第13話 静かなる侵略
俺たちは、魔動猫と出会った採掘場所に到着した。黒い岩山に囲まれた灰色の荒野だ。乾いた地面には亀裂が走り、霧の中に崩れた石造遺跡と古い石碑が立っている。空はどんよりとした曇り空で、全体に冷たく荒廃した雰囲気が漂う。人や魔族の気配はなく、かつて何かが栄えていた跡だけが残る不毛の地だ。
「じゃあ 始めるか」
少女は俺を抱えたまま歩き始めた。しばらく進むと、不自然な魔力の波動を感じた。それは特定の方向から漂ってきている。この感じは前にも感じた人工的なものだ。おそらく転移装置だろう。少女に伝えるべく、俺は身体を細く伸ばして、魔力の強さを感じる方角を指し示した。
「おっけー あっちだね!」
少女は俺の案内を即座に理解し、指し示した方向へ歩みを進めた。目的地へと近づくに連れて、その特殊な波動が強くなっていくのを感じる。
「この辺から掘ればいい?」
(ぽよ)
俺は少女に抱かれたまま、肯定するように身体を震わせた。
「よーし 任せておけ!」
少女は岩盤に向けてつるはしを構え、力強く振り下ろした。カンッ、と甲高い音が荒野に響き渡り、岩の表面にヒビが走る。
◇ ◇ ◇
「ふぅ~ 出た出た」
半獣人の少女は額の汗を袖で拭った。つるはしを肩に担ぎ、目の前に現れた石碑のような物体を見下ろす。苔と土に半分埋もれたその表面には、古代の文字が刻まれている。これが転移装置だろう。
俺は少女に抱かれたまま、その装置の内部から魔力の波動を感じ取っていた。おそらく、以前、呪術師が使ったものと同種のものだ。
「さて どうするかな……」
少女は装置をじっと見つめた。魔動猫から渡された羊皮紙を取り出し、広げる。
「あ これだよね 操作手順……えーと……」
少女は真剣な顔で羊皮紙を見つめる。だが、すぐに困ったように眉を寄せた。
「うーん……そういえば 私 文字読めないんだよね」
そう言って、困ったように苦笑いする。俺は内心で頭を抱えた。どうするつもりだ。文字が読めなければ、羊皮紙に書かれた起動手順は分からない。俺自身は文字を読める。だが、それをこの少女に正確に伝える手段がない。言葉で指示できない以上、ジェスチャーでどうにかするしかないのだが、それも限界がある。
「でも まあ カボチャさんがやってたの 見たことあるし 多分同じでしょ」
少女はあっけらかんと言って、装置の操作パネルらしき部分に近づいていく。待て、おい待て! それはかなり危険だ。見よう見まねで適当に操作したら、どんな結果になるか分からないぞ。下手をすれば、どこか得体の知れない場所に転送されてしまうかもしれない。
「たしか……ここを触っていたような……」
少女は転移装置に触りつつ、布袋から魔動猫に渡された魔石を取り出した。拳大の魔石が、掌の上で重々しく光を放つ。俺は必死になって身体を震わせ、少女を止めようとした。
(ぶるぶるぶるぶる)
「うんうん 応援ありがとな」
俺の必死の警告にも関わらず、少女は全く意に介さずに装置の前に立ち、魔石を掲げた。まずい。このままでは本当にどこに飛ばされるか分かったもんじゃない。
「行くぞー!」
少女は勢いよく叫ぶと、手にした魔石を装置の窪みに押し込んだ。
その瞬間、視界が白い光に包まれた。全身が奇妙な浮遊感に襲われる。重力が逆さまになったかのような感覚。平衡感覚が狂い、上下左右の区別がつかなくなった。世界が歪曲し、輪郭が溶けていく。
◇ ◇ ◇
キノコの胞子が舞う採掘場の奥に、勇者と陰陽師が足を踏み入れた。暗い洞窟の壁には、キノコがびっしりと生えている。空気は澱んでおり、甘ったるい匂いが鼻を突く。勇者は警戒しつつ、周囲を見渡している。陰陽師は冷静に、周囲の魔力の流れを観察している。
「気味が悪いな…… どうしてこんなにキノコだらけになったんだ?」
勇者が呟く。陰陽師は静かに答えた。
「分かりません ですが 調査隊の一人が譫言で 『キノコが交尾している』と漏らしていました」
「キノコが交尾だと? それはつまり キノコ型の魔物がいるということか?」
「その可能性が高いですね」
陰陽師の答えに、勇者は刀の柄に手をかけた。
「ならば そいつを斬って 黙らせれば良いだけだろう」
「はい しかし 相手がどのような力を 持っているか分からない以上 油断は禁物です」
陰陽師はそう忠告するが、勇者は聞く耳を持たない。武勲を挙げることに躍起になっている彼女には、他人の意見など二の次なのだ。
「心配無用 どんな敵だろうと 私の剣の前では無力だ」
勇者はそう言って、奥へと進もうとする。陰陽師は小さくため息をついたが、何も言わずに勇者の後を追った。調査隊が全滅したいま、勇者の他に頼れる人材はいない。多少強引でも、結果を出してくれることを祈るしかない。
洞窟の奥は、さらにキノコが多くなっていた。キノコの胞子が充満した洞窟の空気が、じわりと肌にまとわりつくような感触を与える。嫌な予感がした。
「陰陽師 何か感じるか?」
勇者が問いかける。陰陽師は静かに目を閉じ、周囲の気配を探る。確かに、何か異質なものがいる。それは、通常の魔物とは違う、独特な魔力の波動を放っている。
「ええ この先に 何かがいます」
「そうか なら 話は早い」
勇者はニヤリと笑うと、大きく息を吸い込んだ。
「ちょ ちょっと待ってください!」
陰陽師が慌てて勇者を制止しようとするが、遅かった。勇者は肺いっぱいに空気を溜め込むと、大声で叫んだ。
「おい 出てこい キノコ野郎!!」
声が洞窟に響き渡る。その声量に、陰陽師は思わず耳を塞いだ。勇者の声が反響し、洞窟全体が震える。
「勇者殿! そんな大声を出したら……!」
陰陽師が制止するが、もう遅い。勇者の声に反応したのか、洞窟の奥の暗闇から、ぬるりとした気配が近づいてくる。
それは、通常の魔物とは明らかに異なる、不気味な感触だった。陰陽師は全身に鳥肌が立つのを感じた。これは、ただの魔物ではない。何か、もっと根本的に違う存在だ。そして、勇者の呼びかけは、間違いなく、それを刺激してしまった。
「出てこないな」
勇者はつまらなそうに呟き、洞窟の奥へと歩を進めようとする。だが、陰陽師は動くことができなかった。彼女は立ち止まったまま、じっと暗闇を凝視している。その様子に、勇者も足を止めた。
「どうしたんだ?」
勇者が声をかけると、陰陽師はゆっくりと口を開いた。
「来ます…… 何か 今までにない…… 奇妙な気配が……」
その言葉通り、洞窟の奥から、何かがゆっくりと近づいてくる。やがて、暗闇の中から、奇妙な二つの姿が現れた。
一つは、淡い色合いの大きな傘を持つキノコ。もう一つは、赤い傘に白い斑点のあるキノコ。そして、その柄の中心には、一つ目の瞳がぱちりと開いていた。
「わあ! 人間だ!」
赤いキノコが、無邪気な声で叫んだ。
「人間がこんな奥まで 来るなんて 珍しいね!」
「まあまあ ベニテングダケさん 落ち着いて 驚かせちゃいけないよ」
淡い色のキノコが、穏やかな声で赤いキノコを諫める。
「僕はエリンギ こちらはベニテングダケさんだよ 君たちはここで何をしているの?」
エリンギと名乗ったキノコが、勇者と陰陽師に問いかけた。その声音はどこか柔らかく、敵意は感じられない。だが、調査隊を壊滅させた犯人がこいつらだとしたら、この無害そうな態度は偽りに違いない。
「洞窟に巣食い 人を襲う キノコを討伐しに来た」
エリンギとベニテングダケは、互いに顔を見合わせた。エリンギが、きょとんとした様子で首を傾げる。
「え? なんで? 別に襲ってないよ?」
「そうだよ 私たちはここで静かに 暮らしてるだけなのに どうして 討伐されなきゃいけないの?」
エリンギもベニテングダケも、心底不思議そうな顔をしている。まるで、自分たちが悪いことをしたという意識が全くないようだった。しかし、調査隊の惨状を考えると、信じるわけにはいかない。陰陽師は静かに二人を観察し、口を開いた。
「この洞窟に入った人間が 全身キノコだらけになり 昏睡状態に陥りました あなたたちが何か知っているなら 教えてください」
エリンギは少し困ったように首を傾げた。
「あー それ やっちゃったかも ごめんね」
「謝って済む問題ではありません あなたたちは 意図的に人間を襲ったのですか?」
陰陽師の厳しい追及に、エリンギは慌てて首を横に振った。
「ち 違うよ! 僕たちはただ ここをもっと暮らしやすく したかっただけなんだ! ほら 人間もよくやるでしょう? 自分の好きな花を植えたり 畑を作ったり!」
エリンギは一生懸命に訴えるが、陰陽師は全く納得していない様子だ。ベニテングダケも、補足するように言葉を続ける。
「そうそう! この星は広くて素敵な場所だから もっと私たちの仲間が増えてもいいと思うんだ! だから 少しずつお手伝いしてもらってるだけだよ」
「お手伝い……とは?」
陰陽師が、底冷えのするような声で尋ねる。ベニテングダケは嬉しそうに答えた。
「お手伝いって言うのはね みんなが寝てる間に 少しずつ私たちの お友達になってもらうこと! 大丈夫 痛くないし 怖くないよ! だって みんな私たちと一緒にいる方が楽しいと思うもん!」
「言っていることが よく分かりません……」
「ベニテングダケさん それじゃ人間は理解できないよ 菌類じゃないんだから……」
「えー でも分かりやすいと 思ったんだけどな」
「それでも誤解を 招く表現だってば」
「そうかなあ?」
エリンギとベニテングダケが言い争っている。陰陽師は完全に理解不能といった顔で、彼らを観察している。勇者は無言のまま、冷たい視線を投げていた。
「つまりね 僕たちはこの星の環境を変えたいんだ この星って 色々な生き物がいるけど みんなバラバラでしょう? もっと効率的で みんなが幸せになれる形にしたいんだ」
エリンギが真剣な顔で説明する。ベニテングダケも、こくこくと頷いている。
「そうだよ! この星の生き物たち みんな寝てる間は優しいんだから 起きてる間もそうすればいいのに! だから私たちが手伝ってあげてるの! みんなが私たちと一緒に生きてくれるなら この星はもっと素敵になると思うの」
ベニテングダケの言葉を遮るように、陰陽師が冷たく言った。
「聞いている限り あなたたちは自分たちの都合で 他の生物の自由を奪っています それを侵略以外に 何と呼ぶのでしょう」
エリンギとベニテングダケは、ぽかんとした顔で陰陽師を見つめた。
「侵略? なんのこと? 僕たちは別に みんなを痛めつけたりしてないよ? 可哀想なことなんて何もしてないのに……」
「そうだよ 私たちはただ みんなが楽になれる方法を 教えてあげてるだけだよ 苦しむことも悩むこともない ずっと安らかに眠っていられる方法をね」
エリンギもベニテングダケも、本当に心からの善意で言っているように見える。その純粋な目が、却って陰陽師の背筋を凍らせた。これは、本気で自分たちの行いが善だと信じている。思想というより生態が根底から異なるのだ。こちらの倫理観が通じない以上、交渉の余地はない。
「これ以上 あなたたちと 話しても無駄なようですね」
「そうだろうな」
勇者は静かに刀を抜いた。冷たく光る刃が、洞窟の闇を照らす。エリンギとベニテングダケは、一瞬怯んだように後ずさった。
「ひゃあ! なんか怖いよ! エリンギくん!」
「そ……そうだね 話し合いが通じないみたいだし 戦うしかないのかも……」
エリンギとベニテングダケは、臨戦態勢に入った。体の周りに、胞子のようなものが立ち昇る。
「先手必勝!」
勇者は二人に向かって突進した。その速さは、まさに疾風だ。刹那、勇者の刀が閃き、エリンギの傘が真っ二つに斬り裂かれた。
「きゃあああああ! エリンギくん!」
「ぎゃああああああああ!!」
エリンギが悲鳴を上げる。
「大丈夫?」
エリンギは激痛に顔を歪めながらも、健気に立ち上がった。
「だ 大丈夫…… 僕 頑張る…… この人たち 絶対 お友達にする……!」
エリンギは怒りと悲しみが入り混じったような顔で宣言した。
「そうだよ! 私たちとお友達になれば もう苦しむことも悩むこともなくなるのに! なんでそれが分からないの!?」
ベニテングダケも声を張り上げる。二人の体が膨らみ、胞子の勢いが増していく。周囲に白い靄がかかり始め、視界が悪くなった。吸い込めばなんらかの状態異常効果があるのだろう。勇者と陰陽師は咄嗟に息を止め、口元を覆った。
「厄介だな」
勇者が吐き捨てるように呟く。だが、その手には既に次の攻撃の準備が整っていた。刀を構え直し、息を潜めて隙を窺う。陰陽師も静かに印を結び、臨戦態勢に入る。
「ベニテングダケさん 準備はいい?」
エリンギが問いかける。ベニテングダケは元気よく頷いた。
「うん! 行けるよ!」
「じゃあ いくよ!」
二人が叫ぶと同時に、エリンギとベニテングダケが、傘から胞子を噴射してきた。
勇者は咄嗟に身を翻し、それを回避する。陰陽師も素早く後方へ跳び退り、防御障壁を展開した。
「鬱陶しい攻撃だな!」
勇者が顔をしかめる。胞子のせいで視界が悪い。
「勇者殿 敵の正体はわかりました ここは 一度撤退してギルドマスターに報告を……」
陰陽師が提案するが、勇者は聞く耳を持たない。彼女は刀を握りしめ、胞子の中へ突撃した。
「舐めるな!」
勇者は咆哮と共に刀を振り抜く。刀身が胞子を薙ぎ払い、一条の光が闇を切り裂いた。




