最終話「本当のものだけが、残った
結婚の儀は、辺境伯領の教会で執り行われた。
王都の華やかな式場ではない。石造りの小さな教会で、窓から差し込む冬の光が祭壇を照らしていた。招待客の数も多くはなかった。砦の兵たちと、領民たちと、遠くから駆けつけた数人の知人だけ。
それで十分だった。
かつて後ろ指をさされていた私が、今は多くの人に祝福されている。兵たちの顔に、打算はなかった。領民たちの言葉に、条件はなかった。ただ、喜んでいた。それだけだった。
誓いの言葉を交わす瞬間、光の膜がまた淡く二人を包んだ。
誰かが息を呑む気配がした。でも私には、驚きはなかった。当然のことだと思った。愛されているから、反応する。守りたいから、応える。それだけのことだった。それだけのことが、二十年かかった。
遠く砦の方角に漂っていた薄い瘴気の気配が、静かに晴れていくのが分かった。
式が終わり、教会の扉が開いた。
冬の光が、石畳に降り注いでいた。セドリック様が、私の手を取った。温かく、迷いなく、離す気配がなかった。
「寒くないか」
「あなたがいるので」
セドリック様が、一瞬だけ目を瞬かせた。それから、小さく笑った。滅多に見せない顔だった。
「……そうか」
それだけ言って、手を握る力が少し強くなった。
婚約破棄されたあの夜から、私の人生は確かに変わった。失ったものは何もなかった。あの夜会で失ったものは、最初から本物ではなかった。ただ、本当のものだけが、残った。
家族の冷たい視線も、婚約者の打算も、妹の企みも、全部あの夜に終わった。終わって初めて分かった。あれは終わりではなく、始まりだったのだと。
窓の外には、穏やかな冬の光が差し込んでいた。
隣に、温かい手があった。
完




