84 山下さんの場合、続き
陽介君のお母さんが作ったご飯は、どれもとても美味しかった。勧められるままに食べ続けたら、さすがにお腹がいっぱいになってしまった。
「どれも本当に美味しかったです。お腹いっぱいで幸せです。」
私がそう伝えると、お母さんはにっこりと笑ってくれた。
「梓ちゃんが美味しそうにたくさん食べてくれて、私も嬉しかった。ありがとうね。」
お母さんは予想通り明るい人で、たくさん話しかけてくれたので、私も楽しく会話することができた。お父さんと陽介君をいじりながら場を盛り上げる話術はさすがだった。
「でも、いいの?梓ちゃん。本当に陽介で。目つき悪いし、高卒になるし、取り柄はダンスくらいだよ?」
「自分の息子なんだから、もう少し褒めてよ。」
「1番近くで見てる親だからこその意見なんだから、ありがたく受け止めなさい。」
「せめて、目つきが良かったらなぁ。」
「父さんも、ひどい。俺の目は、父さんの方のおじいちゃんの遺伝でしょ。俺には責任はない。」
3人でテンポよく進む会話を見ているのはとても楽しかった。
「私は、陽介君のダンスも好きですけど、あそこまでのダンスができるように努力する姿とか、自分の夢を叶えるために、留学する勇気とか、全部尊敬してるので、陽介君とお付き合いできて、幸せです。目つきも、最初はちょっと怖かったですけど、今はすごい素敵だと思ってます。」
そう言うと、お母さんはキャーと歓声を上げた。
「なんて素敵なフォローなの。陽介、絶対に梓ちゃん大事にしなさいよ。もし2人が喧嘩しても私は梓ちゃんの味方だから。」
「うるさいなぁ。」
そんな風にしばらく盛り上がって話していると、
「梓ちゃんの家で、アルバム見せてくれたんでしょう?陽介のアルバム出しておいたから、2人で部屋で見てきたら?そろそろ片付けしようと思うし。お父さん手伝ってね。」
お母さんがそう言ってくれたので、お言葉に甘えて、陽介君の部屋に行くことにした。
アルバムを持った陽介君と一緒に、2階へ上がり、部屋に入った。青色を基調とした部屋で、ダンス関連のものが多く置かれていた。陽介君が机の上にアルバムを置いている間、私は壁一面に並べられている、トロフィーと表彰状を見ていた。
「すごい...。こんなに並んでると、迫力がある。」
私がそのまま眺めていると、陽介君に手を引かれた。
「え?」
驚いて、彼を見ようとした瞬間、そのまま抱きしめられた。
「...ありがとう。大介のこと。キーホルダーも。すごい嬉しかった。両親も喜んでいた。」
私を押し潰さないように、手加減をしてくれているのが分かって、その優しさが嬉しかった。私は彼の背中に手を回した。
「喜んでもらえたなら良かった。本当はキーホルダーを見つけた時、陽介君に相談しようかと思ったんだけど、ちょうどトイレ行ってたから。戻ってくるの待ちきれなくて、つい買っちゃった。」
直感的に喜んでくれる気がしたので、思わず買ったのだった。
「あと、母さんが、梓がずっと、大介のことを過去形で話さなくて、嬉しかったって。さっき梓がトイレに行ってる時、ちょっと泣きそうになってた。」
「...お母さんが書いた本に書いてたから。大介君のことを、たくさんの人に知ってもらえるのは嬉しいけど、”どんな子でしたか?”って過去形で何回も質問されるのが、大介君がもういないことを思い知らされて悲しいって。」
お母さんが本のあとがきに書いていた、この文章を見た時、私は涙が止まらなくなってしまった。
だから、私が大介君の話をするときは、過去形にしないで話そうと決めていたのだ。
「...梓はすごいよ。本当にありがとう。俺、こんなに優しい人と付き合えて幸せだわ。一生分の運を使った気がする。」
「大袈裟だよ。たいしたことしてないし。それに私の方こそ、陽介君と付き合えて幸せだよ。」
私がそう言うと、陽介君が私を一段階強く抱きしめた気がした。しばらくそのまま抱き合っていたけど、さすがに長すぎる。ちょっと強く抱きしめられて過ぎて、苦しくなってきた。
「...あの、そろそろ、アルバム見ない?せっかく用意してもらったし。」
私がそう言って、彼の背中から手を離そうとすると、
「嫌だ。離れたくない。」
思いがけない返事をされて、驚いた。
「えっと...そんな、逃げたりしないし、一旦ね、うん、離してもらいたいというか、ちょっと、力が強くて苦しいから、」
そこまで言うと、陽介君は右腕を私の背中から離した。ほっとしていると、彼の右手が私の左頬に添えられて、目が合った瞬間、そのままキスされた。この前とは違って、彼はなかなか唇を離してくれなくて、舌が入ってきた瞬間、自分が出したとは思えないような声が出て驚いた。心臓の音が大きすぎで、どうにかなりそうだった。しばらくして、彼がやっと唇を離してくれて、また目が合った。
彼は苦しそうな表情をしていた。
その目を見た瞬間、少し怖いと思ってしまった。
さすがに心の準備ができていない。
私がそのまま目を伏せると。
「...ごめん。」
そう謝って、私を離した。
どうしよう。傷つけてしまったかもしれない。いや、でも怖かったのは事実だし、さすがにあのまま進むのはちょっと早すぎるし。
そんなことをぐるぐる思いながら、立ったままでいると、
「...アルバム見ようか。梓、椅子座っていいよ。俺ベッドの脇に座るから。」
そう言って、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。正直ほっとした。
「うん、ありがとう、じゃあ座らせてもらうね。」
そう言って椅子の方に歩き出そうとしたら。彼が私の背中と足を抱えて持ち上げた。何が起こっているか分からず、彼の顔を見ると、
「...やっぱり軽いじゃん。」
そう言って笑顔を見せてきて、心臓が破裂するかと思った。生まれて初めてお姫様抱っこされている。そして、恥ずかしすぎる。
「あの、私、自分で歩けるから、下ろしてもらっても、」
そう言って抵抗すると、
「いや、俺は紳士なので、椅子まで運びます。大人しく抱っこされててください。」
そう言って運ばれ始めてしまった。これって紳士なのかな。...さっきは紳士と程遠かったけど。そんなことを思っていると、また顔が真っ赤になっていた気がする。宣言通り、彼は私はお姫様抱っこで運び、優しく椅子の上に下ろした。拒否はしたけど、運んでもらったのは事実なので、お礼を伝えた。
「...ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
陽介君はそう言うと、ベッドの端に座った。椅子に座る私の右肩に触れるくらいの距離に陽介君がいて、近すぎる気もしたけど、抱きしめられ続けていた時よりは距離があるから、まだ良いかと思って、アルバムを開いた。
アルバムは陽介君が赤ちゃんの頃の写真から始まり、小さい頃から、今の彼の面影を感じてとても可愛かった。
「うわー、ちっちゃい、可愛い。」
私は口角が上がりっぱなしだった。そして陽介君が3歳頃の写真から、赤ちゃんの大介君が一緒に写り始めた。大介君を頑張って抱っこする陽介君の姿は、とても微笑ましたかった。しばらく2人の写真が続き、お揃いの服を着ている仲の良い兄弟の可愛い姿を見ることができた。でも、陽介君が小学校に上がって以降の写真を境に、2人揃った写真はなくなり、陽介君の姿だけになった。
そうか、この頃には、大介君は入院していたのか。
陽介君のソロショットがしばらく続いて、久しぶりに大介君が映った写真が出てきた。
髪の毛が抜けて、痩せた大介くんが、微笑みながらベッドに横たわっているそばに、嬉しそうな笑顔で陽介君が寄り添う写真。彼のお母さんが書いた本に載っていたものだった。一度見たことがあったのに、私はそれを見た瞬間、泣きそうになってしまった。
「...母さんに梓が本を読んでたって言ったら、すごく喜んでて...それなら、このアルバムも見せられるねって言ってた。母さんがあそこまで嬉しそうな姿なかなか見られないから...俺も嬉しかったんだ。だから、本当に梓に感謝してる。...ありがとう。」
お母さんがそんな風に思ってアルバムを用意してくれたとは思っていなくて、私は溢れる涙を止めることができなかった。
私が泣いていることに気づいた陽介君は、ベッドに置いてあった箱ティッシュを渡してくれた。
「...ありがとう。」
私はティッシュで目元を押さえながら、深呼吸をした。私が泣いている間、陽介君は私のことを見守ってくれた。
しばらくして落ち着いてからもう一度写真を見た。2人ともとても幸せそうだ。
「うん。すごくいい写真。」
私がそう言うと、
「...俺もそう思う。」
陽介君が優しい笑顔で同意してくれた。
そのままページをめくると、陽介君がダンスしている姿の写真が出てきた。
「この頃からダンスしてたんだね。」
まだ小学校中学年くらいの陽介君が、カッコよくポーズを決める写真が続いて、私はまた微笑ましい気持ちでそれを見ていたが、途中であることに気づいた。
ダンスって、男子よりも女子の方が習ってる人多いんだ。
どの写真でも、陽介君以外はほとんど女子だった。たくさんの女の子に囲まれる陽介君の写真を見ていて、だんだんモヤモヤしてきた。
そういえば、陽介君って彼女いたことあるのかな。
そんなことを思い始めてしまい、私は眉間に皺が寄っていたと思う。
「なんか、怖い顔してるよ、梓。」
陽介君にそう言われ、私は思わずビクッとなってしまった。
バレてる。
「いや...ダンスって女の子の方が男の子よりもやってる人多いんだなって思って...。」
私がそう言っても、陽介君はピンときていないようだった。もう、こう言うときは誤魔化さず正直に白状しよう。
「...こんなに女の子ばかりいたら、陽介君モテそうだなって、彼女とかいたのかなって思って、嫉妬しました。」
私がそう言うと、陽介君は驚いた表情をした後に笑い始めた。
「あのね、これだけの女子の中に男子がいたら逆にいじられまくるから。肉体労働全部押し付けられるし、女子同士の派閥争いに巻き込まれるし、苦労したんだよ。ダンスが好きだから続けてたけど、人間関係で辞めたいと思ったことは、全然ある。だから彼女なんていなかったよ...梓が初めて。」
そう言ってもらってホッとした。
「良かった...私も陽介君が初めてできた彼氏だから焦っちゃった。」
そう言ってアルバムに目線を戻すと、陽介君が私の右耳にキスしてきた。
「っひゃ、」
変な声が出て、手で耳を押さえた。真っ赤になって彼を見ると、
「こういうことしたいと思うのも、梓が初めて。」
そう言ってニヤッと笑っていた。
からかわれている。これは絶対。
私は自分の右耳を右手で守りながら、彼から少し距離を取った。
「これは...今後禁止にします。」
私がそう言って目を伏せると、
「...ごめんね。」
そう言って顔を覗き込んできた。もう、心臓が保たない。
私がそう思って唸っていると、
「...もう少しで梓の誕生日でしょ?お祝いさせてよ。何が欲しい?」
陽介君に質問された。私の誕生日は2/14で、陽介君が覚えていること驚いた。
「覚えててくれたんだ。嬉しい。」
「そりゃ覚えてるよ。彼女の誕生日は。逆に俺の誕生日、分かる?」
「3/8だよね?」
「良かった、合ってる。」
意外と誕生日が近いんだなと思ったのと、陽介君がアメリカに旅立つ前日だったので、覚えていた。
そうか、陽介君の誕生日プレゼントも考えなきゃ。
その前に誕生日に自分が欲しいものか。
「うーん...。正直これと言って欲しいものはパッと思いつかないかな...。」
「...じゃあ、俺があげたいものでいい?」
「うん。陽介君に選んで欲しい。楽しみ。」
「じゃあ、俺も欲しいもの思いつかないから、梓選んでね。」
こうして、お互いのプレゼントを選び合うことになった。




