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異世界王子の居候生活  作者: 鼎


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16/20

16

図書館から借りてきた本を読んでいたルイが、顔を上げた。


「ミオ。この遺跡はここから近いのか」

見せられたページには、見覚えのある地名が書いてあった。


「ああ、近いよ。車で二十分くらいかな」

「見られるのか」

「遺跡を?」

「ここには発掘調査のあと、一部を保存していると書いてある」


そんなものがあっただろうか。

地名は知っている。何度も近くを通ったこともある。スマホで調べてみると、郷土資料館が出てきた。


発掘された土器や石器。遺跡の一部。敷地内には移築された茅葺きの古民家もあるらしい。


「あるね」

画面を見せる。


ルイが覗き込んだ。

「今日、これから行けるか」

「今日?」


時計を見る。

朝の八時半を少し過ぎたところだった。

予定はない。


というか、今日だけじゃない。明日も特にない。


「行く?」

「ああ」

「じゃあ洗濯機もう一回まわして、それ干してから行こう」


車で行った。何度も通ったことのある道を曲がって、さらに細い道へ入る。

こんなところにあったんだ。駐車場には車が三台停まっていた。


平日の郷土資料館は静かだった。ルイは最初の展示ケースから動かなくなった。


土器。石器。発掘された装身具。昔の農具。


説明を一つずつ読んでいく。私はさっと一巡して、途中でベンチに座った。


ルイは熱心に見ている。長くなりそうだ。

私はルイが全てを見終わるまで、スマホをつらつらと見る。


外には、移築された古い家があった。大きな茅葺き屋根。中へ入ると薄暗く、土間と囲炉裏がある。ルイが屋根の裏側を見上げた。

「これだけの草で雨を防ぐのか」

「そうみたい」

「腐らないのか」

「葺き替えるんじゃない?」

「どのくらいで」

「どのくらいなんだろ。今は葺き替えるのもすごいお金がかかるって聞くし、そんなに頻繁にはできないんじゃない」


囲炉裏の上には、黒くなった梁が渡っている。ルイは今度はそっちを見た。


「家の中で火を焚くのか」

「昔はね」

「煙は?」

「上に抜けるんじゃない?」

「だが天井がない。屋根の内側に――」

「すみません」


ちょうど近くにいた係のおじさんを呼んだ。

「この人、知りたいことがいっぱいあるみたいで。教えていただけますか?」

ルイが私を見る。おじさんが笑った。


そこから長かった。おじさんも暇だった。

煙で燻されることで茅や木材に虫がつきにくくなること。屋根は定期的に葺き替えること。昔は近所の人たちが手伝っていたこと。


ルイは次から次へと聞いた。おじさんも色々と聞かれたのが嬉しいのか、熱く答えている。


私は縁側に座って待った。庭に柿の木があった。実が色づき始めている。


風が吹く。気持ちがよかった。

資料館を出たのは、一時を過ぎていた。


「お腹すいた」

「俺もだ」


車を走らせる。何か食べて帰ろうかな、と思った。大きな道路に出たところで、回転寿司の看板が見えた。


「あ。ルイは生のお魚食べられたよね」

「ああ。サシミだな。なかなか上手い、生で食べるには輸送が……うんぬんかんぬん……」

「食べて帰ろうか、あそこの店、お寿司屋さん。行ってみる?」

ルイが看板をみた。

「俺は構わない」

私は寿司屋の駐車場に入るべく、ウインカーを出して、ハンドルを切った。


昼の混雑が少し落ち着いた時間だった。席について、ルイにタッチパネルを渡す。

「ここから注文するのか?」

「そう。好きなの選んで」

ルイが画面を送る。


まぐろ。サーモン。いか。えび。次のページには、うどん、ラーメン、唐揚げ、ポテト。


指が止まった。

「寿司屋だろう」

「寿司屋ですよ」

「何でもありだな」

「デザートもあるよ」


さらに画面を送った。ケーキ。アイス。パフェ。ルイはじっくりメニューを見ている。


私は炙り系を攻める。茶碗蒸しも注文する。ルイはまぐろを見ている。

「これは何だ。びんちょう?」

「まぐろの仲間」

「こっちとは何が違う」

「知らない」

「食っているのに?」

「おいしければいいの」


注文した皿がレーンを走ってきた。目の前で止まる。ルイがびっくりしている。その顔が見たかった。


「来たよ」

「分かっている。……速いな」

皿を取る。一貫食べた。


またタッチパネルを見る。

「気に入った?」

「比較する」

違うまぐろを頼んだ。研究している。ハンバーグがのっているのを頼んだりもしている。結構チャレンジャーだな。


私はポテトを頼んだ。

「それも食うのか」

「食べる?」

「寿司を食いに来たんだろう」

「いらないなら一人で食べるけど」

結局ルイも食べた。ご満悦である。


私は最後にわらび餅とコーヒーを頼んだ。ルイはもう腹がいっぱいだと言いつつ、私のわらび餅を一つつまんで、自分のコーヒーを飲んだ。


「よく入るな」

「甘いものは別なの」

「同じ腹だろう」

「別なんです」

残りのわらび餅を食べる。ああ、おいしい。コーヒーを飲む。


あ。

そういえば。

「和菓子の美味しいお店があったな」

「どこに?」

「この辺じゃないんだけど。おじいちゃんとおばちゃんがお散歩帰りに、よく寄ってた和菓子屋さんがあるんだよね」


ずっと行っていない。まだあるのかな。店の場所は覚えている。


「今度行こうか、お散歩ついでに」

「いいな」

「うん。そして縁側でお茶をしましょう」



約束はそれからすぐに果たされた。

記憶にあった通り、和菓子屋は小さな店だった。よかった、やってた。


ガラス越しに季節の和菓子が並んでいる。


「おばあちゃんの同級生がやってるんだって」


引き戸を開けた。

「いらっしゃい」

奥から、おじいちゃんが出てきた。

少し遅れて、奥さんも顔を出した。


なんとなく恥ずかしいのでおばあちゃんの名前はださない。


ガラスケースを覗く。

秋の上生菓子が並んでいる。


萩。野菊。すすき。

小さな菓子の中に、秋が入っていた。


「ルイはどれがいい?」

「俺が選ぶのか」

「食べるでしょ?」

「味が分からない」

「見た目でいいよ」

ルイは真剣に選び始めた。


「これだな」

野菊。

「じゃあ私は萩」


あとお饅頭を4つ。ルイはあんこが好きみたいだから。とかいいつつ、私も半分食べるけど。包んでもらう。


家に帰って、日本茶を淹れようとして、せっかくだから抹茶を点てようかな、と思った。


食器棚を開ける。

おばあちゃんの茶道具がある。

茶碗を一つ出す。

なんか違う。戻す。

もう一つ。これも違う。


「何をしている」

ルイが覗き込んできた。


「茶碗選んでるの」

「飲めれば同じだろう」

「違うよ」


奥の方に、黄色っぽい茶碗があった。

取り出す。手の中で見る。


うん。


「ルイはこれね」

「俺のか」

「お月様の黄色。和菓子に菊を選んでたでしょう。お月見気分になるかなと思って。そろそろ十五夜だし」


自分には、薄い茶色の茶碗を選んだ。

菓子皿も出す。


野菊と萩をそれぞれ置いた。


おばあちゃんに教えてもらった作法は、ほとんど忘れた。まあでも何とかなるだろう。


まず、自分の分を点てた。練習する。

久しぶりだから、ルイの分で失敗したくない。


抹茶を入れる。お湯を注ぐ。茶筅を動かす。しゃかしゃかと音がする。


ルイが目の前でじっと見ている。

「そんなに見ないでよ」

「見たことがない」

「やりづらい」

「何をしているのか知りたい」

「あとでやってみる?」

「やる」


やるんだ。やっぱり。


茶筅を動かす。思ったより手が覚えていた。細かい泡が立つ。茶筅を置く。飲んでみる。うん、悪くない。これなら大丈夫そう。


「じゃあ、ルイの点てるね」


茶碗を替えて、さっきより少しだけ丁寧に抹茶を入れた。


さっきより、きれいにできた。


ぽてっと黄色っぽい茶碗をルイの前に置く。


「先に和菓子食べて」

「先なのか」

「そう。甘いものを食べてから、お茶」


ルイは野菊を持ち上げた。

「これだけ形を作っても、食えばなくなる」

「だからいいんじゃない?」

「なぜだ」

「見て、食べて、楽しむ贅沢」


ルイが私を見る。

「そうだな」


野菊を食べる。

「うまいな」

「そのあとお茶飲んでみて」

ルイが茶碗を取る。


一口飲んだ。少し間があった。

「いいな。これはこの順番だからいいんだな」

「そうだね」


「よし。ミオの分をいれてやろう」


悶絶した。


庭の方を見る。庭で日向ぼっこをしていた猫がこちらを見た。





別の日。おじいちゃんのお墓参りに行った。おじいちゃんの好きだった龍の描いてあるビールを持っていく。

ルイも来た。

「何をする?」

「おばあちゃんがちょくちょくきて、きれいにしてるから掃除はいいかな。ビール供えて、線香あげて」


「そのあとは」

「手を合わせる」

「何を祈る」

「別に祈らなくてもいいんじゃない? 私は近況報告みたいな感じ」

ルイはそれ以上聞かなかった。

ビールを供えて、線香をあげる。手を合わせる。


おじいちゃん。

今、おばあちゃんちに住んでます。異世界からきた王子も一緒です。


それだけ頭の中で言った。

ルイも隣で手を合わせていた。何を考えているのかは聞かなかった。


帰りに、おばあちゃんが檀家になっている寺にも寄った。ルイは墓地より、そっちの方が気になったらしい。建物を見て、屋根を見て、境内の石碑を読んでいる。


「いつも何でも読んでますけど、面白いですか」

「ああ。この年に寄付を募って、山本の家がいくつも寄付をしている。清水の名もあるぞ」

「それはよかったですね」

「お前の家の話だろう」

「そうなんですね」


「寺の者に詳しくーー」

「いやいや、帰りましょう」


笑いながら腕を引いた。

そして帰り道の途中に思い出した。


「あ」

「今度はなんだ」

「喫茶店」

そうだった。帰りに喫茶店にも行こうと思っていたんだった。前におばあちゃんとお墓参りに来た時に、帰りに寄ったお店。名前を検索する。出てきた。

「まだある」

なんだか、それだけでうれしかった。


扉を開けると、からん、とベルが鳴った。

店の中は少し暗かった。木のテーブル。使い込まれた椅子。壁の時計。コーヒーの匂い。


「ああ、ここだ」

覚えている。

窓際の席。カウンター。

奥に並んだカップ。


会社にいたころは、こういう店にはあまり行かなかった。誰かが新しい店を見つけてくる。雑誌に載っていた店。駅の向こうにできたカフェ。

天井が高くて、外国の人が多くて、雰囲気がスタイリッシュで、そして値段が高い。嫌いだったわけじゃない。楽しかったと思う。


でも。


「決まったか」

メニューの向こうからルイが聞いた。

「うん。ブレンドコーヒーとレアチーズケーキ」

「迷わないんだな」

「これを食べに来たからね」

ルイも同じものにした。


しばらくして、コーヒーとケーキが運ばれてきた。フォークを入れる。


一口。

濃い。少し酸っぱい。甘い。滑らかな口当たり、そして舌の上で溶けた。


コーヒーを飲む。

「……おいしい」


ルイも食べている。

「どう?」

「うまい。濃厚なのに後味がさっぱりしている。これは……うんぬんかんぬん」


「でしょ」

目の前のお菓子作り博士の蘊蓄を聞き流して、自分の手柄のように言ってみる。ああ、美味しい。味わいが染みる。


ゆっくり食べた。

「私、ここ好きなんだよね」

言ってから、また一口たべた。

毎日21:10更新予定です

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