第6話「ここには、居場所がある」
辺境伯領へ移り住んだのは、婚約から三月後のことだった。
王都から馬車で二日。国境に近づくにつれ、空気が変わった。瘴気の薄い層が、風に乗って流れてくる。普通の人間には感じ取れない濃度だが、私には分かった。そしてその瘴気に対して、身体の奥が静かに反応した。
まだ小さい。でも確かに、応えている。
砦に着いた初日、セドリック様は私を城壁の上に連れて行った。
眼下に広がるのは、果てしない荒野だった。所々に瘴気の黒い靄が漂い、遠くで魔獣の遠吠えが響いている。美しいとは言えない景色だった。
「怖いか」
セドリック様が、隣で静かに聞いた。
「いいえ」
それは本当のことだった。怖くなかった。むしろ、ここに来るべくして来たという感覚があった。自分の加護が、この土地を必要としているような。この土地が、私の加護を必要としているような。
「そうか」
セドリック様は短くそう言って、荒野を見渡した。その横顔に、安堵の色があった。
辺境での日々は、想像よりずっと濃かった。
砦では日々、小規模な瘴気溜まりの浄化が必要とされていた。私の加護は、思いがけない形で役に立った。魔獣を倒す力ではない。瘴気そのものを祓い、土地を清める力。それは剣では届かない場所に届いた。浄化の儀の後は決まって疲弊したが、それ以上に、自分の力が誰かの盾になっているという感覚が、胸の奥を静かに満たした。
王都にいた頃には、一度も感じたことのない感覚だった。
セドリック様は、私が浄化の儀のあとに書斎で眠り込んでいると、さりげなく毛布をかけた。詰所の兵たちには「フィオナに無理をさせるな」と念を押した。素っ気ない口調の裏に、隠しきれない優しさがいつも滲んでいた。
「無理はするな。お前の加護は貴重だ。国のためより先に、お前自身を大事にしてくれ」
「心配性ですね、あなたは」
「お前に関してだけは、な」
その言葉に、頬が緩むのを止められなかった。
加護のためより先に、と言った。国のためより先に、と言った。それがどれほど当たり前でない言葉か、二十年間を経た私には分かった。
ここには、居場所がある。
生まれて初めて、そう思った。




