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勇者のくせに転生したら青スライムだったのですが、なにか?【全年齢版】  作者: ひぽぽたます


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第3話 魔王討伐

 勇者の私室。戦いに備える者の部屋らしく、剣や鎧は整然と並べられていたが、当の本人は珍しく気を抜いていた。


 魔王討伐の重圧、王国から寄せられる期待、そして終わりの見えない任務。誰にも見せないところで緊張をほどく時間くらいは、勇者にも必要だった。


 廊下の向こうで足音が止まる。勇者ははっと顔を上げ、急いで身支度を整えた。


「……誰か来たか」


 ほどなくして、扉の向こうから聞き慣れた声がした。ギルドマスターだ。勇者は深く息を吸い、いつもの凛とした表情を作った。


◇ ◇ ◇


「……さて どうしたものか」


 ギルドマスターは小声で呟く。今、入って行ってはまずい。一旦扉から離れ、気配を消しながら待機する。


「…………」


 しばらくすると衣擦れの音が聞こえ始めた。どうやら服を着始めたようだ。


「そろそろ大丈夫か 失礼するぞ 勇者殿」


 ギルドマスターはノックをして扉を開けた。入室して目にしたのは、騎士としての正装に身を包み、真面目な表情で椅子に座る勇者だった。先ほどの痴態が嘘のように、普段の凛とした雰囲気に戻っている。


「ああ マスター 何か用かな?」


「伝えておきたいことがあってな」


「なんでしょう?」


「古い採掘場で魔王らしき者が 目撃されたと報告があった」


「魔王が?」


 勇者の瞳に、獲物を見つけた狩人のような光が宿る。普段の冷静さが消え、戦士としての本能が全身を支配していた。


「ああ 半獣人の少女からの情報だ 目撃されたのは角と翼を持つ女らしい 紅い瞳をしていて 相当な魔力を感じたと言っていた 魔王か それに匹敵する高位の魔族かもしれん」


 ギルドマスターの言葉に、勇者の瞳がさらに輝きを増す。椅子から立ち上がり、拳を強く握りしめる。


「魔王……ついに現れたか これは千載一遇の好機だ!」


 勇者の声には興奮が滲み、戦いへの渇望が漲っていた。普段の理性的な面影は消え、ただ敵を討つことだけを考えているようだった。


「本当に魔王かどうかは……」


「構わない 仮に違うとしても この国に災厄をもたらす存在ならば排除するのみ 一刻も早く討たねばならない」


 勇者の言葉に、ギルドマスターは僅かに眉を寄せる。彼女の気持ちはわかる。しかし、相手の正体や目的について何も知らずに討伐に向かうのは早計だとも思う。


「なぜその魔族が採掘場に現れるのか その理由も確かめるべきだ 無闇に刺激するのは逆効果かもしれん」


「理由など知ったことか 魔族は悪であり 我々人類の敵だ それ以上でも以下でもない」


 彼女の言葉は冷酷にも聞こえるが、それだけ本気だということでもある。魔王討伐に対する執念は並々ならぬものがある。だからこそ勇者としての地位を得たのだろう。


「そうか……わかった だが くれぐれも無茶はするな 相手の力量もわからんのだ」


「心配無用 私は最強の勇者だ」


 自信満々に胸を張る勇者に、ギルドマスターはため息をつく。これ以上は何を言っても無駄だろう。彼女の強さは認めているが、同時に猪突猛進になりやすい一面も知っている。


「……明日だ 今夜はゆっくり休んでおけ」


「了解した」


 彼女は力強く頷き、椅子に座り直した。討伐に向けて心の準備をしているのだろう。その横顔は、先ほどの痴態が嘘のように凛々しく、まさに勇者としての威厳を取り戻している。


「採掘場の案内だが 半獣人の少女が定期的にあそこに行っている 明日の朝 彼女の家を訪ねるといい」


 ギルドマスターの提案に、勇者は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに了承した。


「わかった 案内が必要なのも道理だな 明朝 彼女の家を訪ねるとしよう」


「ああ くれぐれも無茶はするなよ」


 ギルドマスターはそう言い残し、部屋を後にした。一抹の不安を覚えながらも、今は彼女を信じるしかない。


◇ ◇ ◇


「誰? こんな朝っぱらから……」


 少女の言葉には困惑が滲んでいた。普段、彼女の家を訪れる者などほとんどいない。いつも採掘場とこの家を往復するだけの生活だ。


「どなた?」


 すると玄関の方から返答があった。


「私だ 勇者だ」


 勇者本人がこんな辺境の家を訪れるとは思ってもみなかったのだろう。その声を聞き、少女は驚いたように目を見開いた。


「え? 勇者? 何の用?」


 少女は警戒しつつも、勇者を迎え入れる。


「失礼する 昨夜 ギルドマスターから聞いたのだが 魔王らしき者が採掘場に現れたそうだな 報酬は出すから案内してくれないか」


 洞窟で出会ったあの魔族が本当に魔王なのかは分からないが、少なくとも危険な存在であることは間違いない。それを討伐するというのなら、協力しない理由はない。


「そのことか いいよ 採掘の邪魔だから どっかに行って欲しいと思ってたところ」


 少女の快諾に、勇者は安堵したように頷いた。


「そうか 感謝する」


 口調は淡々としていたが、その瞳には闘志が宿っている。戦いを前にした戦士の眼差しだ。


「よろしくね! 勇者さん!」


「ああ こちらこそ」


「それじゃあ 準備するからちょっと待ってて」


 少女は採掘用の道具を取り出した。つるはしと麻袋を背負い、しっかりとした革のブーツを履く。簡素だが実用的な装備だ。準備を終えると、再び俺を抱き上げて玄関へ向かった。


「準備できたよ 案内するね」


「ああ よろしく」


 勇者は短く応じると、少女に先導されて家を出た。


 しばらく丘陵を歩き、俺たちは採掘場に到着した。これまで魔石を求めて来た場所だが、今日は別の目的がある。


「ここが採掘場だよ 魔石を掘ってる場所」


「どこで魔王を見たんだ?」


「私たちが魔石を掘ってた洞窟の中だよ 何か探してるみたいにうろついてた」


「魔石か 或いは別の何かか……」


 勇者は注意深く採掘場を見渡した。彼女は常に警戒を解かない。戦士としての習慣が染み付いているのだろう。


「青いの 何か感じる?」


 少女は俺を抱き上げ、問いかけてきた。腕の中で周囲の気配を探る。ここには多くの魔力が満ちている。壁から染み出す魔力が肌に触れるように感じられるが……


(ぷるぷる……)


 俺は首を横に振った。今は特に強く反応する箇所はない。


「うーん 特に感じないみたい」


「そうか だが油断は禁物だ 魔王が現れたら私が必ず倒す」


 勇者の言葉には揺るぎない自信が込められていた。彼女は本当に魔王を倒すつもりなのだ。しかし、俺には一抹の不安が残る。もし本当に魔王だったとして、倒すべき存在なのか。そして、倒すことで何が起きるのか。


「とりあえず掘ってみようか?」


 少女の提案に、勇者は少し考えてから頷いた。


「そうだな 魔王が再び現れるかもしれん ここで待機しつつ 様子を見るとしよう」


「わかった それじゃあ掘ってくるね」


 少女は俺を地面に下ろすと、つるはしを持って洞窟の入口へ向かった。


「青いのも一緒に来てね」


 俺は少女の後を追って洞窟に入った。ゲジゲジも心配だが、魔王の気配にも注意を払わねばならない。洞窟の薄暗い空間を、俺たちは慎重に進んでいった。


◇ ◇ ◇


「炎よ 焼き尽くせ!」


「きゃぁっ!」


 勇者の放った炎が魔王に命中し、凄まじい爆音と共に洞窟内が激しく揺れた。魔王は悲鳴を上げ、崩れ落ちるように膝をついた。


「あっつ!なんでこんなことするの!? 私何も悪いことしてないのに!」


 彼女の叫びは洞窟内に響き渡る。確かに、魔王は何か具体的な悪事を働いたわけではない。何をしに来たのかはわからないが、少なくとも俺たちに危害を加えたわけではなかった。しかし、勇者は容赦なく次の攻撃を放とうとしていた。


「黙れ 魔王め お前の存在そのものが悪なのだ」


 勇者の冷酷な言葉に、魔王は怯えた表情を見せた。角と翼を持つ美しい姿は、血に汚れ、傷だらけになっており、その瞳には憎しみよりも恐怖の色が濃かった。


「だから魔王になんてなりたくなかったのに…… 急にやれって言われて……」


「言い訳はいい おとなしく滅せられろ」


 勇者は魔王の悲痛な訴えを聞き流し、再び攻撃態勢に入る。魔王は必死に後退しようとするが、足を引きずっている。


「待って! お願い! 聞いてよ!」


「問答無用!」


 勇者は再び魔法を唱えようとした。


「あっ……」


 その時だった。魔王は小さな声を漏らした。スライムの群れが、ちょうど一つの魔石を生み出していたのだ。暗い洞窟の中で幻想的な光を放つ魔石。魔王はそれに気づくと、這いつくばったまま素早く手を伸ばした。


「魔石……」


 小さく呟くと、何らかの動作を始めた。両手で魔石を包み込み、詠唱のようなものを口ずさむ。すると、魔石から強烈な光が溢れ出した。


「まさか……! 転移魔法……?」


 転移魔法。一瞬で遠く離れた場所へ移動する高位の術だ。勇者が驚きの声を上げる間に、魔王は既に魔法陣を完成させていた。彼女の体が宙に浮かび、光に包まれ始める。


「待て! 逃げるな!」


 勇者が慌てて駆け寄ろうとするが、時すでに遅かった。魔王は既に光の粒子となって姿を消そうとしていた。


 去り際に魔王は一瞥をくれ、わずかに哀愁を帯びた表情を見せた。それは憎悪や侮蔑ではなく、何か言い残したことがあったような、そんな目つきだった。


「くっ 逃げられたか……」


 勇者は悔しそうに呟いた。魔王を倒すチャンスを逃したことに対する後悔が顔に滲んでいる。しかし、勇者の瞳の奥にはまだ諦めの色はない。次こそは必ず仕留めるという執念が見え隠れしていた。


◇ ◇ ◇


 魔王は池の縁にしゃがみ、水面に映る自分自身を見つめていた。さっきまでの激しい戦いがまるで嘘のように、辺りは静寂に包まれている。夕日が池を赤く染め、美しい光景を作り出していた。しかし、その美しさとは裏腹に、魔王の体には火傷の痕が生々しく残り、髪や衣服には血と泥が付着していた。


「ううっ……勇者め……」


 小さな声で呟く。勇者の攻撃によって負った傷が、まだズキズキと疼いていた。特に背中の火傷は酷く、動かすたびに激痛が走る。少しでも痛みを和らげるために、池の水に手を浸した。冷たい水が火照った肌を癒してくれる。


「冷たい……」


 魔王はゆっくりと水を掬い、火傷の上に注いだ。痛みは軽減されるものの、完全に治るわけではない。彼女はそのまま池に身を乗り出し、顔や髪についた汚れを洗い流した。血と泥が水に溶け、流れ去っていく。


「はぁ……」


 洗い終えると、少しだけ気分が楽になった。しかし、まだ背中が痛む。深いため息をつき、空を見上げた。茜色に染まった空が、すべてを包み込むように広がっている。美しい光景だが、今の彼女には何の慰めにもならなかった。


「魔王なんてやりたくないのに……」


 魔王は小さな声で呟いた。本当はもっと穏やかに暮らしたかった。誰かに恨まれるようなこともしたくない。しかし、運命は彼女に魔王としての役割を押しつけた。前任の魔王が倒れた後、空席となったその座を埋めるように強制されたのだ。


「これからどうすれば……」


 魔王という存在であること自体が、人間にとっての脅威とみなされる。好きなわけでもない役割のせいで、理不尽に攻撃されるのだった。彼女には魔王としての使命感もなければ、人間を恨む理由もない。ただ、そこに在るだけで敵とみなされる矛盾に、深いため息をついた。


「痛いよ……」


 背中の火傷がまた疼き始めた。魔王は顔をしかめ、傷口をそっと撫でる。転移魔法を使った反動もあり、体全体が重い。今夜はもう動けそうにない。池のほとりに腰を下ろし、しばらくじっとしていた。


 突然、足音が聞こえてきた。魔王は反射的に身構えるが、その動きもぎこちない。夕暮れの中、一人の男が近づいてくる。上半身は銀色の重厚な金属鎧で守られているが、下半身はあられもない格好をしている。露出の多い装備に対して恥ずかしがる様子もなく堂々としていた。


 魔王は逃げることも戦うこともできない。せめて警戒を解かないように、彼を睨みつけた。


「魔族か……?」


 男は魔王の角と翼を見て、警戒の色を強めた。しかし、彼女の弱々しい姿を見ると、すぐに武器を構えようとはしなかった。ただ、不審そうに彼女を見つめている。


「魔族……だけど 何もしないから……」


 魔王はか細い声で答えた。逃げることも戦うこともできない彼女には、対話以外の選択肢がなかった。男は訝しげな表情を浮かべているが、殺気は感じられない。


「なぜこんなところで怪我をしているんだ?」


 男は率直に尋ねてきた。魔王は少し考えたが、嘘をつく気にもなれなかった。


「勇者に襲われた……」


「勇者に……」


「うん……私が魔王ってだけで いきなり攻撃してきた」


 魔王の口調は、不満とも諦めともつかない響きを帯びていた。襲われた理不尽さへの憤りはあるが、何度も経験してきた出来事に対する諦観も混じっている。彼女は膝を抱え込み、池の水面に映る夕焼けをぼんやりと眺めていた。


「それは……災難だったな」


 男は、少し困ったような表情を浮かべながら答えた。魔王と直接対峙するのは初めてだが、目の前の女性が想像していたような恐ろしい存在とはほど遠いことに気づいている。彼女は明らかに疲弊しており、危険な気配は感じられなかった。


「うん 私はただ から揚げに使うニワトリを 捕まえようとして洞窟に入っただけなの 別に悪いことじゃないでしょ?」


「確かに ニワトリは…… まあ 食料だからな」


「そう から揚げにすると美味しいの」


 ギルドマスターは、少しばかり困惑した表情を見せた。魔王という存在が、このような人間くさい理由で行動しているとは思わなかったのだろう。


「から揚げか 美味そうだな」


「食べたことあるの?」


 魔王は身を乗り出して訊ねた。さっきまでの疲労の色が薄れ、かわりに興味深そうな表情が浮かんでいる。ギルドマスターは少し驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。


「ああ 前に食べたことがある 美味しかった」


「どんなから揚げだった?」


「普通のから揚げだ 特別な作り方とかじゃなくて 家庭料理というか」


「どんな味だった? 下味は? 衣はどうだった?」


「ああ うん……シンプルな醤油ベースで 衣はカリッと……」


「やっぱり醤油ベースがいいよね! でもこの世界の醤油って なんか味が薄くて物足りないんだよね 色も薄いし 香りも弱いし……」


 魔王は興奮気味に早口で話し始めた。先ほどまでの疲労感はどこへやら、から揚げ談義に熱中している。ギルドマスターは彼女の変化に戸惑いながらも、その熱意に少し圧倒されているようだった。


「異世界の醤油ってもっと深い琥珀色で もっとこう……香ばしい匂いがするの 舌に載せた時のコクがすごいんだよ この世界のは……なんだか水っぽい感じがする」


 魔王の目は輝いていた。まるで子供のように、異世界の記憶に残る味を懐かしんでいる。ギルドマスターは、その変わりように少し苦笑しつつも、彼女の話を聞いていた。彼女が言う「異世界の醤油」は、彼自身の記憶にある味そのものだった。

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