80 笹井君の場合、続き
ここ数日、正直、俺は人生で一番浮かれていたと思う。ずっと好きだった梓と付き合うことができて、夢にまでみたデートができて、俺のためにおしゃれをしてきたと話す梓は、それはそれはとんでもなく可愛くて、彼女の表情、仕草、行動全てが愛おしかった。本当に明日死ぬんじゃないかと思うくらいに幸せだった。
「陽介君。私の家に来ない?…お父さんが陽介君に会いたいって言ってるんだ。」
そんな風に浮かれきっていたので、梓にそう言われて背後から殴られたくらいの衝撃を受けた。実際、一気に背筋が伸びた気がする。
「お母さんが、お父さんに聞かれて、私に彼氏ができたことを言ったみたいで。お母さんは陽介君が、ダンスをやってて、アメリカに留学する話もしたらしいんだけど。それを聞いたら、お父さんが、一度、会って話をしたいって言い出して…。」
もし俺が親で、大事に育てている一人娘が、高卒のダンサー志望と付き合っていると聞いたら、絶対に許せないだろう。会ったら殴ってしまうかもしれない。
しかも俺はとても目つきが悪いので、第一印象で悪い印象を持たれた経験しか無い。
これは絶対にマズイ。
そんなことを考えていたので、とても深刻な表情になっていたのだと思う。
俺の様子をずっと見ていた梓は、
「…ごめんね。急にこんなこと言って。まだ付き合って少ししか経ってないのに、親に会うなんて、荷が重いよね。本当にごめん。」
そう言って明らかに落ち込んでいた。
梓にそんな表情をさせてしまったのが本当に申し訳なかった。
「いや、そんなことないよ。荷が重いなんて思ってない。俺は真剣に梓と付き合っているから。ご両親に会うのは、むしろ早めで構わないと思ってる。
でも、俺、高卒になるし、ダンサーって不安定でチャラそうなに見える可能性高いし、しかも、すぐにアメリカに行くから、梓のそばにいられなくなるのも決まっているし、きっと俺が親だったら、嫌な要素しかないなって思って…申し訳なくて。梓は、自分の目標に向かって頑張って、医学部に現役合格したくらい立派なのに、釣り合わないよなって、俺が勝手に思っちゃってるだけだから。梓は謝らないで。」
話しながら、自分で情けなくなってしまった。
「…陽介君は、自分の目標に向かって一生懸命、頑張ってるよ。大会も優勝して、アメリカで経験を積もうとしてて。ダンサーっていう職業に対して、色々と思う人はいるかもしれないけど、私はすごい素敵な職業だと思う。だって、私は動画で見ただけで、涙が出るくらい感動したもん。自分の身体1つで表現したもので、人の心を動かせるって本当にすごいよ。だからそんな風に卑下しないで。陽介君は立派だよ。」
梓がそう言って一生懸命俺を励ましてくれるのが、心から嬉しくて、胸がいっぱいになった。
彼女は俺の手を取って、話を続けた。
「もし、お父さんが私と陽介君の仲を反対してきても、私は絶対に言いなりにならないから。この人が私の好きな人なんですってはっきり言うから。」
梓が、ここまで言ってくれているのに、俺が弱気になってどうするんだ。
俺は梓の手を握り返した。
「ごめん。情けないことたくさん言って。ぜひ、梓の家に行かせてください。」
そう言うと、梓は笑顔になった。
「ただいま。」
「おかえりなさーい。もうすぐご飯できるから、座って待ってて。」
家に帰ると、母さんはキッチンで夕食を作っていて、父さんはテレビを見ていた。
荷物を部屋に置いた後、俺はキッチンに向かった。
「手伝うよ。運べば良い?」
「あ、ありがとう、そこに置いてるお皿、運んじゃって良いから。」
梓のおかげで、ダンサーになりたいという夢を両親に伝えてから、2人に対して遠慮無く接することができるようになって、親子の仲は深まったと思う。そういう点でも梓には本当に感謝していた。あと少しでこの家を出ることになるので、少しでも多く、親子の時間を取りたい気持ちがあった。
「いただきます。」
そう言って、3人で向かい合ってご飯を食べ始めると、
「デートどうだった?」
あまりにも直球に母さんに聞かれ、俺は飲んでいた味噌汁を少し吹き出してしまった。
「ちょっとー、汚いよ。自分で拭いてね。」
「いや、だって、急に聞いてくるから…。」
俺は小声で抗議しながら、自分がこぼした味噌汁をティッシュで拭いた。
「あんなに浮かれながら準備してたんだもん。どうだったか気になるでしょう。ねぇお父さん。」
「うん。そりゃ気になるよ。」
梓に告白した日、家に帰って過ごしていると、俺はとても浮き足立っていたようで、察しの良い母さんからすぐに“彼女ができたの?”と聞かれた。咄嗟に上手く誤魔化すこともできず、質問されるまま、俺はすんなりと今までの経緯を白状してしまった。
俺に初めて彼女ができたことが嬉しかったのか、母さんは父さんにすぐにその事実を伝え、こんな風に、毎日いじられている。
「てっきり浮かれて帰ってくるかと思ったら、なんかちょっと暗いし、もしかして、梓ちゃんから嫌われちゃったのかと思って、心配してたんだよー。」
そんなに暗かったのか。前に海斗にも言われたけど、俺は感情が顔に出やすいタイプらしい。
「…別に、問題なかったよ。…楽しかったし。」
「良かったねー。…梓ちゃん可愛かった?」
母さんに聞かれ、今日の梓の姿を思い浮かべた。ピンク色のワンピースが似合ってて、髪の毛をアレンジしているのが新鮮で、薄い化粧も梓の顔立ちに合っていて、信じられないくらい可愛かった。思い出しただけで顔が赤くなったのが分かった。両親を見ると、ニヤニヤした笑顔を浮かべながら、こちらを見ていた。息子の恋愛事情を面白がるなよ。
「…可愛かったよ。」
そう答えると、母さんが、キャーと歓声を上げた。
「いいねー。青春、青春。」
そう言って、満足そうに笑顔で父さんと顔を合わせていた。
「でも、楽しかったなら、なんであんなに暗そうだったの?またすぐ会いたくなって寂しくなっちゃったの?」
母さんに聞かれ、俺は言葉に詰まった。
そんな俺の様子を2人はじーっと見ていた。俺はこういう時に誤魔化すのが苦手だ。仕方なく観念して白状した。
「…実は、彼女のお父さんが、俺に会って話したいって言ってるらしくて…明後日、彼女の家に行くんだ。」
俺がそう言うと、2人とも驚いた後に、心配そうに俺のことを見ていた。
「…大丈夫?母親の私から見ても、陽介、ダンスはすごいけど、高卒のダンサー志望でしょう。医学部に現役合格しちゃうくらい優秀な梓ちゃんに釣り合ってない気がするよ。しかも目つき悪いし。付き合うの反対されちゃうんじゃない?」
自分の親から見てもそう判断されるのか、俺はがっくりと頭を落とした。でも、今日の別れ際に梓に励まされたことを思い出し、頭を上げた。
「釣り合ってないのは俺も分かってるけど…でも真剣に付き合ってるし、彼女も反対されても言いなりにならないって言ってくれたから、頑張るよ。一生懸命話す。」
俺がそう答えると、母さんは大きく頷いた。
「偉い。よく言った。頑張ってね。それに、陽介が向こうのお家に行って、上手くいったら、梓ちゃんをうちにも呼べる口実にできるもんね。そちらに行ったなら、こちらにも是非来てくださいって。私、早く会いたいなー、梓ちゃん。」
母さんは、元々、娘が欲しかったらしく、俺に彼女ができたら、仲良くしたいと常々話していた。そのまま2人で盛り上がる両親を見ながら、明後日は頑張ろうと、気合いを入れ直した。
彼女の両親に会うときはどんな格好をすべきか悩んでいると、母さんが俺の持っている服の中から選んでくれた。高校生にもなって、母親に服を選んでもらうのには抵抗があったけど、
「こういうことは年長者の意見を聞くべき。大人しく言うことを聞きなさい。応援してるんだから。」
確かに、梓の両親と同年代の母さんの方が正しい判断ができそうな気がしたので、言われた通りにすることにした。
オフホワイトのシャツに、黒いジャケット、ベージュのチノパンというコーディネートに決まり、
「ちゃんとした菓子折持って行ってね。アレルギーとか、食べられないものがないかも確認してね。頑張れ。」
そう背中を押されながら、家を出たのだった。
梓に聞いてみると、両親ともアレルギーや好き嫌いはなく、和菓子より洋菓子派だと聞いたので、美味しいと有名な洋菓子屋さんのアソートギフトセットを購入し、梓の家に向かった。今まで何度も彼女を送ったことがあるので、彼女の家は見慣れているはずなのに、今日は魔王の城のような禍々しいオーラを感じた。
落ち着け、大丈夫。梓のためなら何でも出来るはず。俺は深呼吸をしてから、インターホンを鳴らした。
「はーい。今、出ます。」
梓の声が聞こえて、すぐに玄関の扉が開いた。
「来てくれてありがとう。どうぞ、入って。」
扉を開けた彼女にそう言われ、意を決して、彼女の家に足を踏み入れた。




