第10話 野良猫と猫型ゴーレム
俺と半獣人の少女は、街道から外れた山岳地帯に足を踏み入れていた。目の前に広がるのは、ごつごつした岩肌が剥き出しになった荒涼とした風景だ。遠くには鋭い山々が連なり、空は夕暮れの赤に染まっている。
人里離れたこの場所には、人の気配は全くない。だが、俺の魔力感知能力は、この岩場のどこかに微量の魔石が埋蔵されていることを示していた。
「ここなら 魔石が掘れそうだね」
半獣人の少女が、少し荒い息を整えながら言った。額には汗が滲んでいる。さすがの彼女も、ここまで来るのにかなり体力を使ったようだ。俺は彼女の足元でぷるぷると震え、同意の意を示した。
この地にどれほどの魔分があるかは分からない。だが、期待はできるかもしれない。もしかしたら、まだ採掘されていない古代の魔鉱脈が眠っている可能性もある。
また、ここには、一部が崩れかけた石造りの建物の跡が残っている。屋根は半分以上なくなっているが、雨風を凌ぐには十分そうだ。壁の一部には、かすかに残った装飾的な模様が見える。かつては誰かが祈りを捧げていた場所なのかもしれない。
「今日は ここで休もうか」
少女が提案した。俺も賛成だ。もう日も暮れるし、これ以上無理をする必要はない。
俺たちは遺跡のわずかに残る屋根の下に身を寄せた。少女は荷物を下ろし、簡単な寝床を作る。俺は彼女の傍らで丸くなり、周囲の警戒を始めた。この辺りには微かな魔力のうねりがある。それが何を意味するのかは分からないが、用心するに越したことはない。
少女は持ってきた干し肉を少しだけ齧り、水筒の水で喉を潤した。そして、疲れ切った様子で毛布にくるまる。彼女の呼吸が次第に深くなり、寝息に変わっていくのが分かった。
俺は眠っている彼女を守るように、その近くでじっとしていた。魔族領の外縁なら、危険な魔物が出没することもあるだろう。俺の役割は、そんな危険から彼女を守ることだ。
深夜、半獣人の少女は安らかな寝息を立てている。俺は周囲の微細な魔力の揺らぎを感知しつつ、ゆっくりと時間が流れるのを感じていた。魔族領の外縁で一夜を明かすのは初めてだったが、思ったより危険は感じない。むしろ、どこか懐かしい静けさがあった。
俺がまだ人間だった頃、森の中で野営した日のことを思い出す。あの頃は仲間もいて、焚き火を囲んで他愛もない話をした。もう遠い昔のことだ。今はこの小さな体と、半獣人の少女だけが頼りだ。だが、不思議と不安はなかった。この少女と一緒にいれば、きっとなんとかなる。そんな確信に近い感覚があった。
◇ ◇ ◇
「ん……朝か……」
翌朝、少女は早くに目を覚ました。彼女は大きく伸びをし、寝ぼけ眼を擦った。朝日が差し込む遺跡の中で、身体を伸ばしたり屈伸運動をしたりしながら、昨晩の疲れをほぐしている。俺もまた、彼女の動きに呼応するようにぷるぷると震えた。
「さあ 今日も頑張るぞ!」
少女はそう言って、やる気十分といった表情で俺を見下ろした。その顔には、昨日までの疲れが嘘のように消えている。彼女の前向きな気質には毎回感心させられる。俺は彼女の足元で跳ね、その意気込みに応えた。
俺たちは遺跡を出て、再び周囲の探索を始めた。俺の魔力感知によれば、この辺り一帯に魔石が点在しているはずだ。だが、どこが最も効率よく採掘できるかを見極める必要がある。少女は俺の反応を頼りに、岩場を丹念に調べながら歩き続ける。
やがて、俺は岩壁の奥に比較的大きな魔力の塊を感じ取った。おそらく鉱脈の一部だろう。
「この辺り?」
少女が尋ねてきた。俺は大きく震え、肯定の意を示す。彼女は満足そうに頷き、早速つるはしを構えた。
「おらぁっ!」
ガン!と鋭い音が響き渡り、岩が崩れ落ちた。すると予想通り、緑色のゼリー状生物が次々と姿を現す。
「きたきた! よーし どんどん掘るぞ!」
少女は興奮気味に叫びながらスライムの群れへ突進していく。俺は慌ててその後を追った。魔力の流れを感じ取りながら彼女を誘導する。
◇ ◇ ◇
「おおっ!見つけたぞ!」
半獣人の少女が声を上げた。崩れた岩の隙間に挟まるようにして、拳ほどの大きさの青色の魔石が輝いている。俺の感知能力は間違いなかったらしい。少女は嬉しそうに魔石を取り出し、手の中で転がした。
「やっぱり お前はすごいな!」
少女が俺を抱き上げて褒めそやす。俺は少し照れくさくて、もじもじと身体をくねらせた。
「よし この調子でどんどん掘っていこう!」
少女は意気揚々と、次のポイントへ向かう。俺はその少し後ろを、魔力感知を研ぎ澄ませながら付いて行った。
周囲には、特に危険な魔物の気配はない。思ったよりは安全に採掘を続けられそうだ。彼女の技術と俺の感知が組み合わさることで、効率的に魔石を得ることができている。少女の腕は確かだし、俺の感知能力も日に日に鋭くなってきた気がする。このままいけば、良いペースで魔石を集められるかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと背後に違和感を覚えた。冷たい何かが、肌に触れたような感触。俺は反射的に後方へ視線を向けた。
「……あれ?」
半獣人の少女も気づいたようで、つるはしを握ったまま後ろを振り返った。俺たちの目の前には、見たこともない姿の少女が立っていた。
鮮やかな黄色い前開きのボディスーツを身に着け、首元には鈴のようなものが光っている。そして、一番の特徴は頭の上に乗った小さな黄色い三角形の猫耳だ。彼女はまっすぐにこちらを見据えている。
「猫……?」
少女が素朴な感想を漏らした。目の前にいるのは人間の女性に見えるが、猫耳がついている。何かの装飾品なのか、それとも本当に猫の獣人なのか。どちらにしても、奇妙な出で立ちだ。そんな感想を抱いていると、猫耳の少女が口を開いた。
「猫ではありません 自律式魔動猫です」
その声は平坦で抑揚がない。まるで機械が喋っているかのようだ。少女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべた。
「いや どう見ても猫だよ」
「猫ではありません 自律式魔動猫です」
猫耳の少女は同じ言葉を繰り返した。その口調には一切の感情が読み取れない。というか俺の魔力感知でも、彼女からは魔力を全く感じない。目の前にいるのに、まるで空気と話しているような不思議な感覚だ。今まで色んな奴と出会ってきたが、こんな相手は初めてだ。
「ふーん……まあ 私も猫じゃないんだけどね」
「はい 貴方は人と獣人の 混血種であると推測されます」
魔動猫は半獣人の少女を値踏みするように眺めてから、抑揚のない声でそう言った。まるで鑑定結果を述べるかのような口調だ。
「何者だよ あんた」
半獣人の少女は警戒心を露わにして後ずさった。魔動猫はその反応に意も介さず、淡々と答えた。
「私は自律式魔動猫 自律的行動が可能な猫型ゴーレムです 現在は領地内に侵入した半獣人の確認に参りました」
魔動猫は感情のない瞳で半獣人の少女を見つめた。
「猫型ゴーレム……って なんだよそれ そんなの聞いたことないぞ」
「それも無理はございません 旧文明の時代に製造されたものですので 現存するのは極めて少数なのです」
魔動猫は抑揚のない声で答えた。俺と半獣人の少女は顔を見合わせた。旧文明なんて、昔話でしか聞いたことがない。それが実在していて、しかも目の前にいるというのが信じられなかった。魔動猫は俺たちの驚きなど意に介さず、淡々と続ける。
「貴方達の採掘行為は 魔王様の領地における資源の 不当な占有を意味します 即刻停止してください」
魔動猫はそう言い放った。この場所は魔王の所有地らしい。勝手に採掘してしまったのはまずいかもしれない。だが、半獣人の少女は臆することなく言い返した。
「そんなの知らないよ ここに誰かが住んでるわけでもないし 魔石を掘るくらい良いじゃないか」
「領有権は存在します 不当な採掘行為は禁止されています」
「は? だったら ここに魔石が埋まってるのに ほったらかしにしてたあんた達が悪いんじゃないのか? 貴重な魔石を腐らせとくより 掘り出した方がずっと有意義だろ」
「未採掘であっても 領内資源です 勝手に取得する権利はありません」
魔動猫の言葉には感情が全く感じられない。本当に、人形がしゃべっているみたいだ。半獣人の少女は苛立った様子で舌打ちした。
「じゃあ どうすればいいんだよ? 止めろって言うなら 代わりに何かしてくれるのか?」
「貴方達を拘束し 魔王様の下へ連行します」
その言葉に、半獣人の少女は顔色を変えた。魔王の元に連行されるなんて、ただ事では済まない。半獣人の少女はすぐさま後退した。
「冗談じゃない! そんなの御免だよ!」
「抵抗するのであれば 実力行使に移ります」
魔動猫の目が鋭く光った。彼女はゆっくりと間合いを詰めてくる。その動きには一切の無駄がない。訓練された兵士のような、あるいは狩人が獲物に忍び寄るような動きだ。俺の身体から冷や汗が流れ出た。
「ちょ ちょっと待って!」
半獣人の少女が慌てて両手を上げた。どうやら、ここで争うのは得策ではないと判断したようだ。
「分かったよ 分かった! 採掘は止めるよ これ以上やらないから 見逃してくれよ」
半獣人の少女は早口にまくし立てた。魔動猫はしばらく無言で彼女を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「了解しました 貴方達の採掘活動は中断されました」
その言葉に、半獣人の少女はホッと息をついた。魔動猫は淡々と続ける。
「ですが 領内で不当に採取された魔石は魔王様への 献上品となります 没収させていただきます」
魔動猫はそう宣言し、半獣人の少女に近づいていく。彼女はビクリと肩を震わせ、慌てて後ずさった。
「な なんだよ! 没収って! これは私が一生懸命掘ったやつだぞ! 痛っ!」
半獣人の少女が悲鳴をあげたとき、魔石は既に魔動猫の手中にあった。魔動猫は少女の腕を捻り上げ、器用に魔石を取り上げたのだ。そのまま少女を解放すると、手の中の魔石を掲げて観察し始めた。
「……これは?」
魔動猫は興味深そうに魔石を凝視する。その表情には珍しく、微かな驚きが見て取れた。
「この魔石……純度が非常に高いですね」
「ちょっと! 返せよ!」
半獣人の少女が抗議の声を上げた。魔動猫はそれを無視して、魔石を様々な角度から観察している。
「どうやって見つけたのですか?」
「どうやってって言われても…… 青いのに教えてもらったんだよ」
半獣人の少女は俺を指差した。魔動猫はゆっくりと俺に視線を移した。その瞳が俺をじっと見つめる。冷たい、鋭い視線だ。まるで品定めでもされているかのような圧力を感じる。
「このスライムが……ですか?」
魔動猫はそう言って、俺の傍に膝をついた。彼女は無表情のまま、俺を凝視する。その視線からは何も読み取れない。俺の魔力感知も、彼女からは微塵も魔力を検知できない。魔動猫と名乗っているが、本当は何か別の力で動いているのかもしれない。
そんなことを考えている間にも、彼女の手が俺に伸びてくる。魔動猫の掌が俺の体表に触れた。ひんやりとした金属のような感触。人間の体温とは全く異なる。俺は思わず身体を強張らせた。
「ちょっ な 何をするんだよ!」
半獣人の少女が慌てて制止に入る。だが、魔動猫はその言葉を無視して、俺の体をじっくりと観察し始めた。彼女の視線は容赦なく俺を貫く。まるで全てを見透かされているような気がして、とても居心地が悪い。
「通常のスライムとは僅かに性質が異なりますね 外皮の弾力性 内部組織の密度 魔力の流れ…… いずれも通常のスライムとは微妙に異なります 魔力を感知する能力も高いようですね どのような経緯でこのような性質を 獲得したのでしょうか?」
「青いのは見世物じゃないぞ!」
半獣人の少女が我慢しきれずに叫んだ。魔動猫は彼女の言葉に一瞬動きを止めたが、すぐに俺から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「……失礼しました」
魔動猫はそう言って頭を下げた。その態度は丁寧だが、全く悪びれているようには見えない。
「しかし このスライムは極めて稀少な特性を 持っています 研究対象として非常に興味深い存在です」
「おい! いい加減にしろよ! こいつは私の相棒なんだからな!」
「……はい」
魔動猫はゆっくりと頷いた。
「このスライムの能力は 貴方の採掘能力と 非常に相性が良いと判断できます」
「当たり前だろ こいつがいなきゃ 魔石は掘れなかったんだからな」
半獣人の少女は誇らしげに俺を抱き上げた。俺は少し照れくさくなって、ぷるぷると身体をくねらせた。
「一つ提案があります 貴方達の魔力感知能力と採掘能力は 非常に有用です もしよろしければ 魔王軍採掘班として採用したいのですが」
「は? 魔王軍?」
突然の申し出に、半獣人の少女は目を丸くした。
「もちろん給金は保証しますし 宿舎も提供します 食事も支給されます」
「それって……」
半獣人の少女は俺をちらりと見た。確かに、ここで勝手に採掘するのが許されないのなら、魔王軍に入って正式に認められた上で仕事をするのも一つの選択肢かもしれない。それに、住む場所や食事が保障されるのは魅力的だ。半獣人の少女は、しばらく考えたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「うん 分かったよ あんたの言う通り 魔王軍に入る」
「ありがとうございます」
魔動猫は深々と頭を下げた。その律儀さに、俺たちは少し拍子抜けしてしまった。意外と礼儀正しいようだ。
「これからよろしくお願いします さあ それでは参りましょう 魔王様の下へ」
魔動猫は踵を返し、魔族領の中心へと続く道を進み始めた。俺と半獣人の少女は、顔を見合わせた後、彼女の後を追いかけた。
こうして俺たちは、成り行きで魔王軍の一員となってしまった。この決断が吉と出るか凶と出るかは分からない。だが、少なくとも昨夜のように野営するよりはマシだろう。そんなことを考えながら、俺は半獣人の少女と並んで歩き続けた。




