第4話「今さら跪いても、もう遅い」
静寂の中で、最初に動いたのはクラウス様だった。
「な、なぜ同調の加護持ちが、無能力扱いされていたんだ……瘴気を祓える加護なら、王国にとってどれほどの――」
青ざめた顔で、言葉を途切れさせる。その目が、私ではなく加護を見ていることに、もう驚かなかった。
王家の魔導調査官が駆けつけ、会場に仕込まれていた瘴気石の出所を調べ始めた。私はセドリック様の隣に立ったまま、その様子を眺めていた。
ほどなくして、調査官が口を開いた。
「リゼット嬢。この瘴気石は、討伐で押収された禁制品です。なぜあなたの部屋から」
会場の視線が、リゼットに集まった。
「わ、私は……ただ、お姉様の加護が反応しないところを、皆に見せつけたくて……瘴気石を近くに置けば、加護持ちが反応しやすくなると聞いて……」
リゼットは震える声でそう白状した。
姉の無反応ぶりを演出しようとした企みが、逆に己の炎を暴走させ、会場を火の海にしかけたのだ。その事実が広間に広がるにつれ、招待客たちの視線が冷たく変わっていった。
「禁制品の不正所持及び使用、並びに公共の場での重大な危険行為。追って沙汰を下します」
調査官の冷静な声に、リゼットは崩れ落ちた。
かつて勝ち誇った顔で私を見下ろしていた妹が、今は床に膝をついている。その光景を見ても、私の胸に湧いたのは勝ち誇る喜びではなく、静かな安堵だけだった。
「フィオナ、待ってくれ! 婚約の話は、なかったことに――」
クラウス様が慌てて駆け寄ってきた。
「今さら、私を愛そうとしても遅いですわ」
「そんな、俺は本気で――」
「あなたは私ではなく、加護に用があっただけです。今頃取り繕っても、遅すぎます」
クラウス様は何度も謝罪の言葉を並べたが、その目には保身の色しかなかった。私は、それ以上言葉を交わすことなく背を向けた。
後日、クラウス様は婚約破棄の撤回を王家へ申し立てたが、瘴気石の件に関与を疑われ、調査が入った。結果として嫌疑は晴れたものの、この夜の軽率な言動が貴族社会に広まり、次期侯爵としての評判は地に落ちた。かつて私を「公爵家の恥」と呼んだ人々の視線が、今度はクラウス様に突き刺さっていた。
リゼットは禁制品所持の罪に問われ、加護を一時的に封じられた上で、王都の療養院で謹慎させられることになった。
父と母が屋敷を訪ねてきたのは、それから間もなくのことだった。
「フィオナ、お前を正式に跡継ぎに戻したい。国境の防衛のためにも、お前の浄化の加護が必要なんだ」
父の声は穏やかだった。だがその穏やかさが、かえって空虚に聞こえた。
「つまり、私のためではなく、家と国境のためということですね」
父は答えなかった。それが答えだった。
母が口を開いた。
「フィオナ、あなたのことを、ずっと心配していたのよ。ただ、どう声をかければいいか――」
「しっかりしているから、ですか」
十二歳の春に言われた言葉を、そのまま返した。母は唇を噛んで、黙った。
「今さら、ですか」
短くそう告げると、二人は何も言えないまま押し黙った。私は深く礼をして、部屋を出た。廊下に出た瞬間、不思議と胸が軽かった。怒りではなく、悲しみでもなく、ただ長い間抱えていた何かを、静かに下ろせた気がした。




