第11話 同じ錬金釜の飯
「……あっつ! でも美味しい!」
呪術師は完成したばかりの唐揚げを一口食べると、目を丸くして叫んだ。衣はサクサクで、肉汁が溢れ出す。鶏肉のうま味と香辛料の風味が口いっぱいに広がる。
「そうね まずまずの出来だわ」
魔王は誇らしげに答えながら、油で揚がった肉を取り分ける。その横で、呪術師は次の唐揚げを待ちきれないといった様子で唾を飲み込んでいる。
「これが異世界の料理……! 素晴らしいです!」
呪術師は二つ目の唐揚げに手を伸ばしながら感激の声を上げた。そのオーバーな仕草に魔王は少し呆れたような顔をしながらも、揚げたての唐揚げを皿に盛っていく。
「まだまだあるから落ち着いて」
そう言いながらも、魔王自身も一口頬張る。
「あっつ! でも美味しい!」
異世界の味には及ばないかもしれないが、それなりの出来だ。
「でも 異世界のから揚げは もっとこう…… 強烈な旨味爆弾みたいな感じだったのよね」
魔王は唐揚げを噛みしめながら、少しだけ物足りなさそうに付け加えた。呪術師はその言葉に興味を引かれ、身を乗り出した。
「旨味爆弾……?」
「そう たとえるなら……一度食べたら忘れられない衝撃っていうか…… 口の中で香ばしい衣とジューシーな肉汁が絡み合って 塩気と脂の バランスが完璧で もう一回食べたい!ってなるような……」
「なんと…… 異世界のものはもっとすごいのですね」
「そうよ だから もっと改良の余地はあるわ」
魔王はそう言って、次の唐揚げを揚げ始めた。鍋の中でジュワジュワと音を立てて、黄金色の衣が膨らんでいく。
◇ ◇ ◇
魔動猫の後ろ姿は相変わらず無機質で、まるで人形のように一定の速度で歩いている。時折、ちらりとこちらを振り返るが、その視線には感情が感じられない。俺と半獣人の少女は、その異様な雰囲気に少し気圧されながら、彼女の後を追いかけた。
「魔王って……あの魔王なんだよな……?」
半獣人の少女が、小さな声で囁いた。その声には、恐れというよりも疑問の色が濃い。俺はゆっくりと頷いた。以前、俺たちが採掘場で見たあの魔王だ。黒い髪に角、小さな翼を持つあの女性。強大な魔力と、底知れない力を感じさせた存在。しかし、勇者の炎魔法を受け、転移魔法を使って逃亡したはずだ。
「私たちのことは…… 分からないはずだよな? 岩陰から見てただけだし……」
その通りだ。あの時、俺たちは岩陰に隠れていた。直接対峙したわけではないから、気づかれているとは考えにくい。それに、あの時の魔王は俺たちに注意を払う余裕さえなかっただろう。逃亡するのに必死だったはずだ。
「だよな…… じゃあ あまり気にせず 普通に振る舞えばいいよな?」
半獣人の少女が少し安心したように息をついた。確かに、今の俺たちは魔王軍の一員として雇われる立場だ。無用な警戒を招かないためにも、自然体で接するべきだろう。それに、今は生活の糧を得ることが最優先だ。魔王軍に所属すれば、安定した生活が送れるかもしれない。不安はあるが、チャンスでもあるのだ。
◇ ◇ ◇
「失礼します 新しい人員を連れてきました」
魔動猫が事務的な声で告げる。俺たちが連れられて入ったのは、魔王城の一角にある部屋だった。大きな机の上には、色とりどりの液体が入ったフラスコや試験管、奇妙な形をしたガラス器具が並んでいる。棚には怪しげな薬瓶や植物の標本がずらりと並び、壁には難解な魔法陣や文字が書き連ねられた羊皮紙が貼られている。
どうやら錬金術や魔術の研究をしている部屋のようだ。部屋の奥では大きな鍋が火にかけられ、鼻をつく刺激的な匂いが漂ってくる。
「遅いわよ 魔動猫」
部屋の奥にいた黒髪の女性が、こちらを振り返って言った。やはりあの時の魔王だ。燃えるような赤い瞳が俺たちを捉える。彼女の隣にはカボチャ頭の呪術師も立っていた。あの時と同じ、ゆるい灰色の上着に黒と紫の縞タイツという奇抜な格好をしている。二人は鍋の前に立ち、何やら作業をしていたようだ。
魔動猫は無表情のまま、俺たちの紹介を始める。
「こちらは魔族領外縁にて採掘活動を 行っていた半獣人とスライムです 魔石採掘能力が高いので 採掘班として登録しました」
「そう よろしくね」
「うん よろしくお願いします」
半獣人の少女は、思ったよりリラックスした様子で挨拶を返した。魔王の威圧感に萎縮するかと思ったが、どうやらそんなことはないらしい。俺もその足元でぷるぷると震え、魔王に小さな敬意を示した。魔王の隣にいた呪術師も、俺たちを見てにっこりと笑った。
「おお この前はどうも ここで働くんですね」
「うん いろいろあって 魔王軍に入ることになったんだ カボチャさんも元気そうでよかった」
「知り合いなの?」
「ええ 先日 古代の転移装置を探すのを 手伝ってもらいましたから」
「へぇ~ そんなこともできるのね」
魔王はそう言って、鍋の方に向き直った。
鍋の中には油が張られており、黄金色の物体がジュワジュワと音を立てて揚げられている。魔王は菜箸を使って、それを丁寧に取り出していく。
「ちょうどよかったわ 夕食ができたところよ 部屋で待っててちょうだい」
◇ ◇ ◇
俺たちは魔動猫に導かれ、魔王城の一室に案内された。部屋の中央には、大きな木製の机と椅子が置かれている。内装は魔王の城らしい雰囲気もあるが、過剰に豪奢ではなく、静かで実務的な印象だ。壁には古びた赤い旗が掛けられ、暖炉の炎が柔らかく揺らいでいる。
「お食事をお持ちいたします」
魔動猫がそう告げて部屋を出て行くと、半獣人の少女は緊張した面持ちで椅子に腰掛けた。俺も彼女の足元でぴったりと身を寄せ、周囲の様子をうかがう。窓の外には、魔族領の街の灯りがぼんやりと浮かんで見える。人間の街とは違う、少し禍々しい雰囲気の街並みだ。
しばらくすると、魔動猫が銀盆を運んで戻ってきた。
盆の上には、湯気を立てる料理が乗っている。先ほど魔王が作っていたものだろう。
「お待たせしました 唐揚げ定食です」
魔動猫は事務的な声で言い、テーブルの上に銀盆を置いた。唐揚げは熱々で、衣はこんがりと黄金色に揚がっている。食欲をそそる香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。盆の上には白い米、茶色のスープ、漬物も添えられている。想像していたより、ずっと豪華な食事だ。
「うわぁ……! おいしそう……!」
半獣人の少女が素直な感想を漏らした。その表情は、先ほどまでの緊張が嘘のように明るくなっている。魔動猫は無表情のまま、淡々と補足説明を始めた。
「主様は 唐揚げがお好きです よく作ってくださいます」
「へえ 魔王がいつも料理するんだ」
半獣人の少女は少し驚いたように呟いた。魔王というからには、もっと尊大で料理などしないイメージだったのだろう。俺も同感だ。強大な力を持つ魔王が、料理に興じるというのは意外すぎる。
「魔王とカボチャさんは食べないの?」
「お二人は作りながら食べていますので 遠慮なくお召し上がりください」
「そうなんだ……じゃあ いただきます!」
半獣人の少女は素直に両手を合わせると、早速唐揚げに箸を伸ばした。揚げたての唐揚げを一口頬張る。その瞬間、少女の顔がぱっと輝いた。
「んーっ! おいしい! さっくさくなのに中がジューシーで これ すごい!」
半獣人の少女は無邪気に声を上げた。彼女にとって、温かい料理は久しぶりだろう。普段は干し肉を食べたり、採掘中に捕まえたニワトリをそのまま食べたりすることがほとんどだ。こんなふうに誰かが作った料理を、暖かい部屋で食べるというのは特別なことなのだ。
「青いのも食べなよ 美味しいよ」
半獣人の少女はそう言って、唐揚げを一切れ、俺の方に差し出してきた。俺は恐る恐る身体を伸ばして、唐揚げに触れる。揚げたての熱が体表を通して伝わってくる。衣のカリッとした食感と肉の旨味、そして油の濃厚な味が溶け合う。
人間だった頃にも食べたことがないほど、深みのある味だ。思わず全身がぷるぷると震えてしまう。半獣人の少女は、そんな俺の様子を見てくすくすと笑った。魔動猫は相変わらず無表情のまま、その光景を見守っている。
「お口に合ったようで何よりです」
「うん! 美味しい! こんな美味しいの はじめてだよ」
半獣人の少女は嬉しそうに微笑んだ。この唐揚げの味は、俺にとっても初めてのものだ。魔族の城で出される食事、ましてや魔王が手ずから作った料理を口にできるなど、人間だった頃には考えられなかったことだ。
「お食事が済みましたら 居室にご案内します」
魔動猫が告げる。半獣人の少女は、夢中になって唐揚げを頬張りながら頷いた。
「明日から 採掘班として働いてもらうことになります 魔族領内の採掘地点はいくつかありますが まずは手近な場所から担当していただきます」
「うん 任せといて!」
少女は唐揚げを飲み込むと、自信満々に答えた。
「詳細は明日改めて説明します 今日はゆっくりお休みください」
「分かった ありがとう」
魔動猫に礼を言った半獣人の少女は、美味しそうに唐揚げを平らげ、残った白米とスープもきれいに完食した。久しぶりのまともな食事に満足したのか、その表情は晴れやかだ。
彼女の満足げな様子を見て、俺も少しだけ安心した。どうやら、魔王軍での生活は、想像していたより悪くないかもしれない。そう思いながら、俺は少女の足元で丸くなった。




