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結論から言うと、ピーマンたっぷりの卵おかかチャーハンは、普通だった。
まずくはない。普通においしい。ピーマンと卵とおかかと醤油なので、だいたい想像した通りの味がする。
「どうだ」
向かいに座ったルイが聞いた。
「普通においしいですよ。でも、また明日も食べたいかって聞かれたら、別に」
ルイも一口食べた。しばらく噛んでから、
「確かに。悪くはないが、これでなければならない理由もないな」
「でも、ピーマンが余ったときにはいいかも」
「まだまだピーマンはあるぞ」
「明日は違うものにしてください」
「分かった」
それからルイは、ときどき料理をするようになった。毎日ではない。
朝ドラのあと、突然、
「昼は俺が作る。冷蔵庫に鶏肉があっただろう」
と言い出したりする。
親子丼を作った。焼きうどんも作った。
一度、肉じゃがを作ろうとして、レシピによって水の量が違うことに気づき、三十分くらい調べていた。
「鍋の大きさも、じゃがいもの種類も、火力も違う。これでは同じ結果にならないだろう」
「家庭料理って、そういうものなんじゃない?」
「再現性が低すぎる」
ぶつぶつ言いながら作った肉じゃがは、おいしかった。
最初のころは、ごま油の「少し」が分からないと言っていた人なのに、ずいぶん進歩したものだ。
そのうち、お菓子にも手を出した。
気づいたときには、パソコンに「菓子作り 初心者 失敗しない」と表示されていた。
「お菓子作るの?」
「作ってみる。料理より分かりやすい」
ルイが画面を指した。
「小麦粉百二十グラム、砂糖四十グラム、バター六十グラム。焼成温度百七十度、十八分。最初からこう書けばいい」
「お菓子は分量を勝手に変えると失敗するからね」
「なぜ料理は変えていい」
「さあ」
「また知らないのか」
「そういうものだから」
言ってから、ちょっと笑った。この会話を何度しただろう。
最初に作ったクッキーは、少し硬かった。
味は悪くない。でも、さくっ、ではなく、がりっ、とする。
「硬いね」
「レシピ通りだ」
ルイはクッキーを割った。断面を見る。食べる。しばらく黙ってからパソコンへ戻った。
「混ぜすぎた可能性がある。次は混ぜる回数を減らす。条件を変えるなら一つずつだ。同時に変えたら原因が分からない」
お菓子作りと、この人は、たぶん相性がいい。
次に作ったのはプリンだった。
卵と牛乳と砂糖。材料だけ見れば簡単そうなのに、ルイはクッキーのときより長く調べていた。
「卵は温度で固まる」
「そうですね」
「卵白と卵黄で凝固する温度が違う。牛乳と混ぜればまた変わる。加熱しすぎれば『す』が入る」
「へえ」
「湯煎にするのは、急激に温度を上げないためだ」
「へえ」
ルイがずっと喋っている。任せる。私は食べる係でいい。
しばらくして、プリンが四つできた。湯煎から出した器を、ルイが台の上に並べている。それを見ていたら、ふと思い出した。
「一個、今食べよう」
「まだ冷えていない」
ルイがこっちを見た。
「冷たいのもおいしいけど、できたてのあったかいのもおいしいよ。お店では食べられないし」
言ってから、思い出した。
おばあちゃんと作ったことがある。たしか、私は混ぜる係だった。
「そんなに混ぜたら泡だらけになっちゃうよ」
と笑われた。
できあがったプリンを冷蔵庫に入れようとしたら、おばあちゃんが一個取った。
「食べちゃおうか」
「今?」
「作った人の特権」
二人で、まだ温かいプリンを食べた。
おばあちゃんは、
「あったかいプリンは、家で作った人しか食べられないからね」
と笑いながら言っていた。
「作った人の特権なんだって」
「なら、お前は作っていないだろう」
「まあまあ。いいから一個ください」
ルイは少し考えて、器を一つこっちへ寄せた。自分の分も手元に用意する。
スプーンですくう。口に入れた。温かい。
「ああ」
これだ。
「どうした」
「おいしい」
もう一口食べる。
ルイも温かいプリンを一口食べた。
「悪くない。冷やしたものとは食感が違うな」
温かいプリンは、あっという間になくなった。
優しくて甘かった。そしておいしかった。
そうだ。こういうの、好きだった。
数日後。
洗濯物を取り込んで、縁側に座った。
庭に猫がいる。
日向で横になって、前足を伸ばしている。目を細くして、気持ちよさそうだ。
しばらく見ていた。
猫があくびをした。大きく口を開ける。牙が見えた。そのまま、何事もなかったように目を閉じる。
部屋へ行った。机の上の、缶の中のスケッチブック。短くなった色鉛筆。持って、縁側へ戻る。
猫はまだいた。
描く。
頭。耳。背中。
あれ。こんなだっけ。
猫を見る。
紙を見る。
もう一本、線を引く。
お腹。前足。猫が動いた。
「あ」
さっきまで伸びていた前足を、体の下にしまってしまった。仕方がないので、そのまま描く。
しっぽ。
また猫が動いた。
今度は横を向いた。
描けば描くほど下手になる。
ブサイクな猫の出来上がり。
「何をしている」
後ろから声がした。
振り向くと、ルイが立っていた。
「……猫です」
ルイが紙を見る。少しだけ眺めて、くしゃっと笑った。
「猫だな」
そう言って、台所へ戻っていった。




