82 笹井君の場合、続き
梓のお父さんと一緒にリビングに戻ると、梓が心配そうに俺の方を見ていた。安心させたくて、俺が笑顔で頷くと、彼女はホッとしたような表情をした。
「おかえりなさいー、陽介君に意地悪なこと言ってない?」
梓のお母さんが質問した。あまりにもストレートな言い方に驚いてしまったけど、
「言ってないと思うけどね。陽介君がいい人だって分かったしね。」
お父さんが真顔のまま答えていた。
「ごめんね、陽介君。この人、基本的に真顔だから、怖いかもしれないけど、根は優しい人だから。安心してね。」
お母さんが俺の方を見ながらニコニコと話していた。
そのまましばらく俺が持ってきたお菓子を食べながら、4人で話していた。基本的にお母さんと梓が話していたけど、家族といる時のリラックスしている彼女の姿を見ることができて嬉しかった。
「せっかくだから、梓の部屋に行ったら?アルバム出してあるから。」
お母さんにそう言われ、梓と2人で部屋に向かった。
「昨日急いで整理したけど、汚くて見苦しかったらごめんね。」
扉の前で梓はそう言っていたけど、部屋はとてもきれいだった。
「特にこだわりないから、あんまり女の子らしい部屋ではないんだけど。」
ベージュが多く使われていて、物はそこまで置いていない。確かに、可愛らしいものは多くないけど、本棚にはたくさんの参考書が並んでいて、ここで毎日、真面目に勉強している姿が目に浮かんで微笑ましかった。
「いや、全然きれいだよ。ちゃんとしてるね。さすが。」
部屋の中央のミニテーブルの上に、アルバムが置いてあるのが目に入った。
「アルバム見て良いの?」
俺が聞くと、
「昨日一通りチェックして、変な表情の写真は外したから大丈夫。」
梓は笑いながら答えた。
「ちょっとそれも見たかったな。」
「恥ずかしいから、だめです。」
そんなやりとりをしながら、ミニテーブルの前の座布団に2人並んで座った。
アルバムは梓が赤ちゃんの頃からの写真が並んでいた。どの時代の梓もそれはそれは可愛かったけど、一枚の写真が目に入った。宝塚歌劇団のポスターの前で、満面の笑みでピースサインを作る梓の姿が映ってた。
「これ、初めて宝塚を見に行った時の写真。前に話した小学一年生の時に市民ホールで全国ツアーで公演があって。観劇し終わった後に、あまりにも興奮して、お母さんに写真を撮ってほしいってお願いしたの。この日から、宝塚音楽学校入学を目指す日々が始まりました。」
写真の中の梓はとても幸せそうだった。本当に楽しかったんだな。
ふと、部屋の中に梓が大好きなはずの宝塚関連のものが何も置いていないことに気付いた。
「宝塚のグッズは置いてないの?」
俺がそう質問すると、梓はニヤッと笑って、ベッドの下から収納ケースを出した。蓋を開けると、たくさんのBlu-rayや雑誌などが入っていた。
「表に出しておくと劣化しやすいから、ケースに入れてるんだ。大事にしているので。」
きちんと整理されて入っているグッズたちはパッとみて、とても保存状態が良さそうだった。
「すごいね。これも一人暮らしの部屋に持っていくの?」
「うん。そのつもり。この収納ケースが下に入る脚の高さのベッドを買ったから。」
「さすが...。本当に好きなんだね。」
「うん。しんどい時に見たら元気をもらえるし、入ることはできなかったけど、やっぱりずっと好きなんだよね。」
そう言いながら、梓は愛おしそうにグッズを見ていた。そして少し考えているような様子を見せた後、意を決したように話し始めた。
「...でも、今は、不合格になって、ちょっと良かったかもって思ってる。」
「そうなんだ。どうして?」
意外に思って質問すると、
「やっぱり、大きい挫折をしたのって、自分の糧になっている気がするし、医者になるって夢も見つけられたし、それに...もし、高校に入ってなかったら、陽介君と出会えなかったんだなーと思うと、不合格で良かったかなって。」
そう言って梓は恥ずかしそうに笑顔を見せた。
...可愛すぎる...このままでは理性が保たなそうなので、俺は一旦、梓から目を逸らした。目線の先に彼女の本棚があり、1冊の本があることに気付いた。
母さんが書いた大介の本だった。
まさか梓が持っていると思わず、驚いて見ていると、俺の視線に気づいた梓が口を開いた。
「陽介君のお母さんの本、買わせてもらいました。読んで、たくさん泣きました。なんか、一生懸命、生きようって思ったよ。大介君、本当に良い子だったんだね。」
「どうして、これを?」
「...陽介君に告白するって決めてから、陽介君のことも、陽介君の家族のことも知りたいなって思って、探したの。自分が将来医者になるなら、患者さんのご家族がどんな気持ちになるかも知りたいなって思ったし。私は身近な家族が病気になった経験がないから、読んでも、想像することしかできないけど...大変だったね。」
喉の奥が熱くなった。俺のことを知ろうとして、俺だけじゃなく、俺の家族のことも考えようとしてくれる、梓の思いやりが本当に嬉しくて泣きそうになってしまった。
本当になんて素敵な人なんだろう。
好きになれて本当に良かった。
こんな人と付き合えて、俺は幸せ者だ。
「ありがとう。本当に嬉しい。俺も嬉しいし、両親も喜ぶと思う。」
泣くのをグッと堪えてお礼を言うと、梓は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、愛おしくて、胸が痛くなった。
抱きしめたい。
俺は深呼吸をして、両手を広げた。
梓は少し驚いた表情をした後、恥ずかしそうに顔を赤らめてから、ゆっくりと、腕の中に収まってくれた。一度だけ進路指導室で抱きしめた時のことを思い出した。やっぱり彼女はとても華奢だった。
「昨日、梓のお父さんに、俺のことを話してくれたんでしょ?ありがとう。なんか、プレゼンみたいだったって言ってたよ。」
「だって、必死だったから。陽介君にお父さんが嫌なこと言わないように、すごい綿密に準備して、何も見ずに言えるように練習したんだよ。反論されないように。陽介君は立派な人ですって。」
「逆にハードル上がってないかな?それ...でも、ありがとう。嬉しい。」
「嘘は一つも言ってない。事実と私の正直な気持ちを説明しただけだから...陽介君はさっき、お父さんと何話したの?」
「梓のお父さんに、梓と付き合うまでの経緯を質問されて、全部話した。俺が1年生で一目惚れして、一方的にずっと見てただけだったけど、受験対策で話せるようになって、梓のおかげで、ダンサーになりたい自分の夢を追えるようになって、本当に大好きになって、必死でアピールして、やっと付き合うことができて、世界一の幸せ者ですって。」
「...ちょっと大袈裟だよ。恥ずかしい。」
「嘘は一つも言ってない。事実と正直な俺の気持ちを説明したまでだから。」
抱き合いながら、お互いの心臓の鼓動が早まっていることが分かった。
俺は自分の腕を緩めて、梓の顔を見た。
彼女は頬を赤らめて、上目遣いでこちらを見ていた。
「梓、好きだよ。」
「...私も、好き。」
そのままキスをした。
3秒ほどして、唇を離すと、梓は今まで見た中で1番真っ赤になってた。
「...恥ずかしすぎる...。」
そう言って自分の両手で自分の顔を覆う姿は、あまりにも可愛かった。
俺はそのままもう一度梓を抱きしめた。
「...可愛すぎる。反則だわ。」
そのまましばらく抱きしめていたけど、さすがにこれ以上は理性が保たなそうだったので、彼女を解放した。その代わり、手を繋いだ。
「...俺の理性に感謝してほしい。」
梓は俯いたまま、小さく頷いた。
「あと、母さんが、梓に会いたいって言ってる。今日、俺が梓の家に行くから、今度俺の家にもおいでって。」
そう言うと、梓は驚いた表情で、こちらを見た後に、両目を固く瞑っていた。
「どうしたの?」
そう聞くと、パッと目を開いた。
「そうだよね、陽介君にうちまで来てもらったんだから、私も行くべきだよね。正直ものすごい緊張するけど...大丈夫かな私で。」
さっき目を瞑っていたのは、覚悟を決めていたのか。梓も緊張するんだ。
「大丈夫だよ。母さん、女の子も産みたかったらしくて、俺に彼女ができたら仲良くしたいってよく言ってたから。それに、梓は絶対親ウケいいから。見た目も含めて。」
「うー...そうかな...。」
「まぁ、俺がついてるから。梓が頑張ってくれたみたいに、俺も応援するから。」
「じゃあ、頑張ります。」
そう言って梓は笑顔を見せてくれた。




