73 林君の場合
夏休みが終わる2日前、俺と矢崎はK市に向かう特急列車に乗っていた。
「グミ食べる?チョコだと溶けちゃうから、グミにしておいた。夏限定、トロピカルパッションフルーツ味。」
「1個ちょうだい。おいしい?」
「うーん。おいしいと思うけど、なんの味かは正直よくわからない。でも南国っぽい感じ?南国行ったことないけど。」
「なんだそれ。適当だな。」
とりとめのないやりとりをしながら、2人で車窓の景色を眺めていた。
俺が見たい建築物は、市民ホール、市役所、美術館、そして山奥にあるホテルの4つだった。矢崎にスマホでマップを見せながら、今日の行程を説明した。
「駅から1番近いのが、前に写真で見せた市民ホールで、そこから歩いて10分くらいで市役所がある。で、美術館へのバスは市役所から出てるから、バスで向かう感じで。」
「例のホテルはどうやって行くの?」
「駅からシャトルバスが出てるから、市役所から一旦バスで駅に戻ろう。俺たちみたいに、泊まらずに、見学する人も多いホテルだから、意外と便数多いみたい。観光名所みたいな感じだから。」
例の建築家はファンが多いので、同じようなルートを辿る観光客は多いようだった。
「なるほどねー。私が行きたいカフェは駅前にあるから、着いてからまっすぐ行くか、一旦シャトルバスで戻ってきたタイミングで行くかだね。どうしようか。」
「ホテルの中にラウンジがあって、ケーキが美味しいみたいだから、そっちも行ってみたら?まず駅に着いたら、駅前のカフェでご飯食べて、ホテルのラウンジでスイーツ食べるとか。」
ホテルのラウンジには矢崎が好きそうなケーキがメニューにあることを、事前に調べていた。
「えー、ホテルのケーキとか絶対美味しいじゃん!うん、林の案に賛成。調べてくれてありがとう!早く着かないかなー。お腹空いてきちゃった。」
はたから見て明らかにテンションが上がった矢崎は微笑ましかった。
「さっき、グミ食べてたけど、大丈夫なの?お腹空いてる?」
「グミぐらいじゃ全然お腹いっぱいにならないから、全然平気。グミなんて、食料に入らないよ。空気と一緒。」
「いや、それはグミに失礼。」
くだらない話をして笑い合っていると、目的の駅に到着した。
到着したのが11:00過ぎで、例のカフェは並ばずに入ることができたので、カフェの名物を頼んだ。それはお子様ランチの大人バージョンのような豪華なワンプレートで、オムライスをメインに、ハンバーグ、エビフライなどが所狭しと並んでいた。
「うわー、美味しそう!有名だから一度は食べてみたかったんだ。」
料理の写真を撮りながら、矢崎はとても嬉しそうだった。
「すごい量だね。食べきったら眠くなりそう。」
「この後、暑い中歩くんだし、エネルギー入れなきゃ。いただきまーす。」
食べ始めると、見た目だけではなく、味も有名な要因なのがよく分かった。卵はとろとろで、中に入っているチキンライスと絡まると、とても濃厚だった。ハンバーグはフォークを刺しただけで肉汁が溢れ、口に入れるとコク深いデミグラスソースと相性抜群だった。プリプリの歯応えのエビが入ったエビフライは、ゆで卵の食感がしっかりと残るタルタルソースがたっぷりとかかっており、食べ応えが抜群だった。どれもとても美味しくて、予想よりも早く食べ進められた。
「うーん、どこ食べても美味しい。期待以上!来てよかったー。」
矢崎は幸せそうにパクパクと食べ進めていた。
「本当に美味しいね。矢崎に教えてもらえてよかった。意外とサクッと食べ終わりそうで怖い。カロリーがすごそうなのに。」
「カロリーばっかり気にしてたら、勿体ないよ。この後歩くんだし、消費すればOKなはず。」
結局、2人とも料理が届いてから30分もせずに食べ終わってしまった。
「美味しかったー。さすがにお腹いっぱい。ごちそうさまでした。」
カフェを出た後、歩いて市民ホールに向かった。
市民ホールは円筒状で、その周囲に、細い円柱状の構造物が円を描くように配置されていた。円柱状の構造物は建物から向かって左側は高さが低く、時計回りに徐々に高さが高くなっていた。
「すごい…。写真で見てたけど、実際に見ると迫力あるね。キレイだし。何か不思議な形。」
「この町で一番古い教会にパイプオルガンがあるんだけど、それをモチーフにしてるらしいよ。」
「あーなるほど。周りの細長いやつはパイプってことね。」
他の施設も、歴史ある港町であるK市に元々ある建物などをモチーフにしている。
「...やっぱりかっこいいな。こんな建物デザインできたらいいだろうな...。」
「...いつか作れるでしょ。頑張れば。その時は教えてね。絶対見に行く。」
「...矢崎とそう約束しておけば、頑張れるかも。忘れないでね、その言葉。」
「林こそ、忘れないでね。約束。」
そんなやりとりをしながら、2人で隅々まで建物を見て回った。市役所、美術館も見て回り、残りはホテルを残すのみになった。一旦駅に戻り、シャトルバスに乗り込んだ。
「市役所も、美術館もおしゃれだったなー。あれは聖地巡礼したくなるのも分かる。」
「うん。パッと見て目を引くし、何をモデルにデザインされてるか訊くと、なるほどなーって思うからすごいね。」
市役所はK市に古くからある武家屋敷、美術館は灯台をモチーフにした建物だった。どれもK市にゆかりがあるので、キレイでかっこいいだけじゃなく、郷土愛を感じさせるものなのも魅力的だった。
しばらくバスに揺られてると、目的のホテルが見えてきた。無事に到着し、バスを降りると、ホテルの全体が見えてきた。
半円形の建物の上に大きく、斜めに配置された屋根が特徴的な建物だった。周囲は人口の池で囲まれていて、入り口までは、池の上に橋がかかっていた。
「はー、ここもおしゃれだなー。なんの形なんだろう?何をモチーフにしてるの?」
「グランドピアノらしいよ。1番古くはないらしいんだけど、かなり昔に日本に来たやつがこの町の商人の家にあって、その家系の人がこのホテルの経営をしてる一族だから、グランドピアノをモデルにデザインにして欲しいってお願いしたらしい。」
「なるほど、ピアノかー。言われてみればたしかにそうだね。...なんか、この橋が落ちたら、ホテルの中に閉じ込められそう。ミステリーみたい。…入ったら、名探偵とかいるんじゃない?」
「メガネをかけて、やたらと大人っぽい小学生に、女子高生とちょび髭のおじさんがいたらやばいね。死ぬかもしれない。」
ふざけたことを話して笑い合いながら、ホテルの中に入った。
ロビーは吹き抜けになっていて、中央にモチーフになった本物のグランドピアノが置いてあった。
「これがモデルになったピアノ?本物?」
「そうみたい。まだ弾けるんだって。確か毎晩に演奏されてるらしい。」
「へー、すごい。ピアノってそんなに保つんだ。」
「ちゃんと調律しないと厳しいだろうけど、大切に保管されてたものみたいだから大丈夫なんだろうね。」
モデルになったグランドピアノが、これをモチーフにして建てられたホテルの中に展示されているのも、オシャレだし、歴史を感じさせた。
ロビーをまっすぐ進むと、ラウンジがあったので、矢崎と2人で入った。彼女はどのケーキを頼むかしばらく悩んでいたけど、
「...やっぱりチョコの気分だから、ガトーショコラにする!本当は電車の中のお菓子、チョコにしたかったけど、溶けるのが嫌で、グミで我慢したし。」
と宣言して注文していた。俺はアイスティーを頼んだ。
「あー、美味しい。すごい濃厚。こっちにしてよかった。」
届いたガトーショコラを矢崎は美味しそうに食べていた。
「やっぱり、ホテルのケーキって美味しいよね。ちょっと値段は張るけど、その分美味しいから、納得。無くなるのが勿体無い。」
よっぽど美味しいのか、矢崎は一口一口噛み締めるように食べていた。そして、食べ終わると、名残惜しそうに空になったお皿を見ながら、手を合わせて、ごちそうさまでしたと言っていた。
「ホテルもオシャレだし、ケーキも美味しいし、本当に来てよかった。林、今日誘ってくれて、本当にありがとう。」
とても幸せそうな笑顔をこちらに向けながらお礼を言う矢崎を見て、なんだか、俺は胸がいっぱいになった。
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。頑張って勉強しようって思たわ。建築士になるために。」
今日一日、ずっと見たかった建物をたくさん見ることができて、こんな風に、皆の心に残る建物を作りたいと思った。明日からより一層勉強が捗りそうだった。
ホテルを一通り見て回った後、最終のシャトルバスで駅まで戻った。駅から特急に乗ると、車窓から、とてもキレイな夕陽が見えた。
「...すごい真っ赤。こんなにキレイな夕陽、見たの初めてかも。」
そう言って、窓の外を見つめて、夕陽に照らされる矢崎の横顔を見ながら、俺はまた胸が苦しくなった。
「...そうだね。すごいキレイ。」
俺は夕陽よりも矢崎の横顔を長く見つめてしまっていた。
しばらくするとトンネルに入り夕陽は見えなくなり、長いトンネルから出ると外は暗くなっていた。ずっと話していた矢崎が静かになったと思い、彼女の様子を見ていると、明らかに眠そうだった。午前中から動き回ったので、眠くなったのだろう。
「大丈夫?眠そうだけど。」
「...正直、かなり眠い。寝ちゃうかもしれない。」
目を擦りながら矢崎が言ったので、
「ちょっと寝たら?俺起きてるし、駅着いたら起こすよ。...肩も貸すから。」
「うわー申し訳ない。でも正直助かる。それでは、お言葉に甘えて。おやすみなさい。」
矢崎はそう言うと、目を閉じて、俺の左肩に自分の頭を乗せてもたれかかってきた。1分も経たず、彼女の寝息が聞こえ始めた。よっぽど眠かったらしい。
彼女の体温を左肩から感じた。無防備に眠っている姿を見て、俺のことを心から信用しているらしいことが分かった。
彼女からの信頼を裏切るわけにはいかない。
俺は、彼女の...一番の”友達”じゃないとダメなんだ。
胸にチクチクと刺さる痛みを感じながら、俺は自分に言い聞かせていた。




