81 笹井君の場合、続き
「お邪魔します。」
「今日は来てくれてありがとう。」
玄関に入ると、梓は笑顔で出迎えてくれた。今日は黄色のワンピースを着ていて、ヘアクリップで髪をアップにしていた。前と同じ化粧もしていて、やっぱり可愛い。
「陽介君、いらっしゃい。」
奥から梓のお母さんが出てきて、声をかけてくれた。前から思っていたけど、梓はお母さん似だと思う。笑った顔は特にそっくりな気がした。
「お邪魔します。今日は誘っていただきありがとうございます。」
俺が頭を下げると、
「あー、そんなに固くならなくて大丈夫。ごめんね。急に家に呼んで。びっくりしたでしょう?」
梓のお母さんの話し方は、テキパキ話す梓とは違ってどこかほんわかしている。彼女の笑顔を見て、俺は少しだけ緊張が和らいだ。
「いいえ、声をかけていただけてうれしいです。今日はよろしくお願いします。あと、お菓子買ってきたので、良かったらどうぞ。」
「わざわざありがとう。早速出すね。いつまでも玄関で立ちっぱなしじゃ申し訳ないから、上がって。」
梓のお母さんに促されて俺は靴を脱いだ。
梓が、俺を見て小さく頷き、頑張ろうねと言っているようだった。うん、頑張るよ。俺も小さく頷いた。梓と2人で梓のお母さんの後について行った。梓のお母さんがリビングの扉を開けて、中にいる梓のお父さんに声をかけた。
「お父さん、陽介君来てくれたよ。」
緊張しながら中に入ると、ダイニングテーブルの椅子に梓のお父さんが座っていた。彼はメガネをかけていて、いかにも真面目そうな見た目をしていた。梓から、お父さんは厳しいと聞いていたので、より怖そうに見えた。お父さんはまっすぐに俺のことを見ていて、一気に緊張感が増した。
落ち着け、俺。
「お、お邪魔します。」
そう言って俺は深くお辞儀をした。
お父さんが軽く頭を下げたのが分かった。
「陽介君、座って。」
梓はお父さんの斜め向かいの席に手を向けて、俺に座るように促した。梓はお父さんの向かいに座ったので、俺は言われた通りの席に座った。そのタイミングで、お母さんが紅茶とさっき俺が渡したお菓子を出してくれた。
「砂糖とミルクはいる?」
「ありがとうございます。ストレートで飲むので、大丈夫です。」
お母さんと話している間もお父さんは俺のことをじっと見ていた。視線が突き刺さるように感じる。
お母さんが俺の向かいの席に座り、4人揃ったタイミングで、梓が口を開いた。
「お父さん。笹井陽介君です。先日からお付き合いしています。」
梓が俺のことをお父さんに紹介した。
「はじめまして、笹井陽介です。今日はお誘いいただきありがとうございます。」
俺は頭を下げた。
「はじめまして、梓の父の山下貴敏です。」
お父さんもそう言って頭を下げたので、それに合わせて俺は再び頭を下げた。
「久しぶりだね、陽介君。前に来たのが夏だから、5ヶ月ぶりくらいかな。急に誘ったのに、来てくれてありがとうね。」
お母さんが笑顔で話しかけてくれた。
「いいえ、こちらこそありがとうございます。すごく嬉しいです。」
本当は震え上がるほどビビっているけど、そんなことは絶対に言えない。
「...陽介君は、この春から、アメリカに留学するんだよね?」
お父さんが俺に質問してきた。
「はい、卒業式の3日後に出国する予定です。」
「向こうでは学校に通うの?」
「語学学校に通いながら、ダンススタジオでレッスンを受ける予定です。」
「...どれくらいの期間、留学する予定?」
「語学学校は1年間で、その後は向こうでダンスの大会に参加したり、ダンサーの仕事をやりながら、生活する予定なので、少なくとも2-3年はアメリカにいると思います。」
「...そうか。」
お父さんはそのまま黙った。不安定な職業なうえ、2-3年は大事な娘を1人にさせることが確実な相手に対して、苦い思いを抱えているのかもしれない。
「...陽介君ね、この留学のために、ずっと頑張って練習してきたんだ。大会も優勝して、努力が認められたから留学するの。私、自分の夢のために頑張ってる陽介君のこと、尊敬してるの。」
梓はそう言って、お父さんのことをまっすぐに見つめていた。
お父さんに認めてもらえるように、一生懸命俺のことを褒めてくれる梓に心から感謝した。
「本当にダンス大会の陽介君すごかったよ。私も梓と一緒に観られて、本当に感動した。誘ってくれてありがとうね。」
お母さんもそう言って、助け舟を出してくれた。
「あの時は、応援してくださって、本当にありがとうございました。」
俺がお礼を言うと、
「...陽介君。私の書斎で2人で話さない?」
お父さんに言われて一気に緊張感が高まった。
俺の様子を見ていた梓は、
「来てもらったばっかりだし、ほら、まだお茶もお菓子もあるから、ここで話した方がいいんじゃない?」
俺が困っていると思って、梓はこのまま4人で話せるようにしようとしていた。でも、ここでお父さんの誘いを断ってマイナスな印象を与えたくなかった。逃げないって決めたんだ。
「大丈夫だよ、ありがとう。」
俺は梓を見て声をかけた。彼女は少し不安げだった。
俺はお父さんをまっすぐに見た。
「是非、お話ししたいです。よろしくお願いします。」
「...じゃあ、行こうか。」
お父さんが立ち上がった移動しはじめたので、俺も立ち上がった。梓はまだ心配そうな表情をしていたので、俺は笑顔を作って、彼女に顔を向けた。大丈夫だよ。
お父さんについて行って廊下に出て、階段を上がり、2階の1番奥にある、部屋に入った。
お父さんの書斎には、壁の両側に本棚があり、パソコンが載った机とセットの椅子が配置されていた。その机の向かいに、もう1個、追加で置いたであろう椅子があった。お父さんは机とセットの椅子に座り、
「そっちの椅子に座ってくれ。」
俺に追加の椅子に座るように声をかけた。
言われた通りに座ると、まるで面接のような配置になった。
「...梓と付き合った経緯を教えてくれないか?」
お父さんはまっすぐに俺を見て質問してきた。
俺は深呼吸した。嘘偽りなく、正直に話そう。
「初めて、梓さんを認識したのは、高校1年生の時でした。梓さんはテストの順位表が貼られた掲示板の前に立っていて、そこにたまたま通りかかった僕は、友達から、彼女が学年1位だと教えてもらいました。梓さんは...ピンと背筋が伸びていて、順位表を真っ直ぐ見つめていて、とても芯の強そうな目をしていて...俺は目が離せませんでした。たぶん、その時に一目惚れをしたんだと思います。
クラスも違ったので、直接話せる機会もなかったんですけど、彼女のクラスの前を通ると、いつも真面目に勉強をしていて、その時の真剣な表情がかっこよくて、友達と話している時に見せる笑顔が、すごく可愛くて...僕は梓さんがいないか、いつも探していました。
梓さんは、常に学年1位の成績だったので、1位を取って当然っていう雰囲気が学年全体に流れていて、絶対プレッシャーもあったと思うんですけど、それを跳ね除けてずっと、1位を守り続けて...すごいなって尊敬していました。憧れていたんだと思います。
2年生で、医学部志望者の勉強会で、梓さんと一緒になって、初めて話せるようになりました。梓さんは、俺が数学の成績が良いことを知ってて、俺に数学について質問してきたりして...成績の良さを鼻にかける様子なんてまるでなくて、謙虚で、努力家で、それになによりも可愛くて...もう、一目惚れしてましたけど、さらに、大好きになりました。
...自分の話になってしまうんですけど、僕、小さい頃に弟を病気で亡くしていて、その時、落ち込んでいた母を励ますために、医者になって、同じように病気の子供たちを助けるって、宣言したんです。
でも、その後、習い始めた、ダンスがすごい好きになって、のめり込んで、いつかプロになりたいって思うようになりました。
でも、親は僕が医者になるって思っていたし、プロのダンサーになりたいっていう夢は、誰にも言わずにいたんです。
そんな時に、梓さんが俺のダンスを見て、感動したって褒めてくれて。弟のこともあって、本当はプロになりたいけど、それを親に伝えられていない話をしたら、自分が宝塚歌劇団に入るために頑張っていた話をしてくれて...
結果としては不合格だったけど、努力したことは全然後悔していない。どんな結果であれ本当に一生懸命努力した経験って、絶対人生の役に立つと思うって言ってくれて。
梓さんが、僕がダンサーを目指して頑張りたいなら、諦めないで欲しいって応援してくれたから、親に自分の本心を話すことができたんです。
だから、今、僕が自分の夢を追えるのは、梓さんのおかげなんです。僕とって、梓さんは、一生、頭が上がらない恩人です。
その時に、絶対自分の気持ちを伝えるって決めました。
なかなか、気づいてもらえなかったんですけど、しつこいくらいアピールして...こうやってお付き合いさせてもらえることになって、本当に嬉しくて、毎日夢みたいだなって思ってて...世界一の幸せ者だと思っています。
ダンサーは先が見えない不安定な職業だし、学歴的にも梓さんと釣り合っていないし、梓さんを置いて、アメリカに行ってしまうし。御両親にしてみたら、不安な要素しかないと思います。
でも、梓さんのことが好きで、大切に思っている気持ちは誰にも負けないです。
世界で1番、梓さんのことが大好きです。」
俺の長い話をお父さんは静かに聞いていた。
話し始めた時は心臓の音がうるさいくらい緊張していたけど、話していくうちに落ち着いて行った。
俺がなぜ梓が好きかを、ただ話せばいいと思ったからだ。
お父さんはしばらく何も言わず黙っていたので、俺は再び不安になってきた。
なんて言われるんだろう。
でも、どう言われても俺は引き下がらないって決めたんだ。
絶対に梓のことを諦めない。
そう思っていると、お父さんがゆっくりと口を開いた。
「僕は妻のことがとても好きでね。」
急に予想もしていなかったことを言われて、俺はきっと間抜けな顔をしていたと思う。
「僕がまだ新入社員で、先輩の送別会のために買いに行った花屋に葉月が働いていて、一目惚れだった。」
葉月って梓のお母さんのことか。
「僕は見ての通り、カッコ良くもないし、気の利いたことも言えないから、どうしようかと思って、とにかくその花屋に通うことにしたんだ。毎日花を買って、自分が葉月のことを好きなことを伝え続けた。そうしたら、葉月が根負けしてくれて、付き合ってくれた。告白してOKがもらえた日は、もう、明日死んでもいいって思ったよ。」
彼女の父親から、彼女の両親の馴れ初めを聞いているこの状況が不思議で仕方がなかった。
こんなこと言ったら失礼なのは承知だけど、付き合えたからよかったものの、もし断られたらストーカー案件じゃないかと思ってしまった。
でも、梓のことを見つめるだけで、海斗と矢崎にツッコミを入れられていた自分も同じようなものなのかもしれないと思い直した。
「だから、そんな葉月が産んでくれた梓のことも、世界一大切なんだ。親バカなのは百も承知だけど、とても優しい、素直な子に育ってくれたと思っている。」
お父さんの言う通りだ。梓は俺にはもったいないくらいの人だから。
「梓は、若い頃の葉月に似て可愛いから、僕みたいに誰かに一目惚れされるんじゃないかと思っていたら、予想通りだった。」
そう言って、お父さんは俺のことをまっすぐに見た。俺はまた一気に緊張した。
「確かに、君が心配しているようなことを、僕も全く思わないわけではないよ。でも、前に、君が出るダンスの大会の応援に行きたいと、僕に話してきた梓の表情を見た時に、いつかこんな日が来る気はしていた。」
お父さんは遠くを見つめるような表情をしていた。
「...梓は君のことがとても好きみたいだよ。」
そう言われて、どきりと心臓が跳ねた。
「昨日の夜も、いかに君がすごいか、どれだけ自分が君のことが好きか話してた。プレゼンかと思ったよ。梓は見た目は葉月に似てるけど、猪突猛進で正面突破しようとするところは、僕に似てるね。」
お父さんに一生懸命話す梓の姿が思い浮かんで、思わず笑みが溢れた。
「それに、ダンサー志望と聞いてたから、髪の毛の色が赤とか青で、顔中ピアスだらけで、身体中にタトゥーが入っている人を想定していたから、怖かったけど、君が真面目そうでよかったよ。」
真顔で偏ったイメージを話されて吹き出しそうなってしまった。
でも、本気で言っている可能性もある。俺は頑張って堪えた。
「...ありがとうございます。」
必死に真顔を保ちながら言うと、
「梓をよろしくお願いします。」
そう言ってお父さんが軽く笑ってくれた。
良かった。認めてもらえたみたいだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
俺は椅子から立って、お父さんに深く頭を下げた。




