10
私は洗濯が好きだ。
正確に言うと、洗濯機を回して、干すのが好きだ。シーツ、上掛け、枕カバー、ソファーカバー。洗えるものは、何でも洗う。
天気のいい日に大きなものを洗って、庭いっぱいに干す。ぱりっと乾いたシーツに顔を埋めて、お日様の匂いを感じながら寝る。最高だ。
その日も朝からシーツを洗った。天気予報も晴れだった。
なのに。昼間急に空が暗くなった。
ぽつ、と大きな雨粒が窓を叩いた。
「あ」
次の瞬間には、ざあっと来た。
「うそ!」
庭へ飛び出す。
服や靴下を取り込んでから、シーツを取り込む。大粒の雨が、すでにシーツを盛大に濡らしていた。
慌てて取り込む。びしょびしょだ。
朝、洗ったのになあ、また洗いなおしだな。
ルイが来た。私の頭にタオルを乗せてさっていった。AIとのお付き合いを中断して様子を見にきてくれたらしい。
替えのシーツを探すことにした。
今、私が寝起きしている部屋は、昔からおばあちゃんちの寝起きしている部屋だ。押し入れを開ける。
布団。毛布。座布団。ないなあ。
上の段を探す。
ない。
奥まで手を伸ばす。
何か硬いものに触れた。引っ張り出す。
缶があった。古い、お菓子の缶。花だか果物だかの絵が描いてある。見覚えがある。
なんだっけ。
畳の上に置いて、蓋を開けた。
「…………あ」
紙の人形が出てきた。女の子。
鉛筆で描いて、色鉛筆で塗って、輪郭に沿ってハサミで切ってある。
覚えてる。
私が描いた。
その下から、服が出てきた。
ワンピース。スカート。ブラウス。コート。靴。バッグ。いっぱいある。全部、紙。
「ああ……」
これ。やってた。
人形を描いて、それに着せる服を描いた。
テレビを見ていて、かわいい服が出てくると描いた。雑誌を見ても描いた。気に入った服を見つけると、覚えておいて描いた。
色を塗る。ハサミで切る。人形に重ねる。
似合わなければ、また描く。
次は何を着せよう。どんな色にしよう。
赤いスカート。黄色いワンピース。青いコート。花柄。水玉。リボン。一枚着せるたびに、同じ紙の人形が違って見えた。
世界が鮮やかになる。
そうだ。
これが、ものすごく楽しかった。
一枚取る。次も見る。その次も。
よくこんなに作ったな。
缶の中には、まだいろいろ入っていた。
小さなスケッチブック。短くなった色鉛筆。折り紙。厚紙。シール。何だか分からない工作。おばあちゃんへの手紙もあった。『おばあちゃんへ』読んでみたら、たいしたことは書いていない。遊んでくれてありがとうとか。また来るねとか。
「……こんなのまで」
笑った。捨てといてくれてよかったのに。
何年前だろう。ずっと、ここにあったんだ。
おばあちゃん。
持っていてくれたんだ。
スケッチブックを開いた。花、猫、庭、コップ、おばあちゃん。
次のページには、自分の左手。次も角度の異なる手。
鉛筆。消しゴム。みかん。庭に咲いていた花。台所にあった野菜。なんでも描いている。
そうだった。私、ずっと描いてた。紙があると描いた。
チラシの裏。ノートの隅。電話の横に置いてあったメモ帳。宿題の余白。
鉛筆があれば描いた。消しゴムがあれば、消して、また描いた。
描いて。塗って。切って。また描いた。
一つ思い出すと、次が出てくる。
この部屋でも描いた。縁側でも描いた。おばあちゃんの隣でも描いた。
夏休み。冬休み。雨の日。夜。
いくらでも描いていた。よく飽きなかったな。
ページをめくる。まためくる。こんなにあったんだ。こんなに描いてたんだ。
なのに。
次のページに指をかけて、止まった。
「…………」
急に、胸が苦しくなった。なんで。
この缶に入っているのは、楽しかったものばかりだ。なのに、苦しい。スケッチブックを閉じた。
机の上に置く。缶の中には、色鉛筆がある。赤。青。黄色。緑。短くなったものばかり。
手を伸ばして、指が途中で止まった。
「……シーツ」
そうだ。
シーツを探していたんだった。
押し入れに戻る。反対側を探す。
探していたよりずっと手前に、替えのシーツがあった。探し物は意外と手前の方が見つからない。引っ張り出す。これでいい。
立ち上がった。机を見る。古いお菓子の缶。
片づけようと思った。元の場所に戻せばいい。でも、戻せなかった。缶は開けたまま、机の上に置いた。
シーツを布団の上に置いて部屋を出た。
毎日21:10更新予定です




