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「山下さんって、どうしてそんなに頑張れるの?」
いつものように、進路指導室で勉強していると、浪川君に質問された。
彼は、この部屋に入ってきてから、私の勉強している姿をずっと横から見ていた。
「うーん。前も言ったけど、医学部に入りたいからです。」
前も同じことを言ったと思うが、これ以上の理由はないので、私は繰り返し答えた。
「...努力って報われるとは限らないじゃん。ここまで頑張ったのに、ダメだったら嫌だなとか思わないの?」
そう聞く、浪川君の顔を見ると、なんだか少し不安そうな顔をしている気がした。
「…私も努力をすれば、必ず目標を叶えられるとは思わないよ。前も話したけど、宝塚音楽学校に合格するのって、運とかタイミングとか努力だけじゃどうにもならないことも必要だと思ったし。
でも、じゃあ今何をすべきかなって考えると、誰にも分からない未来のことで不安になるよりも、目標を叶えるためにひたすら努力する方が、気持ち的に楽な気がする。頑張った事実って、自信につながるし。それに、もしダメでも、頑張った経験って、きっとどこかで役に立つと思うから。やっぱり私は宝塚に入るために必死で努力した経験って、今、受験勉強を頑張れてることに繋がってると思うし。」
そう言って浪川君を見ると、彼はしばらく黙っていた。会話が終わったのかと思い、勉強を再開しようとすると、浪川君は口を開いた。
「...やっぱり山下さんはすごいな。そう思えて。俺はそうは思えなかった。」
いつもの気怠げな雰囲気とは違う、少し悲しそうな表情が気になった。
「何かあったの?」
彼の様子が気がかりで、私は聞いた。
浪川君はこちらを見て話し始めた。
「…俺、中学校の時、バレー部だったんだ。2年生で県大会も優勝して、スポーツ推薦の話も来てて、本気で頑張ってた。
でも、3年生の時の地区予選で、膝の靱帯切っちゃって、そのまま入院して、手術になった。その後、もう一度バレーをしようとしたけど、やっぱり昔の状態には戻らなくて…スポーツ推薦の話もなくなった。周りからもアイツはもうダメだって言われて。
あんなに頑張ってたのに…全部無駄だったんだなって思っちゃったんだよね。それでそのまま普通に高校受験して、ここに入った。部活も、もう何かを本気でやる気持ちが起きなかった。」
浪川君がどんな人かよく分からなかったけど、初めて彼の本当の姿をみた気がした。
彼も私と一緒で、夢に向かって努力する人だったのだ。
「だから、目標に向かって頑張ってる人を、ちょっと冷めた目で見ちゃってた。…今になって思うと、山下さんみたいに考えることができなくて、ふてくされて、八つ当たりしてたんだなって思った。...なんか、今まで態度悪くてごめん。」
思いがけず謝られて驚いた。
「別に謝らなくて大丈夫だよ。私も宝塚落ちたときは、1週間ご飯食べられないくらい落ち込んで、今みたいに思えるようになるまで時間がかかったし。それに、やっぱり努力する人を斜めに見る人ってたくさんいるから。私も色々言われたことあったし。」
そんなに背が低かったら合格は無理だよ。そう言われ、否定されたことを思い出した。
「...でも、周りがなんて言おうと、自分にとって一番納得できることをするのが大事だよ。よそはよそ、うちはうちで。」
そう話す私の姿を浪川君は何も言わずに見ていた。
「…良いことを聞いた気がする。ありがとう。」
浪川君はそう言って笑った。
「話変わるけど、山下さんって長くて言いづらいから、梓ちゃんって呼んでいい?」
唐突な提案に驚いたが、
「なんて呼ばれてもいいけど、梓ちゃんと山下さんって文字数あんまり変わらなくない?」
私がそう言うと、
「あずちゃんは?」
浪川君は私の表情を窺うように聞いてきた。
「なんでもいいよ。好きに呼んでくれて。」
私が答えると、
「じゃあ、あずちゃんで。」
そう言って、彼は満足そうな表情をしたので、私はまた勉強を再開した。
7月に入り、文化祭の準備期間になった。クラスメートの1/2は行灯作製の担当になり、残りの2/3は衣装作製、私を含む1/3はクラス展示の担当になった。
基本的に3年生のクラス展示は飲食店をやるので、メニューを決めて材料を用意する組と、クラス内の飾り付けをする組に分かれて作業をしていた。私は後者に配属され、ひたすらペーパーフラワーを作っていた。
「あずにゃん、一旦休憩しようよ。一緒に行灯どれくらいできたか見に行こう。」
クラスメートの矢崎琴音こと”ことちゃん”が私に声を掛けてきた。ことちゃんは3年生で初めて同じクラスになったが、席が前後でよく話すようになり、仲良くなった。彼女は見た目が少し派手で、初めはちょっと怖かったけど、とても優しい子だと知った。やっぱり人を見かけで判断してはいけない。
私と同じ装飾担当の子達は各々のペースで作業してたので、みんな自由に動いていた。少しなら抜けても大丈夫そうだと思った。
「うん。一緒に行きたい。」
私はそう答えて、ことちゃんと一緒に、行灯作製が行われてる体育館に向かった。
私たち3年6組の行灯、衣装、展示のテーマは不思議の国のアリスで、行灯はチェシャ猫を作ることになっていた。ちなみに私がひたすら作っていたペーパーフラワーは、ハートの女王の庭園に咲くバラをモチーフにしていた。
体育館に着いて、私たちのクラスの行灯を見ると、チェシャ猫は骨組みの大部分が完成していたが、まだ紙が貼り付けられていなかった。
「お疲れ様。進捗状況どう。」
ことちゃんは行灯担当の林海斗君に話しかけていた。林君は学外でバンドを組んでおり、肩の上まであるロングヘアで、大人っぽい雰囲気がある人だった。笹井君と仲が良く、行灯作製も2人で一緒にやっていた。
「うーん。大体できてたんだけど、設計図を作った高野が言うには、少し寸歩が狂ってるらしくて、微調整中。今日中に紙貼り始めたいんだけどね。あと2日しかないし。」
今日は木曜日で、行灯行列は明日の17時から始まる。すでに紙を貼り付け始めているクラスも多かった。
「衣装はどう?順調?」
衣装チームのリーダーである、ことちゃんに、林君が聞いていた。
「頑張ってるよー。とりあえず男子全員のトランプ兵の衣装と林のマッドバッターの帽子はできたから、他の子達に女子のチェシャ猫の耳と尻尾、時計ウサギの耳と尻尾を作ってもらってる。私は自分のハートの女王の衣装と、あずにゃんのアリスの衣装を大急ぎで作ってる。絶対完成させる。」
ことちゃんは意気込んでいた。ことちゃんがハートの女王なのは似合うとしても、私が唯一のアリスなのはどうかと思っていたが、
"あずにゃんがこのクラスで一番背が低くて華奢だし、色白で絶対似合うから。任せて。”
ことちゃんにそう言われ、押し切られたのだった。
「展示はどう?作業進んでる?」
笹井君に話しかけられた。
「うん。私は言われた通り、ペーパーフラワーを作ってるだけだから、全体像は正直分からないんだけど、リーダーが言うには、順調らしいよ。メニューも決まって、昨日は試作品食べさせてもらったんだけど、パスタスナック美味しいよ。」
パスタスナックはコンソメ味とのり塩味で市販品のように美味しかった。
「ちゃんと楽しんでるね。」
笹井君は笑った。
「前にも話したとおり、文化祭期間くらいは勉強抜きで青春したいからね。」
私がそう答えると、
「あずちゃん。」
後ろから呼ばれた。振り返ると浪川君がいた。行灯作製をしているようだった。
「お疲れ様。6組は順調?」
彼は進捗状況を聞いてきた。
「お疲れ様。とりあえず、クラス展示は順調だと思う。5組はどう?行灯で何作ってるの?」
「トトロだよ。ジブリがテーマ。行灯は紙を貼り始めたから、たぶん間に合いそう。6組はチェシャ猫だっけ?」
「そうそう、不思議の国のアリスがテーマだから。」
「へー。あずちゃんはどのキャラの格好するの?」
「アリスだよー。私が似合うかは自信ないけど。浪川君はジブリのどのキャラクターの衣装着るの?」
「へー。似合うと思うけどね。俺はアシタカらしい。いつの間にか決まってた。」
「そうなんだ、似合いそう。」
しばらく話してると、
「拓実ー、戻って来て。」
浪川君はクラスメートの女子に呼ばれた。
「じゃあ、呼ばれてるから戻るわ。」
彼はそう言って立ち去っていった。
「…あずにゃん、いつの間に浪川と仲良くなったの?前、同じクラスだったっけ?」
ことちゃんは私の様子を窺うように、聞いてきた。
「ううん。同じクラスになったことはない。でも、Y県立医大のAO入試を浪川君も受けるらしいから、進路指導室でやってる受験対策で一緒になって話すようになったの。」
私の答えを聞いたことちゃんは、
「なんで”あずちゃん”呼びなの?」
含み笑いをしながら聞いてきた。
「”山下さん”だと長くて呼びづらいから、”あずちゃん”って呼んでもいいかって聞かれて、良いよって言ったからだよ。」
私の答えを聞いたことちゃんは
「そうか、そうか、うーん、なるほどねー。」
そう言って笑顔になり、林君もニヤニヤしていた。
笹井君だけは深刻そうな顔をしていた。




