第7話「三度目の浄化」
移り住んで半年が経った冬の初め、辺境の東端で魔獣の大規模な群れが確認された。
瘴気を纏った上位種が群れを率いており、砦の騎士団だけでは対処が難しいという報告が上がった。上位種の瘴気は精神に干渉する類のものだという。侵食された者は恐怖の幻覚を見て、戦闘不能に陥る。剣では祓えない。
セドリック様が出陣の準備を整えている夜、私は彼の執務室を訪ねた。
地図を広げたまま顔を上げたセドリック様は、私の顔を見て何かを察したように、小さく息を吐いた。
「言うな」
「言います」
「お前は後方で――」
「セドリック様」
遮ると、彼は口を閉じた。
私はまっすぐ彼を見た。
「あなたが行く場所に、私もいます。それだけです」
精神攻撃系の瘴気なら、私の加護が最も有効だ。剣で断ち切れないものを、光で祓える。それは理屈だった。でも理屈だけではなかった。この人が行く場所に、私もいたかった。それだけのことだった。
しばらく沈黙があった。セドリック様は私をまっすぐ見て、それから小さく息を吐いた。
「……分かった。だが、無理はするな」
「それはお互い様です」
翌朝、私たちは並んで砦を出た。
戦場は苛烈だった。上位種の瘴気は濃く、最前線に立った騎士たちの動きが次々と鈍くなっていく。幻覚に囚われた者が膝をつき、剣を取り落とす。セドリック様が前線で剣を振るいながら、後方の私に一瞬だけ目を向けた。
行け、という目だった。
私は一歩前に出た。
一度目の浄化で、周囲の霧が薄くなった。騎士たちが顔を上げ、動きを取り戻す。
二度目の浄化で、上位種の動きが鈍った。瘴気の供給が断たれ、群れが揺らぎ始める。
三度目——
身体の奥で、何かが完全に開いた。
これまでとは桁が違った。光が溢れ出し、戦場全体を包む。瘴気が残らず晴れ、上位種が光に触れた瞬間に動きを止めた。魔獣たちが一斉に踵を返し、荒野の奥へ消えていく。
静寂が戻った戦場で、騎士たちが呆然と立ち尽くしていた。
誰も、動かなかった。
セドリック様が、私の隣に立った。肩が触れるほどの距離で、ただ一言だけ言った。
「ありがとう」
その二文字が、これまでどんな称賛よりも、胸に深く届いた。
称賛ではなかった。感謝だった。私という人間に向けられた、真っ直ぐな感謝だった。
私は答えなかった。答える言葉が、見つからなかった。ただ、隣に立ったまま、静かに頷いた。
荒野に、風が吹いた。瘴気の匂いがない、澄んだ風だった。




