第3話「生まれて初めて、守られていいと思った
落ちてくる炎を、私は見上げたまま動かなかった。
セドリック様の手が、私の肩から背へ回る。強く、迷いなく、抱き寄せられた。
「怖がらなくていい」
もう一度、同じ言葉だった。でも今度は、最初とは違った。最初は励ましだった。今度は、約束だった。
胸の奥の熱が、一気に広がった。
これまでの二十年が、一瞬で通り過ぎた。期待することをやめた日。泣くことをやめた日。感情を表に出すことをやめた日。全部、自分を守るためだった。傷つかないように、失望しないように、誰かに何かを求めないように、少しずつ、少しずつ、自分の内側に壁を積み上げてきた。
その壁が、今、音もなく崩れていく。
守られていい、と思った。
生まれて初めて、そう思った。
誰かの腕の中で、守られていい。この人の前では、しっかりしていなくていい。強くなくていい。無反応でも、無能力でも、それでもここにいていい。
「――守って」
声に出したつもりはなかった。気づいたら、零れていた。
次の瞬間、私たちを中心に光が広がった。
淡い、白い光だった。炎でも魔法でもない。もっと静かな、深いところから滲み出るような光。それが波紋のように広がり、会場全体を包んでいく。
黒紫の炎が、光に触れた瞬間に色を失った。瘴気が剥がれ落ち、炎が本来の赤へ戻り、そのまま静かに消えていく。ぱちん、と何かが弾ける音がして、天井を覆っていた瘴気の霧が白い光の粒となって散った。
悲鳴が止んだ。
幻覚に囚われていた人々が、次々と正気を取り戻す。膝をついていた騎士たちが顔を上げ、出口へ殺到していた招待客たちが立ち止まる。広間が、静寂に包まれた。
全員の視線が、私に集まっていた。
セドリック様が、静かに口を開いた。
「同調の加護は、誰かに真に愛されて初めて反応する希少な加護だ。瘴気を祓う浄化の力を持つ、大陸でも数十年に一人現れるかどうかの上位加護」
一拍置いて、続けた。
「俺はずっと、あなたの本当の価値に気づいていた。加護のためではない。あなたのそういうところに、惹かれていた」
頬が熱くなった。
セドリック様の瞳が、真っ直ぐに私を見ている。値踏みでも、打算でも、哀れみでもない。ただ、私を見ている。加護持ちでも令嬢でもなく、フィオナという人間を、ずっと前から見ていた目だった。
会場がどよめく。先ほどまで私を蔑んでいた貴族たちが、次々と頭を垂れ始めた。
私はその光景を、セドリック様の腕の中から、静かに見ていた。




