83 山下さんの場合、続き
大丈夫かな。こんな感じで...。
鏡に映る自分の姿を見ながら、私は不安を拭えずにいた。
前回、陽介君が私の家に来たので、今回は私が彼の家に呼ばれたのだ。この前まで彼氏いない歴イコール年齢だった人間には、正直とんでもなくハードルが高い。
今日は髪の毛はハーフアップにして、羽根をモチーフにしたバレッタでまとめ、いつもの通りのメイクをした。派手になりすぎてないか心配になって、途中、何回かメイクを直してしまった。服装は初めてダンス大会を見に行った時に着ていた白いワンピースを選んだ。なんとなく、初心に立ち帰る気持ちが必要な気がしたのだ。何度も姿見で自分の全身をチェックしたけど、これで本当に良いのか、よく分からなくなっていた。
ダメだ、一旦、落ち着こう。
私はミニテーブルの前の座布団に座り、ペットボトルのアイスティーを飲んだ。
ふと、この前、この座布団の上で、陽介君とキスしたことを思い出した。自分の顔が一気に熱くなって、私はテーブルの上に突っ伏した。付き合っているんだから、それくらいするんだろう。たぶん、そのうちそれ以上のことも。
自分で想像して、声にならない悲鳴を上げてしまった。こんなことばかり考えてはいけない。
この前、陽介君が頑張ってお父さんと話してくれたように、私も彼の両親に嫌な印象を与えないために頑張らなければ。私は自分の両頬を叩いて気合いを入れ直した。
そのタイミングでチャイムが鳴り、
「梓ー、陽介君がお迎えにきたよー。」
お母さんに声をかけられた。私は急いで、玄関に向かった。
「いってきます。」
お母さんにそう言ってから扉を開けると、陽介君が立っていた。今日は茶色の上着にジーンズ姿だった。やっぱりかっこいい。
「お待たせしました。迎えにきてくれてありがとう。」
「全然待ってないよ。今日はありがとう。じゃあ行こうか。」
そう言って手を差し出された。手を繋ぐのには慣れてきたけど、さっき色々と想像してしまったこともあり、ドキッとしてしまった。私は小さく深呼吸した。落ち着け私。そんな私の様子を彼は不思議そうに見ていたけど、私が手を取ると、安心したように笑顔になっていた。
「今日、白いワンピースなんだね。あの時の。」
「うん。なんか、初心を忘れずにいようかと思って...白い服の方が、印象良いかなって思ったし。」
昨日の夜、お母さんに相談して、白を着ておけば悪い印象を与える可能性は少ないんじゃないかと結論になった。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。2人とも梓が来てくれるだけで喜んでるから。すごい気合い入れてご飯作ってた。」
陽介君は笑いながら話していた。今日はお昼ご飯も用意してもらえることになっていた。
「なんか、わざわざ用意してもらって、申し訳ないし、自信ない。私、変じゃないかな?」
私がそう言うと、陽介君は立ち止まって私の姿をまじまじと見た。そのまま黙っていたので、少し不安に思ってると、
「信じられないくらい可愛い。」
そう言って、ニコッと笑った。
私はまた一瞬で顔が熱くなり、顔を伏せた。
「...ありがとうございます...。」
「どういたしまして。まぁ、俺もこの前同じ状況だったから緊張するのは分かるけど。いつも通りの梓のままで、大丈夫だから。」
「分かった。緊張しすぎて変な行動を取らないようにだけ気をつける。」
私がそう言うと、陽介君は私が持っている紙袋を指さした。
「重いんじゃない?持とうか?」
「ありがとう。でも、これは私からの手土産だから、私が持っていたい。」
彼のご両親はアレルギーも、嫌いな食べ物もないと言うことで、お母さんのおすすめの洋菓子屋さんのフィナンシェをお土産として購入していた。
「じゃあ、家に着く直前に梓に返すから、それまで俺持つよ。」
「でもちょっと重いし、悪いよ。大丈夫だから。」
「それなら、尚更、俺が持つ。ほら。」
彼に持たせるのが申し訳なくて、私が渋っていると、
「渡さないなら、梓ごと持ち上げるよ。お姫様抱っこでもする?」
サラリと言われて、私はまた赤くなった。
ダメだ勝てない。
観念して彼に荷物を渡した。
「...絶対重いよ、私まで持ったら。」
せめてもの抵抗で抗議すると、
「いや、絶対軽い。梓、すごい華奢だもん。
この前、抱きしめた時、折れちゃうんじゃないかと思ったよ。」
私の部屋で抱きしめられた時のことを思い出して、一気に心臓が跳ねた。
なんか、今日の陽介君、ちょっと強気すぎない?すごい翻弄されてる気がする。
そう思って彼を見ると、耳が真っ赤になっていた。
なんだ。ちゃんと照れてるんだ。
ちょっと安心した。
「...耳赤いよ。」
私がそう言うと、
「梓だって、真っ赤だよ。さっきからずっと。」
そう返されて、2人で顔を合わせて笑った。
歩いて20分ほどで陽介君の家に着いた。いつも私が送ってもらってばかりだったので、彼の家に来たのは初めてだった。否が応にも緊張感が高まる。陽介君から手土産を返してもらい、私は深呼吸した。
よし、頑張る。
私が覚悟を決めた様子を見た陽介君は、インターホンを押した。
「はーい。」
中から陽介君のお母さんの声が聞こえて、少しすると、扉が開いた。
「おかえり、陽介。いらっしゃい、梓ちゃん。」
彼のお母さんは快活そうな人だった。見てる人を惹きつけるような、パッと明るい笑顔を見せながら、私のことを出迎えてくれた。
「ただいま。」
陽介君が返事して、
「お邪魔します。」
私はそう言ってから、中に入り、改めて、お母さんに向かって挨拶した。
「はじめまして。山下梓です。今日は誘ってくださってありがとうございます。これ、良かったらどうぞ。」
私がそう言ってお土産を渡すと、
「わざわざありがとうねー。緊張しないで大丈夫だから。私もお父さんも梓ちゃんに会えるの楽しみにしてたの。今日は楽しんでいってね。」
陽介君のお母さんの笑顔は、向けられたこちらまで笑顔になってしまうような不思議なパワーがあった。きっと周りに人が集まるタイプの人なのだろう。
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。よろしくお願いします。」
私は再び頭を下げた。
そのまま、お母さんと陽介君に案内されて、リビングに向かうと、ダイニングテーブルの椅子に、陽介君のお父さんが座っていた。
「いらっしゃい。来てくれてありがとう。」
そう言って出迎えてくれたお父さんは目尻に笑い皺があって、とても優しそうな人だった。
「はじめまして、山下梓です。今日は誘っていただきありがとうございます。」
私が挨拶すると、
「さぁ、座って、座って。たくさん料理作ったから、いっぱい食べてね。」
お母さんがそう言って、私が座れるように、椅子を引いてくれた。お母さんの言う通り、ダイニングテーブルの上には所狭しとたくさんの料理が並んでいた。とても美味しそうで、冷めないように早く食べなければもったいないことは分かっていたけど、私はどうしても最初にしたいことがあった。
「ありがとうございます。あの、その前に...良かったら、大介君にお線香をあげてもいいですか?」
私の申し出に、3人が驚いた表情をしたのが分かった。出過ぎた真似をしたかと思い、不安に思っていると、
「...ありがとう。そうしてあげて。きっと喜ぶから。」
お母さんがとても優しい笑顔を見せて、仏壇まで案内してくれた。
仏壇に置かれた写真の中の大介君はあどけなくてとても可愛い笑顔をしていた。どことなく陽介君に似ている。
私は座布団に座って、お線香をあげた。目を閉じて、手を合わせた。
初めまして。山下梓です。大介君のお兄さんの陽介君とお付き合いさせていただいています。
これから、温かく見守ってもらえると嬉しいです。
心の中でそう言ってから目を開けて、私の後ろに立っている3人を見ると、とても優しく私のことを見守ってくれていた。
「ありがとうございます。まず、大介君に挨拶したくて。会えて嬉しいです。」
私がそう言うと、
「うん。ありがとう。梓ちゃん...。じゃあ、ご飯食べようか。」
お母さんにそう促されて、私は案内された席に座った。
「まさか、大介に挨拶してくれるなんて思わなかったからびっくりしちゃった。ありがとうね。わざわざ。」
「いえ。陽介君から大介君の話を聞いていて、会いたかったので...。あの、差し出がましいかもしれないんですけど、大介君にお土産があって。」
私は自分のポーチの中から小さな包装紙に包まれたお土産をお母さんに渡した。
「...開けても良い?」
「はい、ぜひ。」
お母さんが包装紙から中身を取り出した。中身は陽介君と行った水族館で買った、写真入りのキーホルダーだった。写真に写っているのはペンギンで、”ミルク”という名前が印字されていた。
「この前、陽介君と行った水族館のお土産屋さんで、飼育されているペンギン一羽ずつの名前入りの推し活キーホルダーが売られていて。売り場の人に聞いたら、先月発売になったばかりなので、きっと持ってないんじゃないかなって思いまして。大介君が名前をつけた、ミルクのキーホルダーを買ってきました。きっと欲しいんじゃないかと思ったので。いつも、僕が名前つけたんだよって話してるって陽介君から聞きました。」
お土産屋さんでこのキーホルダーを見た瞬間に、絶対に買った方がいいと思い、すぐに購入した。出過ぎた真似だと思われないか心配でお母さんの様子を窺っていると、少し目が潤んでいた。
「...ありがとう、梓ちゃん。大介、絶対喜んでる。ペンギンが大好きでミルクのこといつも呼んでるから。」
そう言いながら、愛おしそうにキーホルダーを触っていた。
良かった。喜んでもらえたみたい。
ほっとしていると、お母さんはキーホルダーを大事そうに、袋にしまった。
「よし!じゃあ、食べましょう。梓ちゃんどんどん食べてね。さぁ、どうぞ!」
「ありがとうございます、いただきます。」
私は用意してもらったご飯を食べ始めた。




