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勇者のくせに転生したら青スライムだったのですが、なにか?【全年齢版】  作者: ひぽぽたます


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第5話 古代のひみつ道具

 厚い灰色の雲に覆われた空の下、断崖絶壁の上に築かれた巨大な城塞都市があった。黒ずんだ石造りの高い塔や細い尖塔が密集し、全体に無機質で冷たい印象を与える。崖の下には静かな海と小さな港が見えるが、人影はなく、嵐の前のような重苦しい空気に包まれていた。そこは魔族たちの領域――魔王の本拠地である。


「ふぅ……着いた」


 魔王は重い足取りで城塞都市の入口に到着した。あの勇者の攻撃で受けた傷はまだ癒えていない。全身に鈍い痛みが走るが、それでもここまでたどり着けたのは不幸中の幸いだった。勇者に襲われたこと自体は腹立たしい限りだが、あの状況で命を落とさずに済んだだけでも良しとすべきだろう。


 しかし、勇者への恨みが晴れたわけではない。


「なんなのよ あの女は…… いきなり襲いかかってきて……」


 魔王は忌々しげに呟いた。勇者の行動はあまりにも理不尽だった。自分はただニワトリを探していただけなのに、魔王だというだけで容赦ない攻撃を浴びせられた。


 あの時の恐怖と怒りが、今も鮮明に蘇る。もし、あの時反撃したとしても、勝てたかどうか分からなかった。正直、悔しいというより恐ろしいという気持ちの方が強い。


「勇者って みんなああなのかしら…… いえ 違うわ あいつはただのバカよ 相手の事情も聞かずに襲いかかるなんて……」


 魔王は自分の言葉に自分で納得したように頷いた。あれは勇者というより、ただの暴力女だ。そんな人間が勇者として選ばれているというのが信じられない。


「でも あの男の人には感謝しないとね お礼も言わずに帰ってきちゃったわ」


 転移魔法を使った先で出会った男――ギルドマスターのことを思い出す。


 あの男は魔族である自分に対しても、全く動じた様子を見せなかった。むしろ冷静に状況を把握しようとしていたように思える。最初は警戒されたが、事情を話したらすぐに理解してくれた。そればかりか、食料まで恵んでくれたのだから、感謝しないわけにはいかない。


「人間にも ああいう人がいるのね……」


 魔王は遠い目をしながら呟いた。無闇に攻撃してくる勇者もいれば、助け船を出してくれる奇特な者もいる。そう思うと、少しだけ救われる気がした。


「とにかく まずはこの傷を治さないと」


 魔王は溜め息をつきながら、城塞都市の中に入っていった。一刻も早く安全な場所で休息を取り、体力を回復させたい。そうすれば、あの憎っくき勇者への仕返しを考える余裕もできるだろう。


◇ ◇ ◇


「主様 おかえりなさいませ」


 聞き慣れた機械的な声が響いた。黄色い前開きのボディスーツに赤い首輪を付けた猫型ゴーレム。旧文明の時代から魔王一族に仕える忠実な家臣である。魔王にとっては幼少期からの教育係であり、世話役でもある。冷静で効率的な彼女は、魔王にとって数少ない信頼できる存在だった。


「ただいま 魔動猫」


 魔王は疲れた声で答えた。魔動猫は主の顔を一瞥すると、わずかに眉をひそめた。


「お怪我をなさっているようですが 何がありましたか?」


「ちょっとね 勇者に襲われたのよ もう最悪だったわ」


 魔王は経緯を話した。勇者との遭遇、一方的な攻撃、ニワトリを追いかけていたのに誤解されたこと、転移魔法で逃げたこと、偶然出会った人間の男に助けられたこと。魔動猫は時折短い相槌を打ちながら、主の話を静かに聞き続けた。


「なるほど それでそのような傷を 治療が必要ですね」


 魔動猫は無駄のない動作で主の傷を丁寧に診察し始めた。古代文明の遺産である彼女の知識があれば、傷の治りは早くなるだろう。魔王は椅子に腰かけながら、治療が終わるのを待った。


「ねぇ 魔動猫」


「はい なんでしょう」


「人間って ほんと面倒ね 自分たちと違うっていうだけで 攻撃してくるんだから」


 魔動猫は治療の手を止めずに答えた。


「未知の存在を本能的に恐れるのでしょう ですが 全ての人間がそうというわけではありません 主様もご存じのように 中には賢明な者もいます」


「まぁ そうだけど……」


 魔王は複雑な表情を浮かべた。あの男は確かに例外だったが、大多数の人間はそうでない。


「でも やっぱり面倒なのは変わらないわ 何で私は魔王なんて役目を押し付けられちゃったのかしら こんなの 誰も喜んでやりたい仕事じゃないでしょうに」


 魔動猫は作業を続けながら、事務的な口調で応じた。


「前任の魔王様が倒されましたので 主様が次の魔王になられたのです 順序に従えば当然の成り行きです」


「その当たり前が嫌なのよ! 誰がそんなシステム作ったのよ!って言いたいわ」


 魔王は頭を抱えた。冷静な魔動猫の言葉に、余計に腹が立ってしまう。システムだとか順序だとか、そういう問題ではないのだ。突然魔王にされて、人間に狙われる生活を押し付けられている方が理不尽すぎる。


「魔王なんて面倒な役目 やりたくないの! しかも 勇者って何よ ニワトリ追っかけてただけで 攻撃してくるなんて 頭おかしいわ!」


 魔王の語気が荒くなり、魔動猫を睨みつけた。魔動猫は全く動じた様子を見せず、治療を続けながら淡々と返す。


「お怒りは理解します ですが 冷静さを保つことが重要です 感情に任せて動けば 新たなトラブルを招くだけです」


「わかってるわよ そんなこと! でも あの女のせいで怪我したんだから 怒りたくもなるでしょ!」


 魔王は声を荒げた。あの勇者のことを思い出しただけで、悔しさと怒りが湧き上がってくる。


「お言葉ですが そのような態度は非合理的です 冷静さを欠けば 正しい判断ができません」


「だからって 理屈っぽく言われても納得できないわよ! あんた 相変わらずロボットみたいなことしか言わないわね! 少しは慰めなさいよ……」


 魔王の怒りが頂点に達し、思わず拳を握りしめた。この忠実なはずの家臣に向かって叫んでしまう。魔動猫は動きを止め、無感情な瞳で主を見上げた。


「主様 私は感情を模倣することは できますが 本質的には無感情です 慰めの言葉を述べることも可能ですが それは主様が真に求めている解決策とは 異なるのではないでしょうか?」


「……もういいわ 黙って治療してちょうだい」


 魔王は疲れたように肩を落とした。魔動猫の機械的な返答はいつも正しい。だが、時々それが耐え難いほど煩わしく感じられる。それでも彼女が必要な存在だということは理解していた。魔動猫がいなければ、自分がどれほど困ることになるか、想像するだけで恐ろしい。


「主様 食事のご準備をしましょうか? それともお休みになりますか?」


 治療を終えた魔動猫が尋ねてきた。その声はいつものように抑揚がない。


「食べましょうか お腹ペコペコだわ」


「承知しました すぐにお持ちいたします」


 魔動猫が部屋を出て行くと、魔王は深い溜め息をついた。疲れと苛立ちが入り混じった複雑な気分だ。しかし、こうして温かい部屋で食事を待てるだけでも、幸せなのかもしれない。外ではいつ勇者が待ち構えているかわからないのだから。


◇ ◇ ◇


 俺と半獣人の少女は採掘場に到着し、今日の作業を始めようとしていた。彼女がトンネルを掘り、俺は周囲の魔力感知で異常がないか注意する。いつもの採掘スタイルだ。しかし、今日はいつもと違って、邪魔が入った。


「こんにちは」


 振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。俺が転生する前、一緒にパーティーを組んでいた仲間の一人、呪術師だ。以前と変わらぬ灰色の上着に黒と紫の縞タイツを身につけている。頭はカボチャのままだった。彼女は俺の横を通り過ぎ、半獣人の少女の方へ向かっていく。どうやら俺に気づいていないようだ。


「あっ カボチャさん」


 半獣人の少女が驚いたように声を上げた。呪術師は彼女の前で立ち止まり、にこやかに微笑んだ。


「こんなところで何してるの?」


「実は魔王のところへ行こうと思っていて この採掘場にある古代の転移装置を使いたいんですよ」


「魔王? なんで?」


「ギルドからの依頼なんです 事情があって……」


 呪術師は事情を話した。以前の戦いでカボチャ頭にされてしまったこと、その呪いを解く鍵が魔族の領域にあるのではないかと考えていること。そして、新しい魔王が人間に対して負の感情を抱き始めていることなどを。


 転移装置を使えば、魔族の領域へ直接行くことができる。便利なものがあるなら使わない手はないだろう。


「へぇ すごいね そんなものがこの採掘場にあったんだ」


「ええ まあ 起動できるかどうかは やってみないとわかりませんけどね とりあえず探してみようと思います」


「それなら 私が手伝うよ 採掘場のことなら詳しいからね 今日も採掘するつもりだったし」


「ありがとう 助かります」


 半獣人の少女は俺を抱き上げて近くの壁に向かって歩き出した。


「その青いスライムは何ですの?」


「あ こいつ? 私の相棒の青いの 魔力を感じ取る能力があるから採掘の時に役に立つんだ」


「へぇ それは興味深いですわ 少し見せていただいても?」


 呪術師は俺をじっと見つめてきた。その視線は鋭く、まるで値踏みするかのようだ。俺は思わず後退りしたくなるのを堪えた。彼女は俺の体を観察しながら、小さく唸った。


「この感じ…… どこかで見たことがあるような」


「ん? カボチャさんが青いのを 知ってるってこと?」


「いえ そうではありませんが……」


 呪術師は俺から視線を外し、再び少女の方を向いた。


「まあいいです それより 転移装置を探しましょう」


 半獣人の少女は俺を抱えてから、採掘場の奥へと足を進めた。


「そういえば カボチャさんは呪術師なんだよね? 魔法とか使えるの?」


「ええ 少しは…… といっても専門は呪術なので 一般的な魔法は不得手ですが」


「へぇ どんなことができるの?」


「そうですね……平たく言えば 運勢を操作したり 悪縁を切ったり といったことが可能です 例えば 特定の人に 幸運を呼び寄せることもできますし 逆に不幸をもたらすこともできます」


「うわぁ ちょっと怖いかも」


「ええ もちろん どんな力も使い方次第です 私はこの力を人助けのために使っていますのでご安心を」


 呪術師は少女の言葉に慌てて付け加えた。確かに呪術は使い方によっては非常に危険な力になり得る。しかし、彼女の専門はあくまで呪いを解くことや、運命を操ることであって、攻撃的な手段として使うことはほとんどない。むしろ、人々の不幸を取り除くことにこそ価値があると考えている。


 ただ、自身の呪いを解くことができない以上、説得力がないと感じられてしまうかもしれない。


「じゃあ 私たちが転移装置を見つけられるように 幸運を呼ぶ呪術を使ってくれる?」


「そうですね やってみましょうか」


 呪術師は懐から小さな水晶を取り出した。そして、静かに呪文を唱え始める。すると、水晶が淡い光を放ち始めた。


 その光は徐々に強くなり、採掘場全体に広がっていく。不思議なエネルギーを感じる。半獣人の少女も興味深そうに見守っている。


「さあ これで私たちに幸運が訪れることでしょう」


 呪術師は水晶をしまいながら微笑んだ。俺は彼女の横顔を見ながら思った。この人は昔からこういうことが得意だった。俺たちが迷宮探索で行き詰まった時も、彼女の呪術のおかげで突破口が開けたことが何度もある。今思えば、彼女は冒険者パーティーにとって重要な役割を担っていたのだ。


「よし じゃあさっそく探してみるよ」


 半獣人の少女は俺を抱えたまま歩き始めた。しばらく進むと、不自然な魔力の波動を感じた。それは特定の方向から漂ってきている。この感じは間違いなく人工的なものだ。おそらく転移装置の痕跡だろう。


「青いのが教えてくれてる こっちに行ってみよう」


 俺は半獣人の少女の腕の中で体を動かし、波動の方向を示した。


◇ ◇ ◇


 魔力の波動を追って進んでいくと、採掘場の最も奥まった場所に到着した。そこには巨大な石碑が立っていた。表面には古代文字が刻まれており、微かに魔力が宿っている。これが呪術師の言っている転移装置に違いない。


「おお 本当にありましたね これがあれば 簡単に魔族の領域へ行けるはずです」


 呪術師は嬉しそうに石碑に近づいた。そして、表面の文字を読み解き始めた。その横顔は真剣そのものだ。彼女がこのような表情をする時は、必ず成功する。


「この石碑が転移装置なの? 何か文字がいっぱい書いてあるけど 読めるの?」


「ええ 一応 こういった古代の碑文は勉強していますからね さて 起動できますかね……」


 呪術師は懐から魔石を取り出し、石碑の台座に据え付けた。すると、石碑全体が青白い光に包まれていく。刻まれた文字が次々と浮かび上がり、複雑な魔法陣を形成していく。見る見るうちに魔法陣が完成し、眩い光が弾けた。


「成功したみたいですわ」


 呪術師は安堵の息をついた。これでようやく目的地にたどり着ける。魔王との接触も実現できる。


「よかったね カボチャさん 私も手伝った甲斐があったよ」


「ええ 本当にありがとう この恩は忘れませんよ」


 呪術師は丁寧に頭を下げた。半獣人の少女は照れくさそうに笑った。


「いいよいいよ それより カボチャさんはもう行っちゃうの?」


「もちろん すぐに魔族の領域へ向かいます やることがありますから」


 半獣人の少女は寂しそうな表情を浮かべた。せっかく仲良くなれたのに、すぐに別れてしまうのは惜しい。


「そうなんだ 気をつけてね」


「大丈夫ですよ 私 こう見えても強いですから」


「でも 無理はしないでね」


「ありがとうございます では これにて」


 呪術師は魔法陣の中に足を踏み入れた。


 呪術師の姿は光の中に消えていった。残されたのは、魔法陣の名残の光だけ。


「行っちゃった……」


 少女は小さく呟いた。俺は彼女の腕の中で、呪術師の背中が消えていった空間を見つめていた。彼女の行方を案じる気持ちもあるが、それ以上に複雑な感情が込み上げてくる。かつての仲間が目の前にいたのに、俺がスライムになっているせいで話すことすら叶わなかった。それがどうしても心残りだ。

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