んで見える。
ルイが隣を歩く。
「楽しいな」
ルイはポロリと出た自分の言葉に、驚いたように足を止める。
「楽しいね」
私は言葉を返す。
ルイは、夜の駅前を見ていた。
赤い看板。
行き交う人。
店から漏れる笑い声。
焼肉の匂い。
「楽しくていいんだよ」
ルイがこっちを見る。
「いいのか」
「いいの」
「そうか」
ルイは少し考えた。
「楽しくていいのか」
「いいんだよ」
「そうか」
もう一度、夜の駅前を見る。
「肉、うまかったな」
「うん」
「ビールもよかった」
「はいはい」
「また来たい」
「また来ればいいじゃん」
ルイが笑った。
「そうだな」
駐車場に着く。
私は鍵を取り出した。車に乗り込む。私は運転席。ルイは助手席。エンジンをかける。
帰りの車の中で、ルイが幸せそうな顔で寝ていた。




