78 山下さんの場合、続き
開店してすぐだったので、お目当てのカフェには並ばずに入ることができ、2人とも日替わりランチを頼んだ。
「4月から住む家決まったの?」
注文した後すぐに、陽介君に質問された。彼に合格を報告した翌日から、お母さんと2人でY県立医大があるY市まで行き、物件探しも含めて、新生活の準備をしていたのだった。
「うん。お母さんと一緒に色々見学行ってきて、大学に近くて、オートロック付きのマンション契約してきた。お父さんには、一人暮らしは心配だから、下宿とか寮がいいんじゃないかって言われたんだけど、それだと、ご飯が出るところがほとんどで。大学生で時間の融通が効くうちにご飯とか洗濯とか、一人暮らしできるスキルがないと、将来苦労しそうだから、マンションかアパートにしたほうがいいんじゃないかってお母さんに言われて、確かにその通りだなって思ったんだよね。」
私のお父さんは、恐らく厳しい方だと思う。本音を言えば、実家から通って欲しいようだったけど、さすがに往復4時間の通学は大変なので、家を出ることを許してくれた。
そして、下宿や寮がダメなら、必ずオートロック付のマンションにするように釘を刺されたのだ。
「物件決めた後に、家具とか家電もまとめて買ったから、いよいよ一人暮らしするんだなーって実感してる。ドキドキだよね。」
初めて実家を出て、1人になるので、期待半分、不安半分だった。
「...俺も、日本に戻ってきたら、梓の家行きたいな。」
あの部屋に、陽介君と2人きりになる想像をして、ドキッとした。顔が赤くなっていないことを祈りつつ、
「うん。陽介君が来ても大丈夫なように、きれいにしておくね。」
そう答えると、陽介君は笑顔を見せてくれた後、少し考え込んでいるように見えた。どうしたのだろうと思って、様子を窺っていると、
「...今から、すごく、嫉妬深くて、器の小さいこと言ってもいい?」
急な話の展開に驚いた。
「...うん。何?」
「俺と梓のお父さん以外の男を、部屋に入れないでね。」
私の部屋に入る男性は、おそらくその2人しかいないだろうと思っていたので、念を押されたことを意外に思った。
「...たぶん、お父さんと陽介君以外、誰も来ないんじゃないかな?私の部屋には。」
私がそう答えると、陽介君は眉間に深く皺を寄せた。
「...もし、同級生とか、先輩とかに家まで送ってもらって…トイレ貸してほしいって言われたらどうする?」
考えたこともなかったことを言われて、私はきっと間の抜けた顔をしていただろう。
「うーん...。あんまり想像したことなかったけど、トイレ借りるってよっぽどの緊急事態だから、貸すかな。」
「絶対ダメ。下心でそう言ってる可能性があるから。」
陽介君が即答して、驚いた。
「え?そう考えないとダメなの?」
基本的に、困っている人は助けなさいと言われて育ってきたので、相手に邪な気持ちがある可能性を想定していなかった。
私がそう答えると、陽介君は深いため息をついた。
「そのマンションの近くにコンビニとかないの?」
「...歩いて200mくらいのところにドラッグストアならあるよ。」
「じゃあ、そこに行ってくださいって伝えて断ってね。間に合わないとか言われたら、そこら辺の道端でやってくださいって言ってね。」
「ちょっと、それはさすがにひどいんじゃない?」
思わず苦笑いしてしまった。
「...飲み会やることになっても、男がいるなら、梓の家以外でやってね。本当は男がいる飲み会に梓が参加すること自体嫌だけど。」
さっきから、どうしたんだろう。陽介君は私のことを心配してるのかもしれないけど、あまりにも心配しすぎな気がしてる。
「うーん。そこまで考えなくても、私のことをいいなって思う人自体、あまりいないと思うから、そんなに気をつけなくても大丈夫な気がするけど...。」
私がそう言うと、陽介君は不満そうに口をへの字にしたまま黙った後に、話し始めた。
「梓は自分の可愛さを分かっていない。梓が気づいてないだけで、梓を良いと思っている人って、割といるんだよ。」
思ってもいなかったことを言われて驚いてしまった。
でも、それが事実なら、私ってもっとモテてるんじゃないだろうか。
「うーん...でも、私、誰かから告白されたこととかほとんどないよ。陽介君の心配しすぎな気もするけど。」
私の返答を聞いて、またしばらく彼は黙っていたが、意を決したように口を開いた。
「...梓に聞きたいんだけど、俺がいつから梓のこと好きだったと思う?」
いつから?...文化祭以降から、明確に好意を示されてる気がするから、その前くらいかな。
「...受験対策で話すようになってからとか?」
「ハズレ。俺、高校1年生の時に、梓に一目惚れしてるからね。」
嘘、そんな前から?
私はとても驚いた。おそらく目を見開いてしまっていたと思う。
「...俺、ずっと梓のこと見てたよ。初めて認識したのは、1年生一学期の期末テストで、梓が掲示板に貼られてる順位表を見てる時で...その時から気になって仕方なかった。
違うクラスだったけど、梓のクラスの前、通るたびに梓のこと探してた。梓、いつも勉強してたから、真剣な表情してて。それもカッコよくていいなって思ってたけど、たまに同級生と話しながら、笑顔になってる時もあって。あまりにも可愛いから、それが見られた日は一日ラッキーだなって思った。2年生のクラス替えの時に同じクラスになりたかったけど、なれなくてがっかりしたし。...受験対策で一緒になれた時は、心の底から本当に嬉しかった。そこから3年生で同じクラスになれた時は、内心ガッツポーズしてたし、梓が俺のダンスを褒めてくれて、大会に来てくれた時は、嬉しすぎて信じられなくて、本当に神様に感謝した。だって、ずっと好きだった人が俺のためにわざわざ休みの日に来てくれたんだよ?すごくない?だから、俺にとっては奇跡みたいに感じたの。そういうわけだから、あの日の白いワンピースを着ていた梓が目に焼き付いてて...多分一生忘れないと思ってる。」
陽介君の話は、私が知らなかった事実ばかりで、終始、衝撃的だった。
そんなに前から、話したこともない私のことを思ってくれていたとは、正直全く想定していなかった。
そうか、さっき言ってた奇跡ってそういう意味か。
周りが見えていないと言われることがよくあるけど、まさかここまで私のことを見てくれている人がいるなんて、全く気が付かなかった。
彼の話を聞いている間、おそらく私の顔はどんどん赤くなっていただろう。
そんな風に彼が私のことを思ってくれていたことが嬉しかった。
私が黙ったままなのを見た陽介君は、そのまま話を続けた。
「海斗にも、矢崎にも、俺が梓のこと好きなのは一言も言ってなかったけど、2人が言うには、俺があまりにもずっと梓のこと見てたみたいで、好きだってすぐにバレてた...梓、俺が見てたこと気づいてた?」
「...気づいてなかった。」
正直にそう答えた。勉強ばかりしていて、周りが全く見えていなかったと思う。
「...そういうわけだから、梓は鈍感なんだよ。俺みたいに、一方的に好きになられてることもありうるんだから。
梓と話せるようになってから、俺的には、アピールしてたつもりだったけど、全然俺の気持ち気づかないし...なんか、ライバルも出てくるし。大変だったんだから。どうすれば、好きだって伝わるかものすごい考えて、必死で頑張ってたの、文化祭の時は特に。
だから今、こうして付き合えて、一生分の運を使い果たしたんじゃないかってくらい嬉しいんだけど...どうしても不安なんだよ。
俺みたいに、梓のことを好きになるやつがいるんだろうなって。俺、もうアメリカ行っちゃうから、誰かが梓に近づかないように守ることもできないし...そういうわけで、梓には気をつけてほしいんだよ。誰にも取られたくないから。」
そうか。陽介君は不安なのか。だからこんな風に言うんだ。それは納得した。
ここまで、私のことを好きでいてくれるのが、嬉しかった。
でも、一方で、もう少し、私のことを信用してほしいとも思った。
「...陽介君の言いたいことは分かった。...そんなに前から、私のことを思ってくれてたのはびっくりしたけど...嬉しい。ありがとう。
陽介君の言う、他の男性を部屋に入れないっていうのは、緊急事態もあるかもしれないから、絶対とは言えないかもしれないけど、できるように頑張る。でもね、一つ分かって欲しいんだけど...。」
そこまで話してから、改めて彼の目を見つめた。
「私、そんなに簡単に人のこと好きになったりしないよ。
陽介君だから、好きだなって思って、付き合いたいって思ったの。
陽介君のダンスが好きだし、一生懸命頑張れるところが、本当にすごいなと思って、尊敬してる。...私のこと、大事に思ってくれてるところとか、それを言葉で伝えてくれるところとか、一緒にいて、すごく楽しいところとか、全部ひっくるめて...好きだなって思ってる。
繰り返しで悪いけど、陽介君だから私が好きなった理由がたくさんあるので...そんな簡単に、他の人になびいたりしないから、信じてほしい。」
おそらく、遠距離恋愛って、お互いを信用できるかに掛かっているのではないかと思っている。
私もしっかりと陽介君のことが好きで、離れていても彼のことを思っていることを伝えたかった。
私が彼をまっすぐ見つめながら話している間、自分の顔が熱くて、きっと真っ赤になっていただろう。
そして、私の話を聞いていた。陽介君の顔も、どんどん赤くなっているのが分かった。
お互い真っ赤な顔をしながら、向き合っているのが、なんだかとてもおかしかった。
「...ありがとう...もちろん梓のこと信じてない訳じゃないんだけど...今日の格好もあまりにも可愛すぎるし、大学生になったら、この姿の梓を他の男が見るんだと思うと、ものすごい不安になってしまいました。どーんと構えてなきゃいけないのにね。ごめん。」
今日の私をそこまで可愛いと思ってくれたんだ。頑張って準備した甲斐があった。
好きな人に、褒められるのってやっぱり嬉しいな。
「...今日何着ていくか、髪型をどうするか、どんな化粧をするかとか、昨日、すごい悩んだの。どんな風にするか全部を決め終わるまで1時間以上かかったと思う。...陽介君に、可愛いって思って欲しかったから。今日の私を見て、可愛いって思うなら、全部、陽介君のためだから。大学生になっても、毎日ここまで気合いが入った格好は、できないよ。好きな人のためじゃないと。だから...安心してほしい。」
そう言って、陽介君を上目遣いで見つめると、彼は両手で頭を抱えていた。
「...あんまり、可愛いこと言わないで。もう、俺の中のキャパシティを超えている。」
そう言われて、思わず笑ってしまった。




