79 山下さんの場合、続き
お昼ご飯を食べ終わった後、駅から出ているシャトルバスに乗って、水族館に向かった。その水族館は、昨年開館30周年を迎えたので、大幅なリニューアルをしていて、人気の施設だったけど、平日で、本格的な春休みシーズンの前なこともあり、そこまで混雑はしてなかった。入り口に置いてあったパンフレットを見ながら、どう回るか2人で話した。
「屋外のプールで15時からイルカショーやるみたいだから、それまでに、1階から順番に4階まで見ていこうか。4階から1階に降りられるエスカレーターがあるんだって。」
そのまま手を繋いで、エントランスから1階に入った。
「梓、この水族館来たことある?」
「リニューアルしてからは初めてだけど、小さい頃、何回か来たことあるよ。たぶん幼稚園の遠足もここだった気がする。陽介君は?」
「俺も昔、家族でよく来てたよ。…弟が、水族館が好きだったからさ、一時期は年パス買って、かなりの頻度で来てたかな。病気になってからは来なくなっちゃったんだけど。だから、久しぶりに来た。」
そう話す陽介君の表情は、少しだけ悲しそうだった。前に話していた、病気で亡くなった弟さんのことを思い出したのだろう。仲の良い兄弟だったんだな。
「…ごめん、湿っぽい話しちゃって。」
陽介君はそう言って苦笑いしていた。
「ううん。そんなことないよ。…陽介君が良かったら、弟さんの話聞きたい。」
私がそう言うと、彼は少しだけ驚いた表情をした後に、ゆっくり笑顔になった。
「大介は、ペンギンが好きでさ。いつもペンギンの展示のところに張り付いて見てた。そんなに見てて飽きないのかなって思ったけど、ペンギンだといくらでも見てられるって言ってた。ここのペンギンってそれぞれ名前が付いてて、俺は全く見分け付かなかったけど、大介は全部のペンギンの名前を覚えて、話しかけてたんだよね。」
「すごいね。よっぽど好きだったんだね。」
大介君がペンギンのエリアから離れない様子を見守る、まだ小さな陽介君を思い浮かべた。
「俺もすごいなって思った。昔、生まれたばかりのペンギンの赤ちゃんの名前を募集してて、大介も応募したんだけど、それが採用されたんだよね。大喜びしてたよ。」
「え、すごいねそれ。」
「まぁ、大介以外にも同じ名前で応募した人も多かったと思うから、多数決もあったのかもしれないけど、大介はものすごい喜んでた。それ以来、水族館に来る度、そのペンギンの名前をずっと呼んでて、”僕が名前を付けたんだよ”って何度も話してた。」
きっと、陽介君は、何度も同じことを言う大介君に、優しく応えてあげてたんだろうな。
「そのペンギンなんて名前なの?」
「…確か、”ミルク”だった気がする。今もまだいるのかな。」
「ペンギンって、種類によって寿命は違うけど、水族館で飼育されてるペンギンなら20-30年生きる子もいるみたいだから、別の水族館に行ってたり、病気になってなかったら、まだいるんじゃないかな?」
「…よく知ってるね。俺、ペンギンの寿命とか初めて知った。」
「小学生の頃、自由研究で海の生き物の寿命について調べたことがあって、結構長生きするんだなって思ったから、覚えてたの。」
「…じゃあ、まだいるかもしれないね”ミルク”。」
「うん。ペンギンは、イルカプールの横のエリアにいるみたいだから、イルカショーの前に、見に行こう。」
2人でゆっくりと展示を見て回った。リニューアルされたばかりで、館内はとてもキレイで、水槽の形や配置も特徴的で、見ていて飽きなかった。
「さっき、海の生き物について自由研究で調べたことがあるって言ってたけど、海の生き物好きなの?」
「うん。昔、海の生き物たちがメインキャラクターのシリーズの絵本をよく読んでたから。好きなんだよね。なんとなく馴染みがあって。」
「そうなんだ。どれが好きなの?種類は」
「一番好きなのはシャチかな。」
おっとりしてるけど、いざというときは強くて可愛いシャチのキャラクターが大好きで、小さな頃、ぬいぐるみを買ってもらったことを思い出した。
「へー、そうなんだ。」
「でも、大きくなってからシャチって可愛いだけじゃなくて、強くて結構怖いことを知ってびっくりしたの。英語ではKiller whaleって言うし。鯨殺しだよ?すごくない?」
サメや鯨すら捕食して、どこかの海ではアシカを放り投げておもちゃのようにもてあそぶ映像を見て、震え上がったのを思い出した。
「そんな物騒な名前なんだ。でもオルカって呼ばれてないっけ?」
「確かそれは学名だったと思う。名前にKillerって付いてたら、なかなか呼びづらいよね。」
「なるほどねー。」
「でも、シャチは怖いってことを知って、逆に、よりシャチが好きになったんだよね。」
「え?どうして?」
「…勝手に見た目の可愛さで、可愛い生き物だってこっちが思い込んでいただけで、そもそもシャチは凶暴な生き物なんだから、見た目で判断しちゃいけないって教訓を教えてくれている気がして。」
ありとあらゆる海の生き物を捕食するハンターなのだと知っても、やっぱり映像や写真やキャラクターグッズでシャチの姿を見て、私は可愛いと思ってしまうのだ。
「シャチからそんな風に、教訓を得る人ってなかなかいないんじゃない?」
陽介君はそう言って笑っていた。
「見た目で判断しちゃいけないってすごい大事なことだと思うよ。
…初めて陽介君と受験対策で会ったとき、正直、怖い人なのかなって構えちゃったけど、話したらすごい優しい人だって分かったし、話してる時間がすごい楽しかったから。やっぱり大事な教訓だなって思ってる。特に私にとっては。」
そう言って私が陽介君の方をみると、彼は恥ずかしそうに目を伏せた後、
「…それは、ありがとう。」
小さく答えた。…反応が可愛い。つい、いたずら心が出てきた。
「それに、すごいかっこ良いって今は思ってるよ。」
そう言うと、彼の顔が真っ赤になったのが分かった。
室内の展示を一通り見終えて、エスカレーターを降り、屋外のペンギンの展示に向かった。そこには現在飼育しているペンギンの写真が貼られた一覧表が掲示されてあり、それぞれの名前と特徴が書いてあった、その表の上から3番目に”ミルク”の名前があった。
“今年で12歳になる、ベテランの姐さんペンギン。実は、この集団の裏のボス的な存在です。ミルクという名前は、お客さんに付けてもらいました。名前の通り、黒いブチ模様が少なく、真っ白なお腹がチャームポイントです”
その説明文を見て、陽介君が懐かしそうに目を細めていた。
「…ちゃんといたね。良かった。」
私がそう声を掛けると、陽介君は嬉しそうに頷いていた。
展示されているペンギンたちを見ると、その中に、説明通り、真っ白なお腹のペンギンがいた。彼女は周囲のペンギンたちが元気に動き回っていても、それに流されずに、静かにどっしりと構えていた。確かに裏のボスと言われるのも納得だった。
「…大介、将来はペンギンの飼育員になるって言ってた。」
ミルクを見ながら、陽介君はポツリと呟いた。
「そうなんだ…。良い夢だね。」
そう話しながら、しばらく動き回るペンギンたちを2人で見ていた。
「なんか、久しぶりに、大介の楽しい思い出、思い出せて良かったよ。ありがとうね。」
「こちらこそ。私も、大介君の話、聞けて嬉しかったよ。」
「…母さんは、誰か一人でも多くに、大介のことを覚えていて欲しいっていつも言ってるから、梓にそう言ってもらえると、きっと喜ぶよ。…重く感じたら申し訳ないけど。」
1つのエピソードを聞いただけで、どれだけ大介君が家族から愛される子供だったかがよく分かる。そんな大切な子供を失ったお母さんの悲しみを想像しただけで、胸が痛んだ。
「…重くなんかないよ。喜んでもらえるなら嬉しい。」
私がそう答えると、陽介君は嬉しそうに笑っていた。
イルカショーが始まる15分前に席を確保して、自動販売機で買った飲み物を飲みながら、ショーの開始を待った。私はいつも通りホットのミルクティー、陽介君はホットの緑茶を選んでいた。
しばらく話していると、なんだか陽介君に横顔をずっと見られている気がした。席の間隔が狭くて、彼との距離が近い。一旦視線が気になると、少し恥ずかしくなってきた。
「…私の顔になんか付いてる?」
思い切って、聞くと、
「可愛いなって思って。」
さらりと真顔で答えられて、私は一気に顔が熱くなった。私の様子を見た陽介君は、
「さっきのお返し。」
にやっと笑って、そう言った。彼の方が一枚上手だ。
「でも、本当に可愛いと思ってるよ。…今日化粧してる?」
「一応、軽くね。大学生になるんだし、自分で化粧をするのに慣れた方がいいかなって思って、最近、動画見て勉強してる。いつまでも、ことちゃんに頼るのも申し訳ないしね。」
今日のメイクは、自分に顔のパーツが似ていると思った配信者が、初心者向けのメイク動画で言っていたことをそのまま実践して完成したものだった。
「可愛いと思ってもらえたってことは、今日のメイクは上手くいったってことだね。そんなに難しくないし、しばらくこのメイクのやり方でいこうかな。」
褒められて嬉しかった私が、機嫌良く言うと、陽介君は少し考えた様子を見せた後に口を開いた。
「…もし新しいメイクをしたときは、一番最初に俺に見せてね。…それで我慢する。」
もしかして、自分以外の異性にメイクをしている私を見せるのが嫌なのかもしれない。でもそれを口に出すと、束縛していると思われそうで、葛藤した結果、出た発言なのかなと思った。
割と独占欲強いタイプなんだ。
でも、不思議と嫌ではない。彼は私が嫌がることはしないのを知っているから。
「分かった。一番最初に見せることを約束します。」
そう答えると、満足そうに笑っていた。
イルカショーを見終わった後、お土産コーナーを見に行った。今日回った中では、ペンギンたちが一番印象に残ったので、ペンギングッズのコーナーに、自然と足が向かった。そこにはガラス製のペンギンのキーホルダーが並んでいた。
「…可愛い。」
私は思わず手に取って、呟いた。
「じゃあ、買おうよ、一緒に。…お揃いで。」
思ってもみなかった申し出に驚いた。
…意外と、お揃いとかしてくれるタイプなんだ。
恥ずかしそうに話す陽介君を見て、彼の新たな一面を知ることができた気がした。
「うん。そうしよう。一緒に買いたい。」
私がそう答えると、彼も笑顔になった。
キーホルダー、何に付けようかな。そう考えると胸が弾んだ。
水族館からシャトルバスに乗り、駅まで戻った後、陽介君は私を家まで送ってくれた。
「楽しかったなー。あっという間だった。お土産も買えたし。誘ってくれてありがとう。」
とても楽しい時間を過ごせたので、終わりが近づいていることを名残惜しく感じながら、話すと、
「うん。俺もすごい楽しかった。ありがとう。…またかよって思われるだろうけど、次いつ会える?どこか行きたいところある?」
陽介君にそう聞かれ、私は、昨日の夜、自宅で両親から言われたことを思い出した。気は進まないけれど、言わないわけにはいかない。
「一番早くて、明後日なら会えるんだけど。どう?」
「うん。大丈夫、そうしよう、どこに行く?」
思い切って言わなければ。私は深呼吸してから、話始めた。
「陽介君。私の家に来ない?…お父さんが陽介君に会いたいって言ってるんだ。」




