88 2人の場合、続き
留学の準備などで忙しい日々を送っていると、あっという間に卒業式の日になった。久しぶりに教室にクラスメートが集まる様子を見ていると、想像していたよりも感慨深かった。梓は矢崎と楽しそうに話していて、俺はその様子を自分の席から見つめていた。
「...また、見つめてるの?飽きない?」
海斗が笑いながら声をかけてきた。
「制服姿を見られるのはこれで最後だから、目に焼き付けておこうかと思って。久々に見るとよく似合ってて可愛いなって。」
俺が真顔で言うと、海斗は呆れたように笑ってた。
「なんで彼氏なのにそんなストーカーみたいな感じなの?あとで一緒に写真でも撮ったら?」
「そうするよ。」
卒業式が始まる前に、トイレに向かい、用を足してから手を洗っていると、隣に誰かが来て、声をかけられた。
「こんにちは。」
声の主を見ると、なんと、浪川だった。
「...どうも。」
驚いて、一瞬詰まってしまったが、なんとか言葉を絞り出した。そんな俺の様子を見た浪川が、笑い出した。
「ちょっと、驚き過ぎでしょ。お化け見たみたいな反応しないでよ。」
「いや、まさか、話しかけられると思ってなかったから...。」
俺は話しながらしどろもどろになってしまった。梓のことを好きなライバルと認識してたので、敵対心しかなくて、今まで浪川としっかりと話したことはなかった。
「アメリカ留学するんでしょ?すごいね。思い切りが。」
「...まぁ、目標を叶えるためから。」
「笹井のそういうところが好きなんだろうねー、あずちゃんは。」
梓の名前が出たので、俺は浪川の顔を見てしまった。俺の視線に気づいた浪川は、
「あぁ、大丈夫。俺、告白して、しっかり振られてるから。それに、今、付き合ってるんでしょ?あずちゃんと。」
梓と浪川の間に何があったかは、考えないようにしていた、結果的に俺を選んでくれたんだから、浪川に嫉妬したくなかった。
そうか、梓に告白してたのか。正直すごくモヤモヤする。でも、断って俺と付き合っているんだから、気にしすぎるのも良くないと思うし。
そんなことを考えていて、しばらく黙っていたら、
「あれ?付き合ってないの?俺、まだチャンスある?」
と聞かれ、
「いや!付き合ってるから!俺の彼女だから、絶対ダメだよ。」
大声で返してしまった。俺の慌てた様子を見た浪川は笑っていた。
「いや、焦りすぎでしょ。彼氏なのに余裕ないんじゃない?」
コイツ、反応がいちいち腹立つな。
「...余裕なんてないよ、お前みたいに、梓のこと好きになるやつが、いつ出てくるか分からないんだから。」
そう答えると、浪川はなんだか余裕そうな笑顔を見せていた。もしかして、コイツ、まだ梓のことを好きなんじゃないか?
俺は牽制も込めて宣言することにした。
「...でも、梓を好きな気持ちは誰にも負けないから。絶対に。誰にも渡さない。」
そう言って俺が睨むと、浪川は一瞬真剣な表情をした後に、また笑顔に戻った。
「アメリカにいるのに?離れてるのに、できるの?」
「...変なやつが近づいてきたら、速攻帰国する。」
梓には言っていないけど、ダンススタジオのトレーナーとしてもらっていたバイト代はしっかり貯めていた。緊急事態があれば、飛行機代くらいにはなるはずだ。
「俺は、梓のこと絶対に離さないし、諦めないから。」
俺がそう凄むと、浪川は少しだけ感心したように俺のことを見ていた。
「笹井があずちゃんをとーーっても好きなのはよく分かった。」
「...そうだよ。大好きだよ。」
「えー、誰が好きかを言わずに大好きだけ言うと、まるで俺が告白されてるみたいじゃん。」
「んなわけないだろ。からかうな。気持ち悪い。」
そんなやりとりをして、また浪川は笑っていた。
しばらくして黙ると、
「あずちゃんとお幸せに。」
そう言って少し悲しそうな笑顔を見せた。
「...絶対に幸せにするから。」
俺が真顔で言うと、彼はニコッと笑った。
「あー、でも久しぶりに見たあずちゃん、髪の毛伸びてて、大人っぽくて、さらに可愛くなってたなー。写真一緒に撮ってもらおうかなー。」
浪川がふざけたことを言ったので、
「良いわけないだろ。絶対ダメ。梓に近づくな。」
そう釘を刺した。
「えーケチだな...まぁ良いよ。文化祭のアリス姿で我慢する。」
そう返され、
「今すぐその写真を消せ!」
俺はまた大声を出す羽目になった。
「ことちゃん、本当に合格おめでとう!」
「ありがとう!卒業式前に結果が出て良かったよー。モヤモヤしたまま卒業式やるのは嫌だったから、本当に安心した。」
昨日、前期試験の結果が発表され、ことちゃんは無事Y大学の薬学部に合格していた。
「同じ市内だし、これからもちょくちょく遊ぼうね。あずにゃん。」
「うん。これからもよろしくお願いします。」
今後も、ことちゃんと仲良くできそうで、私は嬉しかった。
卒業式が始まると、この学校に入学してからのことが、蘇ってきた。最初の頃はまだ、宝塚音楽学校の受験に失敗したことを引きずって、落ち込んでいて、そこからの高校生活に希望を見出せなかった。
でも、医師になると言う新しい目標ができて、毎日死に物狂いで勉強して、成績を維持するのは大変だったけど、そのおかげで、医学部に入ることもできた。
何より、そんな私の頑張っている姿を見て好きになってくれた人がいた。
私は自分よりも前に並ぶ、陽介君の後ろ姿を見つめた。
後ろ姿を見るだけで、胸が苦しくなるくらい、好きな人に出会えて、その人に好きになってもらえて、今、一緒にいられることは、とても幸運だ。
この気持ちを私はずっと忘れずにいたいと思った。
卒業式が終わり、私はことちゃんに連れられて、陽介君と林君の元に向かった。ことちゃんは陽介君に近づくと、彼の右腕を軽く殴っていた。
「何?いきなり、」
陽介君が驚いていると、
「あずにゃんを返せ。」
ことちゃんはふざけて陽介君に凄んでいた。
「なんだよそれ。」
陽介君が呆れたように言うと、
「付き合えたからって調子に乗らないでね?
あずにゃんを不幸にしたら本当に許さないから。呪うから。」
ことちゃんはジト目で陽介君を見ながら低い声で話していた。そう言われた陽介君は、私のことをじっと見た。
「絶対幸せにする。それは約束する。」
真顔でそう言われ、私はまた顔が真っ赤になった。
「ちょっと、さすがに見せつけすぎだよ。」
林君がそうツッコミを入れて、笑っていた。
「はいはい、そんなことより4人で写真撮ろう。ほら寄って。」
「そもそも、矢崎が変なこと言うからだろ。」
そんなやりとりをしながら、4人で写真を撮った。
撮り終わった後、陽介君に、
「梓、2人で撮ろう。」
と声をかけられたので、陽介君と並んで写真を撮った。よく考えてみると、ツーショットを撮ったのは初めてだった。
画面に映る私たちの姿を愛おしそうに見つめる陽介君を見て、私はまた胸が苦しくなった。
「梓、一緒に帰ろう。送るよ。」
「うん。」
高校からの帰り道を陽介君と手を繋いで歩きながら、初めて一緒に帰った日のことを思い出していた。
「初めて、陽介君に家まで送ってもらった時のこと思い出した。懐かしい。なんか、陽介君から、私が話す前のイメージと違うって言われた覚えがある。」
朧げな記憶で、陽介君は目つきが悪く見えたけど、見上げると大きな瞳で、そこまで怖くないと思った気がする。
「あの日のことは多分、俺、一生忘れない。一目惚れして、ずっと憧れてた人と、初めて話せた日だから。顔は認識されてなくて、悲しかったけど。」
「ごめん。陽介君に言われて、いかに自分が周りのこと全然見えてなかったかが分かった。これからは気をつけます。」
「...変なやつに好かれないように気をつけてね。それが1番心配。」
そう言うと、陽介君は苦笑いしながら、私を見ていた。
「...大丈夫。私が好きなのは陽介君だけだから。」
そう返すと、溶けるような優しい笑顔を見せてくれた。
私は、彼をまた愛おしく思った。
「...明日の誕生日、何したい?前に聞いた時、もう少し考えるって言ってたままだったから。陽介君の希望を聞きたい。」
陽介君に聞くと、彼はしばらく黙っていた。そして、意を決したように口を開いた。
「この前のバレンタインデーのクッキーがすごく美味しかったから、また食べたい。あと、梓が嫌じゃなければ...明日、俺の家来ない?...両親いないんだけど。」
陽介君にまっすぐに見つめられながら、そう言われて、心臓が跳ねる音がした。
彼は少し不安そうな表情をしていた。
きっと、あの時のことを気にしてるんだろう。
私の中で、彼と、先に進みたいかは決めかねていたけど、少しでも長く彼のそばにいたかった。
「うん。お邪魔させてもらうね。クッキー気に入ってもらえて良かった。頑張って作る。」
そう答えると、彼はほっとしたような表情を浮かべていた。




