第2話 魔石を持ってギルドへ行ったら変なのがいた
爽やかな風が頬を撫でる。緩やかな丘陵の向こうには白い峰が連なり、麓には花の咲き乱れる草地が広がっている。少女は大きく伸びをすると、腰に提げた財布を確かめた。中には昨日手に入れた金貨一枚の重みがある。俺はというと、そんな少女の足元でぽよぽよと跳ねながら後に続いている。
「さぁ行くぞ 魔石を5個集めなきゃならないからな!」
彼女は拳を突き上げて意気込みを新たにする。しかし俺は内心不安でいっぱいだった。5個も掘り出すとなると相当の時間がかかるだろうし、危険な生物と遭遇するリスクも高まる。だがそんな俺の心配をよそに、彼女は軽快な足取りで採掘場へと向かっていく。
「今日もいい感じの魔石が見つかるといいな~」
能天気な少女の後ろをついて行きながら、俺は生存確率を計算していた。この体は柔軟性に優れているようだが、物理攻撃への防御力はほとんど無い。一度攻撃を受けたらアウトだろう。そのためには感知能力を最大限に活用し、危険を未然に回避する必要がある。
「よーし着いたぞ!」
採掘場は相変わらず閑散としていた。朽ちかけたトロッコの車輪や折れた木材が放置され、どこか陰鬱な雰囲気が漂っている。
「どこから掘ろうかな~ ……あそこの割れ目とかどうだ?」
彼女が指差した岩壁には確かに亀裂が走っているが、俺のセンサーはそこから微弱な魔力を感知していた。多分スライムが湧いてくるだろう。そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、彼女は嬉々としてつるはしを振り上げる。
「おらぁっ!」
ガン!と鋭い音が響き渡り、岩が崩れ落ちた。すると予想通り、緑色のゼリー状生物が次々と姿を現す。
「きたきた! よーし どんどん掘るぞ!」
少女は興奮気味に叫びながらスライムの群れへ突進していく。俺は慌ててその後を追った。魔力の流れを感じ取りながら彼女を誘導する。
◇ ◇ ◇
カン!という音と共に5つ目の魔石が出現した。これでノルマ達成だ。俺は安堵のため息をつきながら周りの安全を確認する。幸い近くに敵はいないようだ。
「ふぅ…… 流石に疲れたな でも 本当に5つも見つけられるとは思わなかった!」
半獣人の少女は汗を拭いながら爽やかに笑う。布袋の中には、青く輝く魔石がきっちり5個収められていた。危険を冒してここまで来た甲斐があったというものだ。
「よし そろそろ撤収しようか!」
少女はそう宣言すると、早速帰路につこうとした。その時、俺の感知能力が強く反応した。前方から大型の魔物の気配が近づいてくる。まだ距離はあるが、このまま進むと確実に遭遇してしまうだろう。俺は急いで少女の気を引くために足元で跳びはねた。
「まさか……なんかヤバいのが来るのか?」
俺は肯定の印にぴょんぴょんと大きく跳ねた。彼女は即座に状況を理解すると、周りの地形を素早く確認した。
「うーん……こっちの方が安全そうだな……」
彼女が選んだのは、岩陰が多く隠れやすいルートだった。俺たちは身を低くしながら慎重に移動し始めた。周囲の気配に神経を尖らせながら、一歩一歩慎重に進んでいく。
「なんだろう…… いつもと違う凄く嫌な気配だ……」
彼女の呟きに俺も同意した。これまで感じてきた危険信号とは明らかに異質だった。まるで圧力の桁が違う。これはただの魔物ではない。もっと根源的な“恐ろしい何か”だ。少女もそれを察したのか、青ざめた顔で息を殺している。
俺たちは狭い岩棚に身を押し付けながら身を隠していた。前方からは砂利を踏む音が規則的に響いてくる。その音一つで周囲の空気が凍り付くような威圧感を帯びていた。
足音が近づき、やがて視界に入ったのは、信じがたい存在だった。
額からは二本の角が生え、背中には小さな翼が付いている。紅の双眸が鋭く周囲を睨みつけていた。
「………… また逃げられたかしら……」
彼女は洞窟内を見回すと、何かを探すように地面をじっくりと調べ始めた。その様子には異様な執着が感じられる。
「こっちだと思ったけど……」
地面に屈み込み、丹念に足跡を調べている。その執拗さには尋常ではない何かを感じさせた。半獣人の少女は必死に息を殺していた。俺も全身全霊を込めて存在を消そうと努める。二人でただひたすら時間が過ぎるのを待ち続けた。
そして……
「……いないわね」
長い沈黙の末、彼女はそう呟くと踵を返して歩き出した。そして、その姿が視界から消えていくと同時に、俺たちはようやく息を吐くことができた。
「ふぅ…… 誰だか知らないけどすごい魔力だな…… 私でも分かるくらいだ」
俺も完全に同意だった。今の存在は明らかに他とはレベルが違った。全身の神経が研ぎ澄まされてしまうほどの圧倒的存在感を放っていたのだ。俺たちはしばらく呆然とその場に佇んでいたが、我に返ると足早に採掘場を離れていった。一刻も早く安全な場所へ帰りたい一心だった。
◇ ◇ ◇
朝の柔らかな光が窓から差し込んでいる。少女は腰に提げた魔石入りの布袋を確かめると、少し緊張した面持ちで俺を見下ろした。
「青いの お前は留守番だ また検問で止められちゃうからな」
(ぽよ……)
俺は頷くしかなかった。衛兵に止められたことを思い出せば当然のことだろう。
少女は玄関の戸に手を掛けると振り返って言った。
「すぐ戻るよ! 夕方にはちゃんとご飯買ってくるからな!」
そう言い残して、彼女は一人城下町へと出かけて行った。
ドアが閉まり、静寂が訪れる。俺はしばらく扉を見つめていたが、やがて諦めたように壁際に寄った。少女が街から帰ってくるまでの間、ここでのんびり過ごすしかない。孤独感を紛らわせるため、体内の水分量を調整してぷよぷよと揺れてみる。これが今の俺に出来る唯一の暇つぶしだった。
◇ ◇ ◇
【半獣人視点】
勇者からもらった金貨のおかげで通行税は問題ないだろうが、それでもどこか緊張する。門の前に立つ衛兵たちは相変わらず険しい顔をしていた。
「おいそこの半獣人 通行税 銀貨5枚だ」
「これでいいだろ? ちゃんと支払えるんだよ」
衛兵に金貨を渡すと、無愛想な返事と共にお釣りの銀貨が渡される。その量に少し驚いたが、何も言わずに受け取り、城下町へと足を踏み入れた。
久しぶりに見る城下の風景はやはり眩しかった。石畳の広場には多くの人々が行き交い、噴水を中心に露店が軒を連ねている。肉や香辛料の匂いが鼻腔をくすぐり、あちこちから商人たちの呼び込みの声が聞こえてくる。
「やっぱり街は賑やかだなぁ」
思わず声が漏れた。普段は郊外でひっそり暮らしているだけに、この喧騒がどこか羨ましくもある。けれど同時に、自分には似つかわしくないとも思う。通行人の中には好奇の目で見る者もいれば、あからさまに蔑んだ表情を浮かべる者もいた。
「まぁいいさ 今日はギルドに行くのが目的だしな」
気を取り直すとギルドへ向かって歩き始めた。石造りの建物が続く通りを進んでいく。建物の向こうには丘の上にそびえる大きな城が見える。この国を統治する王の居城だ。通行税を上げたのもおそらくあそこからの命令なのだろう。
「まったく迷惑な話だよ 街に入るだけでこんなに金を取るなんて……」
愚痴を零しながらも足は止めない。勇者が提示してくれた条件は非常に魅力的だ。魔石1個につき金貨1枚というのは破格と言える。
やがてギルドの大きな建物が見えてきた。石と木で造られた重厚な建物は他の建物よりもひときわ目を引く。扉の上には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられていた。
「さて…… 勇者は中にいるかな?」
布袋をしっかりと抱きしめると、少しだけ躊躇した。冒険者が集う場所だけあって独特の緊張感がある。だがここで怖じ気づいている場合ではない。意を決して扉に手を掛けた。
「よしっ」
自分に気合いを入れて扉を押す。ぎぃ……と重い音を立てて開いた。
「いらっしゃい 私はここのギルドマスターだ どんな用件で?」
声をかけてきたのは見慣れない格好をした男性だった。上半身は銀色の重厚な金属鎧で守られているが、下半身はあられもない格好をしている。露出の多い装備に対して恥ずかしがる様子もなく堂々としていた。
「あの…… 勇者に会いたいんだけど……」
「勇者に? そう言えば 半獣人の少女が魔石を持ってくると聞いてたな 君がその子か?」
「うん きっとそう 魔石を掘ってきて…… 約束通り持って来たんだけど」
「話は聞いている 勇者はちょっと出払っているけど 魔石の換金ならすぐに出来る どうする?」
すんなりと話が進み、少し拍子抜けした。てっきり勇者本人に会わなければいけないと思っていたのに、この男でも話が通じて助かった。
「じゃあ お願いするよ 全部で5個あるんだ」
布袋から慎重に青く輝く魔石を5個取り出した。男はそれを受け取ると、手慣れた様子で品質を確かめる。
「いい魔石だ これなら間違いなく買い取れる ひとつにつき金貨1枚でいいんだな?」
「うん それでいいよ!」
「すぐに用意しよう 少し待っていてくれ」
男がそう言って奥の部屋へ消えていくと、代わりに別の人物が近づいてきた。見慣れない服装をした女性だ。長い髪を幾筋か編み込んでいて、上品な雰囲気を漂わせている。
「初めまして あなたが魔石を持ってきた子ですね? 少し話を聞かせてもらってもいいですか?」
「あ うん……」
断る理由もないので頷くと、女性は穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます 私は陰陽師で 占術などで皆さんのサポートをしています あなたの周りには 少し変わった魔力の波動がありますね」
「魔力の波動?」
「ええ 普通の人や獣人にはない特殊なもの…… 何か心当たりはありませんか?」
そう言われて思い当たることがあった。それは普段相棒として一緒にいる存在のことだ。
「ああ きっと青いののせいだ」
「青いの? それはどういう……」
「青いスライムで あいつが魔力に反応して 魔石のありかを教えてくれるんだよ だから採掘がすごく捗るんだ」
そう答えると、陰陽師は考え込むように顎に手を当てた。
「スライムですか…… 確かに特殊な波動を感じますね でも私が最初に感じたのは もっと強力な 何か禍々しいものです…… 最近何か強い魔力に触れましたか?」
「え?……そういえば昨日 採掘場で魔石を掘った後 すごい気配を感じたんだ 今まで感じたこともないくらい強くて 恐ろしい感じがして……それで急いで隠れたんだけど」
その時のことを思い出すと今でも身震いがする。あの圧倒的な存在感は、今まで経験したことのないものだった。
「ふむ 興味深いですね その存在 何か変わったところはありましたか? 例えば……特徴的な外見や 言葉を話すような様子はありましたか?」
「えっと 翼があって 頭からは二本の角が生えてた それで……紅い目をしていたと思う」
「なるほど サキュバス系……あるいは悪魔か いずれにせよ警戒が必要ですね……」
そこへちょうどギルドマスターが戻ってきた。手には金貨の入った袋を持っている。
「待たせて悪かったな 金貨5枚だ 確認してくれ」
手渡された金貨を一枚一枚確認する。間違いない。これだけあれば当分は楽に暮らせるだろう。
「うん 確認したよ ありがとう」
「ところで さっきの話だが 高位の魔族に遭遇したそうだな 君は半獣人だから 魔族から 襲われにくいかもしれないが これからも採掘場に行くつもりか?」
それについては悩ましいところだ。確かに危険はあるが、生活のためには稼がなければならない。
「うーん……でもそれ以外に 稼ぐ方法がないからなぁ それに青いのが一緒だから たぶん何とかなるよ」
「そうか 分かった だが 危険を感じたら無理をせず離脱することだ」
ギルドマスターの忠告に小さく頷く。確かに世の中には予測できないことも起こり得る。今回のような魔物との遭遇だってそうだ。それでも生きていくためには、多少の危険は冒さなければならない。
「分かった 気をつけておくよ それじゃあ失礼するね」
そう告げてギルドを後にした。手元には十分すぎるほどの金貨がある。これで当分は生活に困ることはないだろう。
「ただいま! 青いの 見てこの金貨!」
家の扉を開けると青いのが跳ねながら出迎えてくれた。
(ぷるぷる)
喜びを表現するように青いのが激しく震えている。その姿がなんだか微笑ましい。
「これだけあればしばらくは何とかなるよ お前と一緒にいるだけでこんなに稼げるなんて 本当に最高だな」
青いのがいない時にはその日に食べるもののことで頭を悩ませていたことを考えると、今の状況は奇跡のように思える。
「ありがとうな 青いの お前のおかげだよ」
青いのの体が嬉しそうにさらに強く震えるのを見て、自然と笑顔になった。これからもこんな日々が続けばいい。心からそう願いながら、二人で静かに寄り添った。
◇ ◇ ◇
「どう思いますか?あの子の話…… 彼女が言うには 角と翼を持ち 紅い瞳をした存在です」
「高位の魔族か あるいは……」
「魔王……かもしれませんわね」
陰陽師の声色が少し変わった。普段の穏やかさはそのままに、そこに含まれるものは純粋な興味と警戒心の入り混じったものだ。
「あれだけの魔石を短期間で掘り出すなんて 簡単じゃない しかも『古い採掘場』でだ」
「ええ そして その採掘場に高位の魔族…… もしかしたら魔王本人が現れたとなると 偶然では済まされません」
もし本当に魔王が動いているとしたら、それは単なる散策とは考え難い。何か意図があるはずだ。
「とりあえず勇者には話しておこう」
「お願いします」
話が一区切りつくと、陰陽師は悪戯っぽく笑った。緊張の続く話題を和らげようとしたのかもしれない。
「それにしても、相変わらず目立つ格好ですね」
「放っておけ。これが一番動きやすいんだ」
ギルドマスターは呆れたように肩をすくめた。陰陽師は楽しそうに笑い、二人はそこで別れた。




