77 山下さんの場合、続き
…明日の服どれにしよう。
私は自分の部屋のクローゼットの前で、かれこれ20分以上悩んでいた。
中学校3年生の時、宝塚歌劇団に入るつもりだった私は、両親にお願いして、各季節ごとに3枚、合計12枚のワンピースを買ってもらった。娘役のタカラジェンヌは、普段の格好から、清楚で品格のあるキレイな格好をすることが求められるので、願掛けの意味も込めて、私は好きなタカラジェンヌ達が御用達のブランドのワンピースがどうしても欲しかったのだ。
そのブランドの品はどれも1万円以上の価格帯で、両親からは難色を示されたけれど、
“質が良い物ほど、長持ちするから長い目で見ればお得だと思う。先行投資だと思ってお願いします”と、両親を説得したのだった。
結局、宝塚歌劇団に入る夢は諦めた訳だけれど、その時買ったワンピースは私の予想通り、とても長持ちしている。
まだ、2月だけど、明日の天気予報は晴れで、気温も高めだった。思い切って春用のワンピースを着ても良いかもしれない。冬用のワンピースは、赤、黒、ベージュの3色で、少しトーンが暗めだし、厚手だから室内では少し暑いだろう。
私は春用のワンピースを出した。その中の白いワンピースを見て、去年、ダンス大会を観に行ったときのことを思い出した。
懐かしい。あのときは、まさか、陽介君と付き合うことになるとは、思っていなかったな。
「…じゃあ、付き合うってことでいい?」
「…はい。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
そう話して、私と陽介君は頭を下げ合った。
既に、お互いの気持ちは分かっていたようなものだけど、やっと、告白できたので、私と陽介君は、晴れてお付き合いをすることになった。
「とりあえず、座る?」
手を繋いで立っている状態だったので、陽介君に促されて、近くのベンチに座った。彼は、右手は離したけれど、左手は繋いだままだった。
さっきまでは、合格したことを早く伝えたい気持ちと、告白したい気持ちに集中していたので、そこまで気にならなかったけれど、ずっと繋いだままだと、少し緊張してきてしまった。
「早速だけど、一緒に出かけたい。どこか行きたいところある?」
そうか、付き合うってことはデートするのか。
今まであまりにも恋愛から縁遠い人生を送ってきたので、自分のことなのに、まるで他人事のような感覚が拭えなかった。
自分の気持ちを伝えることばかり考えていたので、付き合ってからのことを、まだ深く想像できていなかったのだと反省した。
陽介君のことを好きだと自覚したときは、彼と遠距離恋愛をする想定までして、告白することを決めていたはずなのに、いつの間にか、好きだと言うことが目標になってしまっていた。
これはたぶん、良くない。
「行きたいところ…。うーん。」
そのまましばらく唸っていた私を見た陽介君は、
「梓って、休みの日何してるの?よく行くところとかないの?」
そう言って助け舟を出してくれたけど、
「…私、基本インドアだから、どこかに出かけることってあんまり無いかも。いつも勉強ばっかりしてたし。参考書が欲しくて本屋さんに行ったりするくらいで…。あ、遠出なら、お母さんと2人で宝塚歌劇団を観に行くこともあるけど、年に2-3回くらいだし。」
話しながら、自分のあまりの出不精っぷりに苦笑いしてしまった。これでは、お母さんが、私が女子高生らしいことをできているのか、よく心配していたのも仕方ないなと思った。
「…じゃあ、映画館と、動物園と水族館ならどれが良い?」
「…どれも行ってみたいけど…水族館が一番気になるかな。陽介君はどれがいい?」
「俺は、梓が行きたいところがいい。水族館にしよう。」
あまりにも私の意見を優先しすぎている気がして、ちょっと申し訳なかった。
「私の意見ばっかりで良いの?」
「良いよ。まずは水族館で。別の日に、映画館も、動物園も行こうよ。俺、梓とどこ行きたいがずっと考えてたから、他にも行きたいところ、まだまだあるよ。」
彼はそう言って軽く笑った。私と一緒に出かけることを楽しみにしてくれていたんだ。嬉しい。
自分が、彼に気持ちを伝えることしか考えていなかったことを、少し申し訳なく感じてしまった。
「そうなんだ。考えてくれてありがとう。…色々行けるの楽しみ。」
私がそう言って笑うと、陽介君は少しだけ、寂しそうな表情をした。
「…俺、卒業式の2日後には、出国しちゃうからさ。それまでに、会えるだけ会いたいんだよね。やっと付き合えたから、少しでも長く一緒にいたい。」
そうか、あと2ヶ月もないのか。具体的な数字を聞くと、とても短い気がした。
「…そういうわけだから、一番早い日でいつ空いてる?」
こうして4日後に、一緒に水族館に行くことになったのだった。
春用のワンピースはピンク、白、黄色の3色で、一度、彼の前で着たことがある白いワンピースは今回の候補から外そうと思った。ピンクか黄色か。デザインとしては黄色のワンピースが一番気に入っているけれど、…せっかくデートなんだし、ピンク色の方が可愛らしくていいかな。そんなことを考えていると、自分が彼に可愛いと思われたいのだと自覚して、顔が熱くなった。
こんなことで照れていたら、付き合うのってすごく難易度が高いんじゃないんだろうか。
私は赤くなっている自分の頬を両手ではたいて、気合いを入れ直した。
翌日、待ち合わせ場所の駅に、約束していた時間の5分前に到着すると、既に陽介君が来ていた。
「ごめん、お待たせしました。」
「大丈夫だよ。まだ待ち合わせ時間より早いし。」
陽介君は、カーキ色の上着に、ジーンズを合わせたシンプルな格好だったけど、とても似合っていて、かっこよかった。
「どれくらい前に来てたの?」
「5分くらい前かな。ほら、前に花火大会行ったときに、梓のこと待たせちゃったから、今日は先に来ようかなと思って。」
花火大会の時は、ことちゃんにヘアメイクをしてもらい、予定よりも早めに準備ができたので、いつまでも、ことちゃんの部屋にいるのが申し訳なくて、早めに待ち合わせ場所に行ったことを思い出した。
「そんな、別に良いのに。あの時、大した時間、待ってなかったし。気を遣わせてごめんね。」
「良いんだよ。それに、今日、梓に会えるの本当に楽しみにしてたから。早く来たかったんだよ。」
文化祭以降、彼は、ものすごいストレートに私への好意を示してくれている気がしている。これにはしっかりと応えなければ。
「…私も楽しみにしてたよ。だから、ちょっとでも早めに会えて嬉しい。」
私がそう言うと、陽介君は右手で自分の額を叩き、そのまま額に手を置いていた。
「…どうしたの?」
「…いや、何でもない。気にしないで。」
そう言うと、彼は、改めてまじまじと私のことを見ていて、なんだか恥ずかしかった。
「…今日の格好すごい可愛い。ピンク似合うね。あと、髪型も、おしゃれ。」
悩みに悩んで決めたファッションを褒められて嬉しかった。
「ありがとう。黄色かピンクで最後まで悩んだんだけど、今日温かいし、春っぽくピンクにしました。髪の毛は受験期間中、伸ばしっぱなしだったから、せっかくなら結ぼうかなって。」
私はピンクのワンピースに、白いニットのカーディガンを合わせていた。髪の毛はハーフアップにして、以前ロングヘアだったときに使っていた、花の形のヘアクリップでまとめていた。
「梓ってワンピース好きなの?」
「うん。やっぱり、宝塚歌劇団への憧れがずっとあって、娘役のタカラジェンヌは、普段から基本スカートで、ワンピース着てることが多いから、その真似をしてたら、ワンピースばっかり買うようになっちゃった。」
「…初めてダンスの大会に来てくれたときも、白いワンピースだったもんね。」
まさか、覚えてくれているとは思わず、驚いた。
「え?覚えてるの?もう、かなり前のことなのに。」
私がそう言うと、陽介君は少し黙ってから口を開いた。
「そりゃあ…嬉しかったから。梓は気付いてないだろうけど、俺にとっては奇跡みたいなことだったんだよ。」
…奇跡?どういう意味?恐らく私の頭の上には、はてなが浮かんでいただろう。
「…いつまでも、外で立ったまま話してるのももったいないから、ご飯食べに行こう。はい。」
陽介君は手を差し出してきた。そうか、デートだもんね。私は緊張しながらその手を握った。私が手を取ったことを確認した彼は、満足そうに微笑んだ。




